第304話学校外での子供の怪我を教師のせいにする保護者に反抗してみた2
みるみるうちに眉を吊り上げて行く樽谷。
「なん、ですって?」
「だから、お子さんが怪我したのはどっちかって言ったら、あなたの責任でしょって言ってるんですよ。産んだ瞬間から教育してるんだから、そこら辺しっかりしてもらわないと」
「失礼な上に、言いがかりをつける気?」
昂奮した様子で声を荒げる彼女に奏介は肩をすくめた。
「別に言いがかりはつけてないでしょ。車の前に飛び出さないなんて常識的なことを教えてない親ってどうかと思うんですよね」
「それは、学校が教えるべきでしょう!? こっちはお金を払っているんだから」
「あーその認識がマジで頭おかしいんですよね」
「っ! 何がよ!? 子供にはわからないでしょうね。こっちはそれなりの金を払って」
「金とかの問題じゃなくて、あなたも教えて学校でも教えるべきでしょって言ってるんですよ。文句つけに来るくらいだから、学校のことを信用してないし、こちらの柳屋先生も嫌いなんでしょ? だったら学校は信用できないから自分で教えるわってなるでしょ。何、信用してない施設に丸投げしてるんですかね。その結果、こうなってるのに無責任過ぎでしょ」
「言ってるでしょ!? 金を払っている以上、こっちは客なのよ。責任を持つのは当然でしょう」
「金持ってるならしっかり責任持ってくれる学校に転校したらどうですか? 嫌いな先生がいるところにいる意味ないでしょ? 車の前に飛び出さないって教えてくれる学校に行けば、解決でしょ。この学校にいるせいでお子さんが怪我したということなら、お子さんのためを思うなら、こんなところで責任を持てない教師を責めるより、転校手続きしたら良いでしょ?」
「こ、このダメ教師には言わないと分からないでしょ!?」
黙って聞いていた大山がむっとする。柳屋はすっかり委縮して、うつむいている。よく見ると、体が震えていた。
「ダメ教師って。失礼なのはどっちですか。言って良いことと悪いことがありますよ」
大山が珍しく感情的にそう言った。
「それ、言葉の暴力ですよ」
真崎が感情をおさえるように言う。
「はん! 何よ。急に。子供の教育をする立場の人間なんだから、失敗は許されないのよ。そんなことも分からないの? ダメ教師をダメ教師と言って何が悪いの?」
奏介はため息を一つ。
「いや、悪いでしょ。そんな悪口言ったら、柳屋先生は傷つくし、ほら泣いてますよ」
耐えきれず、柳屋は涙を堪えていた。
「ふん。大人になってから泣いて許そうとされるなって」
「いじめっ子かよ。小学生と同レベルじゃん。悪口言って喜んでるクソガキ」
奏介は蔑むように、言った。
「はっ、どれだけ失礼なの!?」
「他人にダメ教師っつったのはお前だろ!」
奏介の少し大き目の声が辺りに響いた。
「っ!」
樽谷の体がびくっとなる。
「そのダメ教師って言葉で、柳屋先生は傷ついてんだよ。ストレス解消なのか知らないが、そうやって頑張ってる先生をバカにして、悦にはいってんじゃねえよ!」
「こ、子どものために親がしなきゃいけないこと」
「こんな公の場で先生を晒してる時点で、子どものことなんか考えてねえだろ。まだ下校してる子どももいるのに、こんな風に騒いでたらお前の子どもは、他の友達にどう思われるか考えてないのかよ。笑われるぞ。お前みたいに、教師をバカにしてる奴がいるから、新任教師が鬱になって辞めちまうんだよ。お前さあ、気に入らない奴を辞めさせて何がしたいの? 柳屋先生が辞めるだけで他の先生の仕事の負担が増えるんだぞ。そしたら、子どもに手が回らなくなって、教育現場が杜撰になって行くんだ。学校外での子どもの責任を持て? だったら親のお前はどこに責任を持ってんだよ。全部先生に責任を押し付けて楽しようとしてるだけだろ」
周辺がしんとなった。
さすがに注目されたが、奏介は樽谷を睨んでいる。
近所の人や通行人がひそひそと。
「ちょっと、あれがモンスターペアレンツってやつ?」
「さっきから先生に色々言ってて気になってけど」
「高校生に怒られるって」
そして下校中の小学生。
「あれって樽谷君のママのじゃん……」
「ええ、なんか騒いでるよ」
「樽谷、ゲーム買ってもらえないって言ってたよな」
周囲が敵になったのを感じたのか、樽谷は後退り。
しかし、そこで乱入してきた人物が一人。
初老の女性だった。上品な感じで、物腰も柔らかそうなのだが、堂々と割って入ってきた。
「どうもこんにちは~。柳屋ありさの母です」
「……は?」
樽谷がぽかんとする。
「うちの娘がお世話になってます~。実は最近、うちの娘が精神科の受診を考えていまして。お仕事で大変な思いをしていると聞いていたんです」
柳屋母は頬に手を当てる。
「社会人としては、多少の人間関係トラブルは付きものですけどねえ。ダメ教師、は言い過ぎじゃありません? 失礼ですけど、お子さんがいらっしゃるのですよね? そんな言葉を他人に向けたらダメでしょう? というか、少し考えたら分かるでしょう?」
「お、お母さん」
「は、母親ぁ? な、大人が親に頼るなんて」
「悪口を言われ続けて死にたいと口にした娘を放って置けませんからね」
柳屋母、ニコニコ。そして、すっと顔を近づける。
「うちの娘を精神的に追い詰めたあなたを、訴えますよ? こちらは大事な娘をダメ教師と言われて、とても腹が立っているんです」
「っ!」
ぷるぷると震えた樽谷はバッと体を翻し、走って去って行った。
この場の5人がふうっとその場で息を吐く。
「あ、あの、ありがとね、君。庇ってくれて。君も、反論してくれて」
奏介、真崎は柳屋に言われ、
「ああ、いえ。ちょっと見過ごせなくて」
奏介は苦笑を浮かべる。
「正直、クレームの域を超えてたんで、あれは酷いですよ」
真崎はそう言って何度か頷いた。
「うん。華花……大山先生もありがとう」
「ほとんど口出せなかったけどね」
大山もそう言った。
「お母さんも、ていうかなんでいるの?」
「ちょっと、連絡をもらったの」
もちろん、奏介発案である。大山が実家の電話番号を知っていたので利用させてもらった。
「最近のあなた、本当に自分で命を絶ちそうだったから。あんな……なんとかモンスター? 本当に怪物みたいね」
「ああ、うん」
柳屋は困ったように頷いた。
奏介はそんな様子を見てスマホを取り出した。
(モザイクをつけて、ダメ教師発言を入れて走り去って行く背中を流すかな。すぐに編集しよ)
教育委員会に連絡されるより前に動画の拡散をしよう。
「悪いな。今回は何もできなかった」
「いや、言い返してくれたしな」
奏介は真崎と目線を合わせて頷いた。
「さっき撮ってた動画、ネットに流すなら従妹にも協力してもらうから言ってくれ」
「わかった、ありがとう」
(教育委員会に連絡、で逃げられると思うなよ?)
後日、樽谷母は夫に離婚をされて一人引っ越して行ったそうだ。父親と住むことになった息子はむしろ周りの友達に同情されたらしい。あの母親とは裏腹に、評判の良い息子らしい。
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