第302話注意したカラオケ店員に嫌がらせをする迷惑客に反抗してみた6

 野庭はこちらを見下すように鼻を鳴らした。腰に手を当てる。

「そうですけど。そういうあなたは横領の罪で会社をクビになろうとしている菅谷洋輔さんでしょう?」

「ふふ。知らなくても無理がないかな? 野庭君……君の父上がどういう状態か」

 野庭は眉を寄せる。余裕そうな洋輔の態度に違和感を覚えたようだ。

 洋輔はぱちんと指を鳴らした。

 すると、ファミレスの入り口からスーツの男二人に両手をがっちりホールドされた中年男性がつれられて来た。

「パパ!?」

「あ、あんじゅ」

 洋輔は肩をすくめる。

「うちの社長がかなりお怒りでね。日本にある本社に連れて来い!! ということで警察に突き出す前に戻ってきたんだ。こちらのお二人は社長のボディガードだよ」

「ど、どういうこと!?」

「改ざんしたデータを復元して、この私のPCから不正書き換えを行った人物を特定したんだ。横領した金の使い道も分かっている。菅谷洋輔のクレジットカードで不動産を購入したらしいね。まったく、他人のクレジットカードを盗むのも犯罪だ。まあ、盗まれたことにまったく気づかなかった私の間抜けさは恥じるべきだけどね」

 奏介は息を吐いた。

(横領の捏造をした人物を特定、か。父さんらしい。……色々なところに頼んだんだろうな)

 洋輔の交友関係は広い。洋輔が依頼した人物が必ずしも正攻法で情報提供したとは考えにくいが。

「パパ……パパはいっつもそう。おじいちゃんが言ってた。肝心なところでドジをする、あいつには会社は任せられないって」

「っ! 親に向かってなんだ、その態度は! 一人で育ってきたような顔をして」

 あっという間に親子喧嘩のようになる。

 すると、野庭が奏介を睨んだ。

「あんたさ、なんなの? 古長への嫌がらせなんて些細なことでしょ。それなのに、こんな大袈裟にして」

「下里とかいうクソ野郎にバイトのシフト情報流して、ストーカーさせてアルコールを顔にぶっかけといて些細なこと? あのさあ、その辺の通行人にそれやってみろよ。些細なことで済むと思ってんの? 無差別通り魔として逮捕だよ。逮捕」

「ぐ……」

「数分前までパパとおじいちゃんの後ろ盾があったのに、本当に残念だな。横領はがっつり犯罪だから、お前の家どうなるかわからないぞ」

「親に泣きついて嫌がらせしてんのはどっちだよ!!」

 口調を荒げる野庭はなりふり構っていられないのだろう。

「親ねぇ? 言っておくけど、議員のパパ大好きな上嶺有孔と繋がってるの、知ってるからな?」

「!」

 こほんと咳払いをする洋輔。

「親達の金で調子に乗るのは良いが、君のものではないと自覚した方が良い。この店をよろしくない輩に提供したり、度々金に物を言わせて店を貸し切ったりしているんだろう? それが出来るのは親や祖父のおかげだ。もちろん、その恩恵を受けるのは子供として当然だが、犯罪まがいのことをしているのだから質が悪い」

「何よ、偉そうに!」

「犯罪者の子供に偉そうなんて言われると思わなかったよ。こういう輩をクソガキと言うんだろうな。なあ? 野庭君」

 野庭父と娘のあんじゅは悔し気にうなだれた。

「野庭あんじゅ」

 名前を呼ばれ奏介の方を見やる。

「そんなに悔しいなら、やらなきゃよかったんじゃね? ざまぁ」

「!!!」

 顔を真っ赤にするあんじゅだが、ぱくぱくと口を動かしている。

「よし、連れて行ってください。もう終わりです」

 ボディガード達が頷いて、野庭父を連行して行く。

 野庭あんじゅは拳を握り締め、唇をぎゅっと噛んでいた。これから野庭父は警察へ連れて行かれ、会社に被害届を出されれば逮捕もあり得るだろう。もしそうなったら、今のまま会社は続くだろうか? 金持ちとして友人達に羨望の眼差しを向けられることもなくなるかもしれない。いや、もはや冷たい目で見られるかもしれない。

 そんな恐怖が襲ってきた。

「まあ、君はまだやり直せるだろう。成人したら、改心するチャンスもあるさ」

「いや、父さん、こいつに改心とかねえよ。一回でもいじめやったヤツに人権ないから。反省しろよ、今度古長先輩に何かしたら、社会的にぶちのめすからな、覚えておけよ!」

「奏介。行くぞ」

 洋輔に言われ、ファミレスを出た。

 奏介はしばらくファミレスを睨んでいたが、そんな様子に洋輔が奏介の頭に手をやった。

「悪かった。思い出させたな。俺もあの時何もしてやれなかったから、言える立場じゃないが」

「……いや、あの時期は父さんの余裕なかったって言ってたじゃん」

「ああ、あの頃は転職したばかりでアメリカに飛ばされて、慣れない仕事でいっぱいいっぱいだった。しかし、母さんと奏介を放置していたことに変わりない。親として」

「あのさ」

 奏介は洋輔を見る。

「ん……?」

「親だろうがなんだろうが、自分に余裕がない時に他人に気を遣うのは難しいでしょ。父さんだって人間なんだから。よく親なんだから~って言う人いるけど、無理なものは無理だよ。大抵それを言う奴は自分で出来てないからね」

「正論過ぎて返す言葉もないぞ……?」

「あと、あの時俺をいじめた奴ら、許してないからさ。歯向かってくるようなら、一人残らず地獄へ叩き落とすから」

 洋輔、真顔。

「……強いな。なんか強すぎて引くぞ? 父さん」

「父さんも人のこと言えないから」

 家までの道のり、並んで歩いた。

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