第305話日常編 バレンタインデーの1日 前編

※前書き

304話との同時更新です。


ただの日常編なので、読まなくても本編に影響ありません。


過去登場キャラ

喜嶋安登也 登場86話~

間島メノ 登場238話~

蒲島かごめ 登場293話~


本編↓


とある平日。


 自宅マンション前。奏介は小さく欠伸をした。


(ねむ……)


 スマホで時計を確認し、息を吐いた。歩き出そうとしたところでマンションのロビーからバタバタと詩音が出て来た。


「お、お待たせ!! ていうか、ちょっと待って奏ちゃん」


「いや、遅いんだよ。これ以上遅くなったらバス停まで全力疾走するようだろ」


「うう、ごめん。普通に寝坊した」


「まったく」


並んで歩き出す。


「あ、そうだ。これ」


 詩音が自分の通学用カバンから出したのは、手のひらサイズの白地にラベンダー柄の包みだった。中には小さな箱が入っていて、リボンが結んである。


「ああ、バレンタインデーか。毎年律義だな。ありがとう」


 奏介はそれを受け取って自分のカバンにしまった。


「毎年のイベントになってるよね~。多分、姫ちゃんもくれるんじゃない?」


「ああ、ド平日なのに今日帰って来るって連絡あった」


「さすが姫ちゃん。弟のチョコレートのために実家に帰ってくるとか」


 奏介はため息を吐いた。


「姉さんも律義だよね」


 詩音と共にバスに乗り込み、学校へ。


 正門を通り、靴箱に着いたところで水果に遭遇した。


「ああ、二人ともおはよう」


「おはよー! 水果ちゃん」


 と、詩音と挨拶を交わしつつ水果はすっと無地の紙袋を差し出してきた。


「……ん?」


 勢いで受け取ってしまった奏介は目を瞬かせる。


「最近、世話になりっぱなしだからね。礼も兼ねて」


「バレンタイン?」


「ああ。受け取っておいてもらえると助かる」


「いや。わざわざありがとう。ここ最近は椿にも毎年もらってるような気がするね」


「ふふ、そうかい? ちなみに針ヶ谷にも渡したんだけど、ちょっと照れてたよ」


 改めてそういうことをされると、恥ずかしくなるのはなんとなく分かる。


「針ヶ谷君! わたしも渡さないとー。お昼の時でいいかなぁ」


 詩音の呟きを聞きつつ、教室へ向かうことにした。


(……ん?)


 ふと見ると、喜嶋安登也の姿があった。何故か、靴箱の前で深刻そうな顔をしている。


(くっだらないこと考えてそう)


 面倒くさそうなので、スルーしようとしたのだが。


「あ! おはよう! 菅谷!」


 笑顔で歩み寄ってくる。


「おはよう。親し気にするのやめてくれ。友達だと思われるだろ」


「挨拶返してくれた後に酷くね!?」


 奏介は憂鬱そうにため息を一つ。


「さっさと教室行かないとホームルーム始まるぞ」


「いや、聞いてくれよ。これから自分の靴箱を開けるんだけどさ、チョコが山ほど入ってたらどうしたら良いと思う!?」


「どうせ0だから心配するな」


「流れるようにひでえこと言うじゃん! 男なら憧れだろー? あ、ちなみに菅谷今何個もらった?」


「3個」


 母、詩音、水果である。


「ぐっ……この時点で」


「とりあえず、さっさと履き替えて教室行け」


 喜嶋を放置して、奏介は自分の教室へ。


「あ、おはよう。菅谷君」


 入り口のところでぶつかりそうになったのは間島メノだった。転校生だった門町マリーからいじめを受けそうになっていたところを助けたことがある。


「おはよう」


「……えっと、今日ちょっと寒いね?」


「ああ、そう、かな」


 やや挙動不審な彼女と分かれ、自分の席へ。


「おう、菅谷」


「おはよう、針ヶ谷」


 挨拶を交わしたところで、クラスメートの男子達の雰囲気が少し落ち着かないことに気づいた。


「男女差別なくすとか多様性とか言われてるけど、やっぱ今日みたいな日はそわそわするよな、男としては」


「ああ、まあ。そうかもな」


「菅谷は相変わらずドライだなー。こういうイベントに」


「小学校のころはさ、こういう楽し気なイベントどころじゃなかったんだ。だから、乗り切れないんだよね。食べるものにも困ってるのに、デザートどころじゃないみたいな」


「あー……。複雑だな?」


「そう?」


 そんなやり取りをした後、すぐにホームルームが始まった。


 あっという間に昼休みになり、購買部にいくという真崎と分かれ、先に風紀委員会議室へ。


「ん?」


 風紀委員会議にいたのは、わかば一人だった。


「げ!」


「なんだよ、げって」


 わかばは慌てた様子で、


「な、なんでもないわよ。てか、針ヶ谷は?」


「購買行ったよ。すぐ来ると思うけど」


 奏介は持って来た弁当をテーブルに置いて、席に座った。すると、弁当箱の横に淡いグリーンの小包が置かれた。


「ん?」


 わかばが恥ずかしそうにそっぽを向いていた。


「バレンタイン。一応、お世話になったし、お世話かけたし」


「……自覚、あったなんだな」


「予想通りの反応だわ。はあ」


 わかばが肩を落としたので、奏介はふっと笑った。


「せっかくだから、もらっとく。ありがとう」


「心配しなくても義理だから安心して」


 ひらひらと手を振るわかばである。


「義理はともかく早めに朝日賀先輩に渡して来いよ」


「くっ……! それが簡単に出来たら苦労しないのよ!!」


 と、わかばのスマホが着信音を鳴らした。


「ん?」


 通話を始めるわかば。


「え!? 朝日賀先輩が!? うん、今行くわ。ファンクラブメンバー、屋上に集合で」


 通話を切り、


「ちょっと行って来るわ」


 慌ただしく廊下へ出て行った。


 そこで気づく。モモが入り口の戸の陰からこちらを覗いていたのだ。


「何やってるの、須貝」


「あ、えっと」


 モモはもじもじとした様子で中へ入って来た。


「あのね。靴箱に、入れておいたから。帰りに受け取って」


「えーと、バレンタイン?」


 この流れなので、すぐに分かった。


「うん。直接渡すの、ちょっと恥ずかしいから。針ヶ谷君にも伝えてあるわ」


 モモらしい。


「そうか、ありがとう。悪いな」


「ううん。お世話になったから」


 その後、いつものメンバーで昼を食べ、予鈴がなったのでそれぞれの教室に戻ろうとした時、服を引っ張られた。


「ねえねえ」


 ヒナだった。


「うん?」


「はい、これ! ボクから菅谷君へのバレンタインチョコだよ」


「ああ、ありがとな」


 手渡されたのは、オレンジ色の包みだった。しかし受け取ると、


「え、なんか重い」


 ずっしりだった。


「チョコレートと一緒に、プレゼントが入ってるからね。ほら、チョコとハンカチを一緒に渡すみたいな? 針ヶ谷くんにはチョコだけしか渡してないんだけどね。差をつけるわけじゃないんだけど、君に渡しておきたくって」


「それは分かるけど、ハンカチじゃないよな?」


「実はボクね、会社の一部門を任されることになったんだ。具体的に言うと、小型GPS発信機を開発してるの」


「……あー、うん。なるほど」


「認知機能が落ちた高齢者とか患者さんのためという建前で君のための発信機を作ってみた」


「え、もしかしてこれ」


 ヒナはぐっと拳を握りしめた。


「そういうこと! 是非使ってね! 試作品だけど」


「僧院、行くところまで行ってるな。でも……使うかな……?」


「きっと役に立つさ」


「う、うん。ありがとな」


「こっちこそ、いつもありがと」


 ヒナは人差し指を立てて、会議室を出て行った。




 放課後、授業終わりの教室にて。


「連火が用事あるらしくて、ちょっと行ってくる。菅谷はバイトだよな?」


 不良系漫画家の壱斗時連火はあれからトラブルもなくやっているらしい。


「あぁ、うん。帰ったら家出るからちょっと厳しいかな。よろしく伝えておいて」


 ちらっと真崎の鞄を見ると、ファスナーの間からカラフルな包み紙の一部が見えた。いつものメンバーからはもちろん、休み時間に一度呼び出されていたので本命チョコをもらっている可能性はある。


「それじゃ!」


「ああ」


 お互い、チョコのことは触れないことになっている。


 真崎を見送った後、奏介も立ち上がった。


 廊下へ出て、階段の踊り場に差しかかったところで、


「菅谷君」


 慌てて追いかけて来たらしいクラスメートの間島メノが異常なほどに周りを気にしながら階段を降りてきた。


「あ、あの、これ」


 おずおずと差し出されたのは小さな包み紙である。リボンがあしらわれている。


「バレンタイン?」


 メノが少し恥ずかしそうに頷く。


「わざわざありがとな」


 受け取ると、


「いや、その。ずっとこの前のお礼をしたいと思ってたの。丁度バレンタインだったから」


 もじもじ。


 本命ではなく義理チョコだと言いたいのだろう。


「大したことしてないけど、まぁ結果的に良かったよ」


 生粋のいじめっ子、門町マリーを追い出せたのだから。


「それじゃ、またね」


 メノは満足したように笑って、手を振ると教室へ戻って行った。


 昇降口へ行き、靴箱を見ると、モモの言っていた包装紙に包まれた筒状のものにリボンがつけられた。


 小さなメッセージカードに須貝モモよりと書かれている。


(直接でも良いのにな)


 モモらしい。


 それを鞄にしまうと、


「あ、いたいた」


 わかばと東坂委員長が慌てた様子で歩み寄ってきた。


「お疲れ様です、菅谷君。これ、風紀委員女子一同から風紀委員男子一同へのチョコレートです」


 にっこりと笑って持っていた箱を開く。


 ウィスキーボンボンチョコレートのような形のチョコがいくつも入っていた。義理の中でも、最上級の義理チョコだ。お土産を配るバイト先のパートさんが思い浮かんだ。


「ありがとうございます。頂きます」


「今日、会議ないから放課後に会議室に寄ってって言い忘れてたのよ」


 奏介はわかばに呆れ顔。


「橋間の伝え忘れか」


「しょ、しょうがないでしょ! こっちも必死だったのよ」


 朝日賀とはどうなったのか。ここで聞くのも野暮だろう。


「それと、これは個人的なお礼です」


 東坂委員長が渡してきたのは板チョコに小さなリボンがついているシンプルなものだった。


「え、そんな。委員長のほうがこの半年間は大変でしたよね」


「色々と助けてもらいましたから」


 後からわかばに聞いたところに寄れば、田野井も個人的にもらって喜んでいたらしい。


「それじゃ、戻りますね」


 東坂委員長が戻っていくと、わかばがふうっと息を吐いた。


「あんた、もう帰るの?」


「ああ、今日バイトだから真っすぐ帰る」


「多分、ヒナと詩音がもうすぐ来るわよ。モモと水果は部活」


「そうなんだ」


 どうせなので、少し待ってみることにした。


 やがてわかばの言った通り詩音達がやって来て、4人で帰ることに。


「奏ちゃん、チョコの数どうなったの~?」


 からかうように聞いて来る詩音である。


「なんか、こうお礼って名目でめっちゃ数もらってそうね」


「あ、ボク数を当ててあげようか? ずばり、10個!」


「そこまでいってないって」


 奏介は苦笑を浮かべる。


 と正門を出て少し離れたところで、


「菅谷先輩」


 追いかけてきたらしい中学生が走り寄って来た。


「こんにちは。先輩方も。すみません、時間ありますか?」


「あ、この前の相談者の確か蒲島さん?」


 わかばが思い出したように言う。クラスメートに悪質な性的いじめをされていた蒲島かごめだった。


「元気そうだな」


 奏介がそう言葉をかけると、かごめは笑った。


「はい、なんとか。時々嫌な夢を見るんですけど、大分気分が良いです」


「あ、ボクも聞いたよ。最っ低な類のいじめしてたんでしょ? いやらしいって言うかド変態のことなんて忘れて良いんだよ?」


「はい、ありがとうございます。それで、これ菅谷先輩にお礼です」


手渡されたのは可愛らしい紙袋だった。


「バレンタイン?」


「はい。時期的にも丁度良かったので。それと」


 顔を赤くするかごめ。


「あの、女子の菅谷さんの分も入っているので渡して置いてもらえますか? 何日か校門の前で出待ちしてたんですけど、見つけられなくて」


「え」


 以前お礼に来た時に感じていたが、彼女は奏介の女装バージョンが気に入っているらしい。


「あ、ああ。わかった。伝えとくよ」


「手紙も書いたんです。渡してもらえますか?」


「うん、了解。喜ぶと思うよ」


 かごめはカバンから封筒を取り出した。


「お名前教えてもらえませんか? 宛名を書きたいので。できればフルネームで」


「あ、あー、なるほど」


 奏介が困っていると、女子達がひそひそと話し始めた。




「ボクは奏子そうこちゃんに一票」


「奏かなの方が良くない? ほら、お姉さんも2文字だし」


「奏ちゃんの女装姿ってなんか綺麗系だから、奏かなでちゃんなんてお洒落だと思うなぁ」




(何真剣に会議してんだよ)


 女子達がわいわいやっている中、目を潤ませたかごめが迫ってくる。


「お願いします。教えて下さい」


 両手を合わせるかごめ、横から詩音がスライドしてきた。


「あの子はね、菅谷奏花すがやそうかちゃんっていうんだよ!」


 会議の結果、のようだ。


(え、草加せんべいみたいな)


 かごめは目を輝かせた。


「奏花さん、ですね。ありがとうございます」


 持っていたらしいボールペンでささっと宛名を書くと、紙袋の中へ。


「よろしく伝えて下さい」


「わ、わかった。そういえば、あれからあいつら何かされてない?」


「はい、というか、3人は転校していったのでその後のことは知りません。父と母は完全に怒っていて弁護士さんと打ち合わせもしているようです」


(転校か。またその先でやらなきゃ良いけど)


「そういえば、大岡さんのお母さんが来てくれて、なんども謝ってくれました。今は別居しているらしいですよ」


「……そっか」


「では。先輩方も、引き留めてしまってすみませんでした」


 ぺこりと頭を下げ、去って行った。


 奏介は呆れ顔で、3人を見る。


「適当な名前つけて……」


 3人は悪びれる様子はない。


「あの一瞬で結構話し合ったわよ?」


「ボクは良い感じに混ざり合ってて良いと思うけどなー」


「奏ちゃんぽくて良いでしょ?」


 奏介はため息。


「まあ、いいや。別に支障ないしな」


 そんな奏介のスマホがメールの着信を知らせていた。

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