第306話日常編 バレンタインデーの1日 後編

※前書き

306話、307話同時更新です。


過去キャラ出ます。


230話登場 綾小路ナミカ

51話登場 檜森リリス

21話登場 高平一樹

5話登場 高坂あいみ

23話登場 高坂いつみ

160話登場 葉堂マヤ


※ただの日常編なので読まなくても本編に影響はありません

 

バスで駅に到着。駅舎前で詩音が振り返った。

「じゃ、先に帰るね! 奏ちゃん、モテモテだねえ」

「去年は人助けをしまくった気がするからな」

 詩音と分かれ、駅舎の中へ入ると、改札の横にすらりとした体形の女性が手を振っている。

「菅谷ー。悪いな、わざわざ」

「こんにちは、ナミカさん」

 綾小路ナミカ、小さい頃から実の妹に虐げられてきたところを奏介が結果的に救ったのだ。前回会った時より、明るい気がする。

「元気だったか?」

「はい。ナミカさんは」

「ああ、絶好調だ」

「ですよね」

 ナミカはポケットから無地の包装紙で包まれた小さい箱を取り出した。

「これ、バレンタインとこの前のお礼だ」

「ありがとうございます。頂きます」

 奏介が笑顔を向けると、少し照れたように視線を少しずらした。頭を掻く。

「まあ、その、こういうの初めてだからな。ちょっと照れるけど。てか菅谷はかなりの数もらってそうだから、迷ったんだけどさ」

「いえ、嬉しいですよ。わざわざ来てもらってありがとうございました」

「たくっ、もらい慣れしてんなぁ。たまには飯誘えよ?」

「了解です」

「そういや、元母親の無職おばさん、かえなが少年院から出て来る前に逃げたらしくてさ、噂に依るとどっかの遠い町でホームレスになってるらしい」

「ほ、ホームレスですか。普通に働けば普通の暮らしができるのに」

 ナミカは肩をすくめた。

「よっぽど働きたくないんじゃね? どーでも良いけど。あ、引き留めて悪かったな。じゃあまたな」

「はい、また」

 ナミカは手を振って、去って行った。

奏介はホームへ戻って行く彼女の背を見送り、駅舎の外へ出た。徒歩で自宅マンションへ向かうことにした。駅ロータリーから外れて細い通りに入った時である。曲がり角で思いっきり誰かとぶつかってしまった。

「いつっ」

「きゃっ」

 どうやら女性のようだ。

「あ、すみません。大丈夫ですか」

 声をかけながら相手を見ると、

「はい、お気になさらず……!?」

 顔を青くしたのは檜森リリスだった。

「なんだ、檜森か」

 がたがたと震えだし、

「申し訳ございません! そうだ、これで許して下さい」

 差し出して来たのは、小さな包みだった。リボンが結ばれている。

「……俺をなんだと思ってるんだよ」

 リリスがはっとしたようで、

「い、いや条件反射でつい。す、すみません」

 ぺこぺこと頭を下げる。

「怪我無いなら良いよ。てか、何それ」

 奏介が差しだされたものを指で指す。

「あ、これはクラスで仲の良い子に配ったもので余ったんです。……あの、よかったらこれ、本当にどうですか? 菅谷さんには色々とご迷惑をかけたので」

「……お前ら、また何か企んでる? マジで今度は許さないぞ」

 奏介は辺りを見回しながら眉を寄せる。

「ち、違いますって! 死んでももう菅谷さんにちょっかいかけません。うう」

 身体を縮めて、ぷるぷると震える。

 奏介は息を吐いて、彼女の手からそれを摘まんだ。

「なら良いか。せっかくだしもらっとくよ。迷惑かけたってわかっただけでも成長してるからな。ありがとう」

「! は、はい」

「毒、盛ってないなよな?」

「ないですよぉ」

 涙目だった。

 震えながら去って行ったリリスと別れ、一時帰宅。

 連絡が来ていた姉の姫はまだいなかった。夕飯時に帰って来るらしい。そのままバイトへと向かうことに。

 夕方のスーパーは非常に賑わっていた。早くレジの応援に入ろう。そんな気持ちで早足に裏口へ。

 休憩室には休憩中の高平がいた。どうやら休憩時間が終了し、フロアに出て行くところだったようだ。

「お疲れ」

「おう。今滅茶苦茶混み出してるらしいから、早く出て来いよ」

 エプロンを結びながら言う高平。

「ああ、見て来た。レジ並んでる人多かったな。特売だっけ?」

「夕方のタイムセールやってるからだろ」

「ああ」

店長がチラシにタイムセール情報を載せたと言っていたのを思い出した。

「さーて、今日も頑張るかぁ」

 高平がスマホをしまおうと、ロッカーのドアを開けた瞬間、何やらパステルブルーの包み紙がころんと床に落ちて来た。

「うおっと。やっべ」

 慌てて拾う高平。ちらっと奏介を見、急いでロッカーへそれをしまう。

 奏介、呆れ顔。

「わざわざ落とした振りして見せびらかすなよ、恥ずかしいぞ」

「なんで秒で分かるんだよ!?」

 図星らしい。高平は開き直ったようにロッカーへしまったそれを奏介の前に示した。

「ふふ。聞いて驚くなよ。これは、客の女の子にいきなり渡されたんだ! 少し前に商品の場所を案内した時の子にな!」

「ああ、うん。よかったな」

 滅茶滅茶嬉しいらしいことは伝わって来た。仕事に真面目になってからの評判は良いので密かに思われているというのも納得だ。

「なんつー淡白な奴だ。悔しがれよ」

「心の底から悔しくない。もらったは良いけど、タイムセールの手伝い入らないとダメだろ」

「くう、バレンタインに興味なさそうな顔しやがって」

 と、休憩室に葉堂マヤが入って来た。教育係をしていた奏介の後輩である。

「あ、えっと、お疲れ、様です」

 ぺこっと頭を下げる。

「お疲れ様、葉堂さん」

「お疲れ葉堂ちゃん。休憩?」

 葉堂は申し訳なさそうに、

「はい、十分だけ。さらに忙しくなりそうなので、すぐに戻ります。すみません」

 彼女はそう言って、ロッカーを開けた。

「こんな時にすみません、これ、お二人に……あの、バレンタインです。いつもお世話になっているので」

 それぞれ手渡される。

 感動を噛み締める高平は密かに涙を流していた。

(こいつ、今までもらったことないのか……?)

 少し前までの性格だと厳しかったのかもしれないが、どうなのだろう。

「ありがとな。ああ、でも……オレと菅谷で差、つけ過ぎじゃね?」

 高平はゴルフボール一個分のリボンが結ばれた箱、奏介のは野球ボール二個分の大きさの箱だった。

「え、そ、そんなことないですよ。気のせいです。でも菅谷先輩には仕事の指導をしてもらっていたので、その気持ちの表れです」

「気のせいで済まされるのか、これ」

「まあ、葉堂さんがそういうなら。ありがとう、今日も頑張ろう」

「はい、先輩」

 葉堂は控えめに笑って、休憩室を出て行った。トイレ休憩なのかもしれない。

「くそ、てかお前、今日は何個チョコもらってんだよ」

「チョコ? 今のところ……12?」

 高平、膝から崩れ落ちた。四つん這いで、

「ちくしょうっ」

 小さく叫んだ。今日のテンションはついていけない。アルコールでも入っているのかと疑うレベルだ。

「落ち着け。人助けのお礼も兼ねてるから、数が増えてるだけ。てか、たくさんもらうより、本命一個の方が価値があるってこともあるだろ」

「くう、十五年しか生きてないくせに正論で慰めて来やがって」

 そんなやり取りはすぐに切り上げて、バイトに精を出し、帰り際のことである。

恒例の、パートさん一同から男性職員への圧倒的義理チョコをもらい、裏口から出た。

 バイト先を出て、自宅へ帰ると、マンションの前に見知った車が停まっていた。

「そうすけくーん」

 窓から顔を出したのは、高坂あいみだった。運転席には叔母のいつみが乗っていた。

「こんばんは。本当は家にお邪魔しようと考えていたのですが、この後用事がありまして」

「忙しいんですね」

 仕事が繁忙期だと先日聞いたばかりだったのだ。

「こんばんは、あいみちゃん」

「うん! はい、これ。おばさんと選んだんだよ」

 予想通り、バレンタインの贈り物だったようだ。平べったい箱に包装紙とリボンでラッピングされている。

「ありがと。わざわざ来てくれたんだよね? またゆっくり遊びに来てね」

「うん!」

「それでは。また」

 高坂家の車はそのまま大通りに出て行った。

 マンションのエレベーターに乗り、自宅へ戻る。

「ただいまー」

 玄関を開けると、

「おっかえり~」

 姉の姫が待ち構えていた。

「姉さん……。いつから待ってたの」

「30分前から」

 しれっと言うが、待ち過ぎだろう。

「それより、はいこれ。奏介にバレンタイン」

 差しだされたのはホールのチョコレートケーキだった。生菓子である。冷蔵保存必須。同じ屋根の下に寝泊まりすることがある姉だからこそのチョイスだ。詩音はともかく、なかなか生菓子をバレンタインに贈って来る人はいないと思う。

「ああ、ありがとう。でも、プレートに俺の名前書くの止めてくれない? 誕生日じゃないんだから」

「お父さんがいたら、二人の名前書いたと思うけど、今日は奏介一人だからね」

「いや、そうじゃなくて」

 反論しようとしたが、面倒くさくなって止めた。

「まあ、その、ありがとう」

「ふふ。どういたしまして。食後に食べましょ」

 嬉しそうである。

「あ、そういえば詩音に聞いたわよー? 女装潜入中に助けた子に気に入られて本命チョコとラブレターもらったって。読んだの?」

 興味津々といった様子。

「読んでないよ。ちょっと、それで困ってるところで」

「へえ~? ちゃんと気持ちに応えなきゃダメよ?」

 冗談半分、真剣半分のアドバイスだった。

「分かってる」

「楽しみねぇ、ホワイトデー」

「お返し……」

 今から少し気が重い。

「ていうか、奏介の女装とかめっちゃ見たいんだけど次回呼んでくれない?」

「良いよ、見なくて」

 奏介はひらひらと手を振る。

 感謝してもらってもちろん嬉しい。そしてこんなふわふわしたイベントに参加できるくらい心が回復したのだとしたら、体を張った甲斐があったという物だ。

(よかったな、皆)


※後書き

※出てない登場キャラもいるので、またおまけで書くこともあるかもしれません!

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