第311話同窓会メンバー3人に精神的ダメージを与えるために反抗してみた2

 4日前。

 塚江りんなはベッドで上体を起こしながら、カーテンの向こうに現れた友人の加納ルコを出迎えた。病院のしかも4人部屋なので、彼女は小声で歩み寄ってくる。

「ごめん、寝てた?」

 りんなは苦笑を浮かべながら、首を横に振った。

「午前中お昼寝しちゃったので、眠くないんです」

「そっか。どう? 怪我の具合は」

「はい。……もう痛みもないので来週には退院出来そうです」

「よかった」

 クラスメートのギャル系グループの女子達に目をつけられ、嫌がらせをされた上に階段から突き落とされた。足と腕を骨折し、一ヶ月の入院を強いられた。そんな中、心配をしてよく見舞いに来てくれるのが加納ルコだ。彼女はそのグループの所属にも関わらず心配してくれる。

「なら、来月から学校来られそう?」

「あ。まだ迷ってて。辞めた方が良いかなって。実は転校を」

「! なんで! あいつらのこと気にしなくていいし。普通にやりすぎたって反省気味だったし。てか、何かあったらあたしが味方になってあげるから」

「あ……」

 ぎゅっと手を握られる。

「ね、来なよ。あたしは待ってるからさ。せっかくこの高校に受かったのにもったいないって」

 込み上げてくるものがあった。こんなに思ってくれるなんて。元々『親友』を作れるタイプではないりんなにとってここまで言ってくれる友人は初めてなのだ。

「ありがと。そう、ですね。考えます。ううん。行きたいです」

「ん。待ってるよ。じゃあ今日はまたね!」

 加納は笑顔でそう言って、病室を出た。

 そして、小声で一言。

「辞めるとかふざけんなっての。あたしらがガチで悪者になるじゃん」



 その翌日。

 奏介は馴染の病院の入口をくぐった。

 面会のために受付けで名前の記帳をし、病棟のナースステーションへ。

「あの、すみません」

 広い窓口から、近くで手を洗っていた看護師さんに声をかける。

「はい、なんでしょう……あれ、菅谷君?」

 黒髪を一つにまとめた30代の看護師は奏介の顔を見て、目を瞬かせた。

 以前入院した時に何度か担当になった人だ。名札には『有井ありい』とある。

「こんにちは」

 奏介は会釈程度に頭を下げる。

「久しぶりだねぇ。今日は……え、また、何か、怪我?」

 ナースステーションにいた看護師達がざわっとなった。ちなみにここにいる看護師達とはほぼ顔見知りである。

「いや、今日はちょっと面会したい人がいるんです」

 奏介は苦笑を浮かべながら言う。

「面会? そうなの?」

 と、カルテを持ったベテラン看護師長が近づいてきた。

「また危ないことする気じゃないでしょうねぇ?」

 看護師長がメガネをくいっと上げる。

「し、しませんよ」

「なら良いけど……気を付けて生活しなさいね!」

「は、はい」

 短期間で3回以上入院している上にほぼ警察沙汰、この病院では有名になってしまっている、ような気がしている。

(この病院、優先的に救急車を受け入れるからな……)

 厳しめの看護師長が去ってから、奏介は有井を見る。

「塚江りんなさんて人に面会したいんですけど、入院してますよね」

「あ、塚江さん? うん、いるいる。じゃあ案内するね」

「お願いします」

 有井の表情が少しだけ引きつったのが見えた。

(塚江りんな、学校でいじめられて怪我をしたらしいからな)

 有井と共に病室へ行き、軽く自己紹介をすると、話を聞かせてくれることになった。

 有井が同じ境遇の奏介の話をしていたこともあり、警戒されずに話を聞けることになった。

 ベッドの横のパイプ椅子に腰を下ろす。

「突然押しかけてすみませんでした」 

 奏介が言うと、りんなは首を横に振る。

「いえ、怪我も大分良くなって、最近は日中暇なんです」

 体が健康な状態に近づくと、ずっと寝てもいられないのだ。

「……あんまり長く話すのも悪いので、本題に入りますね」

 奏介は、一呼吸置いて、

「加納ルコさんとはお友達なんですか」

「え」

 ドキリとした。友達というワードについ反応してしまった。

「ええっと」

 りんなは思う。あんなふうに言ってもらえたなら、友達だと言っても良いのではないだろうか、と。

「は、はい。友達です。クラスの」

 友達、その響きがなんだか、こそばゆかった。

「……」

 奏介は一度黙って、

「嫌なことを思い出させてすみません。塚江さんは、クラスの人に階段から落とされたんですよね」

「! はい。クラスの一部の女子達を怒らせてしまったみたいで、私も鈍臭いのでイライラさせてたのかなと思ってます。あはは」

 つい、加納達を庇うような言動をする。だってこれから、仲良くなって行くのだから、と。加納の言葉はそんな予感を抱かせた。

 奏介はそんな彼女の様子を冷静に見、

「そう、なんですね。ちなみに、怪我が治ったら学校へ戻るんですか?」

「はい、そのつもりです。待っててくれる友達がいるんです。母の説得はこれからなんですけど」

「説得?」

「学校を辞める……っていうか、転校を勧められてて」

 奏介は目を見開いた。

(加納……あの女、塚江さんを洗脳してるな?)

 いじめによって自己肯定感が下がった状態の彼女に口だけの優しい言葉をかけているようだ。

「塚江さん」

「は、はい」

「ちょっとだけ冷静になってみませんか」

「冷静……?」

 奏介はゆっくりと頷いた。

「あのですね、どんな理由があれ、人を階段から突き落とす奴は、頭がおかしいです」

 りんなは目を瞬かせた。

「あ、いや。私が」

「いくら塚江さんにイライラしたからって、普通の人だったらそんな狂ったことしませんよ。ていうか、頭の打ちどころが悪かったら死んでます。塚江さんのお母さんはそんな殺人未遂犯と同じ学校に通わせるわけに行かないって思ってるってことですよ」

 りんなは、奏介の言葉にごくりと喉を鳴らした。

「いや、でも加納さんは……反省してるっていう話で」

「他人を階段から突き落とした人間は反省なんかしませんよ。仮にしてるとしたら、ここに来て頭下げると思います。加納さん達は頭下げました? 他の奴らはここに来てませんよね?」

 りんなは気づく。加納の言葉は甘くて優しかったが、確かに行動で謝罪はされていない。

 胸の奥がひんやりと冷えてきた。突き落とされたら死ぬかもしれない、あの時の体中が焼けるような酷い痛みに意識を失った。

 階段の上で笑っている女子達。死ぬかもしれない、確かにそう思った。

「塚江さん、お母さんが転校を考えてくれてるなら、するべきですよ」

「え」

「だって、殺人鬼がいる刑務所で生活したいと思います? 戻るなんて絶対止めたほうが良いですよ。いじめに負けずに頑張るなんてありえません。相手を入院させるような怪我をさせたいじめっ子なんか、人間のクズそのものですからね。後、警察の介入がないなら学校もクソなんで」

 りんなは固まった。自分が悪いから、こうなった。ずっとそう思ってた。気づけば涙が流れていた。

「わた、し、ずっと悪口とか、水かけられたり、制服、切られてたり、して……」

「ですよね。それ、塚江さんは悪くないですよ」

 りんなは涙を拭った。

「はい。ありがとうございます。逃げて、良いんですね」

「もちろん。実は俺も加納さん達にいじめられてた経験があって。最近も嫌がらせをされていたので、色々と調べてるうちに塚江さんのことを知ったんですよ」

「え、そ、そうなんですか」

「で、俺への嫌がらせを止めさせたくて、ちょっとだけ協力してもらえませんか?」

 りんなはごしごしと目を擦った。それから恐る恐る、

「協力って?」

「加納さんの連絡先知ってます? 後、加納さんの友達の名前とか。実際突き落とした人の名前でも良いんですけど」



 3日前。

 高校生の若原咲人わかはらさきとは友人の足利統治あしかがとうじと共に駅ビルも併設する大きな駅構内を歩いていた。

「え、彼女と別れた!? なんでよ、めっちゃ仲良かったじゃん」

 統治が顔を引きつらせながら、問うてくる。咲人は憂鬱そうに肩を落とした。

「理由のわからない噂が流れてさ。それを真に受けて喧嘩になって。てか、その噂が悪質っていうか、もう考えたくねぇ……」

 統治とは中学からの付き合いだが、高校のクラスは別なのだ。一組と五組。物理的に離れているので、咲人のクラスの噂は五組には届いていないのだろう。

「ふーん。まぁでもさ、最近よく話してる部活の後輩の女の子いたよね? あの子と良い感じってこと?」

「え……ああ、あの子か。良い子だよな。疑い晴らすのを手伝ってくれてさ」

 その後輩女子のおかげで悪い噂を払拭出来たところがあるのだ。

 その時だった。

「それ、佐野なやかさんのことですか」

 突然名前を聞かれ、慌てて振り返る。

 そこに立っていたのは、桃華学園の制服を着た女子生徒だった。ボブヘアをハーフアップにし、髪をリボンで結っていた。絵に描いたような美少女である。

「……へ?」

「突然すみません。私、菅……じゃなくて奏花そうかと申します」

 友達が何人か桃華に通っているので、警戒心はすぐに解けた。

「奏花さん? えーと、佐野さんの友達かな?」

「いえ」

 彼女は語気強めに否定し、

万智桃まちとう高校の若原さんですよね。野球部エースの」

「あ、ああ、まぁ」

「あの佐野って人、同じ中学だったんですけど、他人の彼氏を奪うのが趣味の最低女なんです。仲間もいて、グループで遊び感覚で、私も大好きな彼氏を盗られちゃって、メッチャ悔しくて」

 泣きそうな顔をする奏花に慌てたのは統治である。

「え、ええ? ちょ、ちょっと落ち着いてよ、君」

「す、すみません。まち高の野球部で有名な若原さんがあの人と歩いているのを見ていても立ってもいられなくて。あの人、正式な彼女なんですか? 変な噂流されたりしませんでしたか」

 彼女の必死な訴えに、咲人ははっとした。

「あ、ま、まさか」

 咲人はごくりと息を飲む。その可能性に背中がゾクリとした。

「うぇ!? 喧嘩して彼女と別れたって話だよね……?」

 統治も理解したようだ。

「……やっぱり。佐野さん、本当に最低……」

 奏花が悔しそうに呟いた。

「あ、あのさ。若原、他に心当たりとかあんの?」

 咲人はすでに顔を青くしている。

「振り返ってよく考えてみれば、ある、かも知れない」

「ま、マジ?」

 賑やかな駅構内で、3人の間に沈黙が流れた。

「あの、提案があるんですけど聞いてもらえますか? 佐野さんが本当にそういうことをしたなら、証拠を取れば彼女さんと仲直り出来るかも」

「え」

 咲人どきりとした。彼女のことはまだ好きだし、会ってもらえないのは非常に辛い。理由のわからない悪評の原因が分かれば、誤解を解けるかもしれない。

「もちろん、私のことを信用できないってことなら引き下がります。若原さんが決めてください」

「これはワンチャン乗るのもありじゃね? 幼馴染の彼女と付き合えることになったって目茶苦茶喜んでたじゃん。奏花ちゃん、若原がやるなら、僕も手伝うよ」

「ありがとうございます」

 咲人は、ぐっと拳を握りしめた。

「わかった。どうしたら良いかな?」

「若原さん、佐野さんの連絡先と彼女のお友達……誰でも良いので名前知ってますか?」



〇〇〇



 週明け、現在。

 奏介は塚江りんなや若原咲人とのやりとりを思い出しながら、上嶺、佐野、加納と対峙していた。

 知り合いの名前を言われて、佐野と加納は分かりやすく動揺している。

「なん、なの。なんであんたが若原先輩のことを」

「塚江と、会ったの?」

 奏介は冷たく笑う。

「佐野さぁ、最低じゃない? 痴漢で捕まりかけたとかっていう噂を流すなんて。若原さんと彼女を引き裂いて喜んでんの、性格悪っ。加納は自分のいじめた相手に優しくして、周囲の厳しい意見をやり過ごそうとしたんだよな? 最低じゃない?」

 黙って聞いていた加納は吹っ切れたように鼻を鳴らした。

「あー、はいはい。ドヤ顔でプライベートを暴くいつものやつね。塚江のことはもうどーでもいいわ。階段から落ちたのは事故ってことになったし、普通に戻って来る予定だからさ」

「事故ってことになったって、実は違うってことだろ」

「さぁ、どうだか」

 奏介は佐野を見る。

「お前はお前でやってることやばすぎだろ。犯罪でっち上げて若原さんを陥れるなんてさ」

 加納の強気が伝染したのか、彼女もこちらを睨んできた。

「言いがかり止めてくれる? そんなことしてないし。証拠もないのに、ドヤ顔で妄想を話してきて、さすが陰キャって感じ」

 上嶺は口も挟めず、見守っている。

「俺をなめ過ぎじゃない?」

 奏介はスマホを2台、取り出して、3人に見せつけた。

「メッセージアプリで、俺とやりとりしてたんだけど、気づかなかった?」

 佐野と加納、それぞれの友達の名前を使って、2人にメッセージを送ったのだ。

『調子が悪いから、少しの間、ID変えてメッセージ送るね』と。

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