第307話自分の息子に野菜しか食べさせようとしない夫婦に反抗してみた

※前書き

306話307話同時更新です。 


 とある日、奏介は小学校の頃の同級生の根黒一と、彼の友人の長見慧とともにファミレスにいた。

「え、君のところテスト終わったの!?」

「ああ、つい昨日に」

「はっや、うちのところは来週からだよ」

 根黒がうーんと唸る。

「桃華って独特なところありますよね」

 長見に言われ、奏介は首を傾げた。

「言うほどか?」

「それよりも。菅谷君はバレンタインにチョコいくつもらったんですか?」

 唐突な長見の話題変えに、面食らう。

「何、突然」

 長見はにこにこ笑っていた。そして、

「ふふ」

 奏介はよく分からない笑いを漏らした根黒を見る。

「分かってるさ。君が結構モテるってことくらいは」

 大袈裟に言う根黒である。

「それなりにもらってはいるけど、風紀委員会の関係でお歳暮みたいな感覚のやつがほとんどだよ」

「本命がいるかも知れないですよね?」

 長見の問いに、奏介は手を横に振る。

「ないない。皆義理だよ。根黒はともかく、長見は?」

「僕はともかく!?」

 ショックを受けている様子の根黒は放っておいて、

「はは。図書委員の女の子から一つだけ。僕がモテるわけ無いですからね」

「ちなみにだけど、菅谷君」

 根黒が割り込んでいる。今日は何故かテンション高めである。

「なんだよ。もう少し声小さくしろって」

 何やら興奮しているようで。

「その図書委員の子から受け取って長見君に渡したのは僕なんだ! 恥ずかしいからってね。そして、渡してもらうお礼にって、僕もその子から義理チョコもらった!」

 鞄から取り出したのは可愛らしい包み紙の小さな箱だった結ばれたリボンに『義理です』と書かれていた。

(義理の主張強い……)

「なんかね〜。僕と話して楽しそうな長見くんのことが気になってるらしくて」

 長見はあまり友達と騒ぐタイプではないが、根黒とは楽しく友達をしているようなので、魅力的に見えたのだろう。

「前に本の整理を手伝ったことがある子なので、それのお礼も兼ねているそうです。律儀な子ですね」

(本命か)

 と、そんな話をしていた時。

 3人のテーブルの横に男の子が立っているのに気づいた。5歳くらいだろうか。

 痩せ気味で、羨ましそうにテーブルの上のピザとポテトを見ている。食べかけであるが。

「えーと、どうしたの? 一緒に来てる大人の人は?」

「……あそこ」

 力なく指で指したのは、奥のテーブル席である。父親と母親らしき男女が店員さんに食ってかかっていた。

「だから、ノンオイルじゃないと食べないのよ。それと、シーザーサラダの粉チーズとゆで卵も取ってもらえる?」

「粉チーズとゆで卵を取り除くことはもちろん出来ますが、割引と言われますと難しいので、お値段そのままでしたら」

「はぁ? 何だ、それは。どうして抜いた粉チーズとゆで卵代を払わなきゃならないんだ」

 どう見ても面倒くさそうな客である。

 奏介は声を潜めた。

「パパとママ?」

 男の子はこくりと頷く。

「なんか……野菜以外食べない。みたいな人なのかな」

「油も嫌なんじゃないですかね? 口ぶりからして」

 根黒と長見が言う。奏介は少し考えて、

「君は、野菜好きなのかな?」

 男の子は首を横に振りまくった。

「だいっ嫌い!! ……だから、食べないの。怒られるけど。お腹すいた」

 そうは言われても、他人の子供に勝手に食べ物をあげるわけにはいかないだろう。

「す、菅谷君。僕のピザ1枚あげてよ。なんか可哀想だし」

 根黒がおろおろしながら言う。かなりやせ細っていて、心配になるのは分かる。

「お願い。お腹すいて、死んじゃうよぉ」

 泣き出してしまった。相当辛いのだろう。

「ポテトも結構あまってますしね」

 奏介は少し考えて、

「今日の朝とかお昼は食べてないの?」

 店員と揉めている親達を横目に、

「お弁当、サラダだけで幼稚園の友達に笑われたから食べてない」

「そ、そっか」

 これは少しでもあげるべきか。根黒と長見もこう言っているし。

 ぐるぐると思考を巡らせていた時である。

かける

 見ると、男性が鬼の形相で立っていた。

「席を離れて、何してるんだ」

「パ、パパ」

 怯える男の子、もとい翔。

「君ら、うちの息子にそのジャンクフードを与えてないだろうね?」

 ギロリと睨まれ、根黒と長見は絶句した。

「ちょっとなんなの? ……うそ、ピザとポテト? こんなものを翔が!?」

 母親もやってきて、2人に睨みつけられる。周囲の客達は呆れ顔というか、「また何かやってる」という感じで見ている。

「あなた達高校生ですよね? こんなものを食べていたら将来不健康になります。それは個人の勝手ですが、うちの息子にまで」

 母親は捲し立てる。

 奏介はすっと立ち上がった。

「好き勝手言ってますけど、息子さんに食べ物はあげてませんよ」

「……本当か? 翔」

 翔は涙を浮かべ、コクリと頷いた。

「ならよし。ほら、戻るぞ」

「まったく」

 2人が翔の手を引いて戻っていく

「あの」

 奏介は挙手した。

「ん?」

 彼らは嫌そうにこちらを振り返った。

「謝罪は?」

 奏介の不思議そうな問いに、父親は眉を寄せた。

「……はぁ?」

「息子さんに勝手に物を食べさせたとか言いがかりとかつけて置いて、謝りもしないんですか?」

 この場が収まりかけていたところに良くないとは思ったが、息子の痩せ具合は放っておけない。

「うちの息子に勝手に声をかけてたそっちが悪い」

「声かけてたと言うか」

 奏介は困ったように笑い、

「パパとママにご飯を食べさせてもらえないから、お腹すいたって言われたんですよね」

 少し大声で言うと、周囲の視線がいやでも集まる。

「っ! それはただの好き嫌いで、きちんと食事は出している。それを食べないだけだ」

「お弁当に野菜しか入れてないんでしょう? 宗教上の事情でしょうか?」

「宗教なんてするわけないだろ」

「だったら、そういう虐待は良くないですよ。野菜だけではなく、肉や魚、乳製品や卵も食べさせてあげないと栄養が偏るでしょ。野菜だけで成長期のお子さんの体を支えられるかわかりませんけど? 児童相談所に通報される前に、お子さんへの虐待はやめて下さい」

 奏介は強めの口調でそう言った。周囲の客も翔の痩せ細った様子に気づいたようだ。

 ひそひそと。

「失礼な! うちは野菜が主食なんだ。肉や魚なんて食べていたら将来病気になるだろう。実際に私や妻は肉ばかりの食生活から野菜のみに変えて病気が完治したんだからな」

「そうです。肉類なんて体に害にしかなりませんからね」

 と、母親も反論。

「あー、なるほど。体に悪いからお二人は野菜中心の食生活に変えたと。それで体調が良くなり、今も野菜しか食べないと」

「そういうことだ。虐待だとなんだのと言ったことは謝罪しろ」

「謝罪って俺がですか? いやいや、ご飯食べさせてないんだから虐待でしょ。あなたの事情はともかく、お腹空いたって泣いてるんですよ? 好き嫌いだとかごちゃごちゃ言ってないで、食べられるものをとりあえずあげるのが普通でしょ」

 すると、根黒と長見も頷いた。

「風邪引いた時とか、とりあえず食べたいものを食べようってなるよね」

「ですね。喉を通るものをって、母がアイスを買ってきてくれたことがあります」

「アイス? 野菜以外のものを口にしたら体に悪いんだよ!」

 奏介は父親を睨む。

「普通は、出したものを食べないなら、食事抜きだっていう考えにならないでしょ。何で食べないのか、何なら食べるのか、息子さんに聞いたことないんでしょ」

「ぐ……」

 図星のようだ。

「子供の食生活を管理するのは親なのはそうなんでしょうが、痩せて、お腹空いたって泣かせてる時点で虐待です。後、野菜生活が良くてやってるのはあなた達だけでしょ? 息子さんがやりたいって言ったんですか? 言ってないでしょ? 息子さんの年齢的には意思を尊重し始める年齢でしょ。野菜嫌いって言ってますよ、彼」

 父親は拳を握りしめた。

「バカにして……」

「バカにしてるわけじゃなくて、息子さんの体を心配して」

 父親が真っ直ぐに指を向けてきた。

「子供が大人をバカにするとどうなるか、分からせてやる。おい、マキコ、警察に通報だ」

「ええ、分かりました」

「いや、色んな意味で迷惑だから辞めてください。小指の切り傷で救急車呼ぶようなものですよ」

「警察と聞いてビビッたか? この際だからしっかり教えてやる」

 数分後、近くの交番から警察が到着した。

 店には悪いが、彼らの息子を放って置く理由には行かないだろう。

 制服警官2人が店へと入ってきた。店内はざわざわしていて、奏介と彼ら家族を見守っている。

「どうされました? 通報者の方は?」

 すると、翔の母マキコが挙手をした。

「あたしです。この高校生達がいきなり暴言を吐いてきて、うちの息子に手を出そうとしたんですよ」

「妻の言う通りです」

 警官の表情が厳しくなる。

「本当かな? 君達」

「乱暴なんかしてませんよ。おまわりさん、そこの男の子見て下さい。痩せてるでしょ? ご飯を食べさせてもらえないって俺達のところに来たんですよ」

 長見が力強く頷く。

「お腹空いたって泣き出して、ただ事じゃないって思ったんです」

「そうそう、注文したものをあげようかってところで、その人達が突っかかってきて」

 根黒も続く。

 警官2人は顔を見合わせ、

 しゃがんで男の子と目線の高さを合わせた。

「はっきり言って良いよ、おじさん達が守るからね。どっちが本当のことを言ってるのかな?」

 翔は涙を浮かべながら、奏介を指で示した。

「この! 翔!」

 鬼の形相で翔に手を伸ばすが、警官にブロックされた。

「子供を脅すのは止めてください。お話を聞きましょうか。息子さんにも聞きたいことがありますので」

 父親はひくひくと顔を引きつらせ、母親は青い顔をしていた。警官達は完全に男の子をガードしつつ、店を出るように促した。

 連行される際、父親がぎろりとこちらを睨んだ。

「お前、覚えてろよ? 絶対に」

 奏介はにっこりと笑う。

「復讐ですかね? どうぞ来て下さい。俺は虐待も許さないし、次回は容赦しませんよ」

 明るい声で言いつつ、鋭い視線を向けると彼は固まっていた。



数日後。


『次のニュースです。自称ベジタリアンの夫婦が5歳の長男に必要な食事を与えず、放置、虐待していたとして児童相談所に通告し、調査をしています。男の子は栄養失調になっており、餓死の可能性もあったとしてー』

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