第299話注意をしたカラオケ店員に嫌がらせをする迷惑客に反抗してみた3
※前書き 過去キャラが出ます。
奏介父登場 第254話
上嶺登場 第209話~
カラオケからの帰り道、奏介のスマホに着信が入った。
「ん?」
画面をタップして耳に当てる。
「はい」
『おう、奏介か?』
「珍しいね、父さん」
奏介の父、菅谷洋輔だった。現在アメリカに単身赴任中である。
『ああ、今週末、日本に帰ろうと思ってな』
「え、急だね。休みが取れたの?」
『いや実は会社をクビになりそうなんだ』
「ああ、そうなん……は? なんで」
奏介は少し焦る。前にとある社長令嬢の恨みを買った時に、父である洋輔を巻き込みそうになったことがあるのだ。
『ははは、いやぁそれが、社長が言うには上から圧力がかかったらしくてなぁ。社長的にはおれに辞めてほしくないからなんとかして欲しいって頼まれたんだ』
「いや、なんでクビになろうとしてる人に頼むの」
そう問いながらも、洋輔の人脈や問題解決能力は分かっている。
『まぁまぁ、社長に頼られるのは悪い気はしないからな』
「……なるほど」
『あー、それで実はな、その圧力をかけてる輩は日本の政治家に関係してるらしいんだ。心当たりないか?』
頭の中に、すーっと浮かんできたのは元同級生の顔だ。上嶺有孔、国会議員、政治家の息子。以前一悶着あったわけだが。
「うーん……まぁ、あるよ」
『やっぱりな! だと思った!』
「いや、なんかごめん。本当に俺のせいかも」
奏介がそう言うと、
『姫と奏介の巻き込まれ体質はおれの遺伝だからな、気にしなくて良いぞ。直接、乗り込みに行って話をつければ良いだけだ』
洋輔は明るく言う。このノリで本気で家や会社に押しかけて行きそうである。
『帰ったら色々聞かせてくれ。それじゃ、またな』
「うん。気をつけて」
通話を切った。
「上嶺ねぇ」
奏介は鋭い視線をスマホに送った。
「何か企んでるのか」
そんな予感がした。
〇
数日後。
「やっと出てきましたね、上嶺祐誠議員」
突然通行人に声をかけられ、とっさにボディガードが前に出る。
声をかけていたのは中年の男だった。
「ん?」
見ない顔だ。
ノーネクタイワイシャツにスーツ姿。ポケットに手を突っ込んで、笑みを浮かべている。
「先生、お知り合いですか」
ボディガードの若い男が聞いてくるが、
「いや。知らない顔だ」
そう言った。この仕事をしていれば、相手が知っていてこちらが知らないというのはよくあることだ。
「失礼。私はこういうものです。すが」
「申し訳ないが、アポイントを取ってからにしてもらえませんか。こちらも忙しくてね。待たせている人がいるので、これで失礼」
名刺を出そうとする男、祐誠が自己紹介を遮った。
「アポイント? ほう? なら、手短に、単刀直入に聞きましょうか。とある会社の社長に菅谷洋輔というエンジニアを解雇せよと命令しましたよね?」
「……」
「その理由を聞かせてもらいましょうか。この私、菅谷洋輔を何故クビにしたいのか。非常に興味がありますからね」
「なんのことだね? 言いがかりは」
「そういえば、昨日、桃糠ホテルのパーティ会場に女性を呼んで数十人の政治家と楽しそうにパーティをしていましたよね?」
洋輔は人差し指と中指で何やら写真を挟んでいた。
「なっ……」
「なぁに、脅しに来たんじゃないんですよ。顔も知らない相手を解雇させるよう圧力をかける……余程の理由があるのだろうと思います。是非お聞かせ願いたいと思いましてね。上嶺大先生?」
〇
洋輔はとあるオフィスビルの一室に移動していた。上嶺議員が所有するビルらしい。
「失礼、待たせましたな」
上嶺が入室し、ガラスのローテーブルを挟んで中年男同士で向かい合う。
「それで? わざわざ時間を作らせて、何を話そうと?」
「言ったでしょう。あの会社からこの私をクビにする理由ですよ。まさか、お宅の息子さんがうちの息子とやり合って、負けて駄々をこねたから、嫌がらせをしたとか言いませんよねぇ? そんなクソガキみたいな理由で、それなりに実績がある人材を、なんの条件もなしにクビにするだなんて」
上嶺議員はビクッと肩を揺らした。
洋輔は両手を組む。
「ねえ、上嶺先生。立場と権力を利用して遊ぶのも良いですけど、人手不足の今、そういう子供みたいなことは止めましょうよ。我々の会社のことを何一つ知らないあなたが、関わっている会社に圧力をかけて一社員をクビにする。メリットがあるんでしょうかね? まあ、私をクビにするくらいですから、さぞかしあなたはエンジニアの仕事を完璧にこなせるんしょうなぁ?」
上嶺議員がふっと笑い、手を組んだ。
「……ぺらぺらと喋るのは良いですが、何か勘違いをしているのではないですかな? 私はそのようなことはしておりません。失礼ですが、あなたがクビになるのはそれだけ無能な社員という証拠では?」
さらににやりと笑う上嶺議員。
「はっ、はっ、はっ。偉い先生は煽りもお上手ですね。バニーガールの格好をした女性を半裸にして喜んでいる姿とのギャップがなんとも」
懐から出した写真はまさに、洋輔が口にしたまんまの光景が映されていた。
「っ! やっぱり脅したいか! 貴様、一体いくらほしいんだ?」
洋輔は肩をすくめた。
「まあ、まあ。まずはそこに膝ついて土下座しましょうか」
「は……何故そんなことしなければならないんだ?」
「この写真はバラまかれたいんですか?」
「ぐっ……ひ、卑怯者めっ」
「国民の金を使って遊んでるあなたが悪いでしょ。休みの日に自腹で行けば良かったのに。国民はバニーガールの半裸のために金払ってるわけないでしょうよ。真剣な顔で経費で落とすための手続きをしていたかと思うと笑えてきますね」
「くぐ、この」
とんでもなく悔しそうである。
洋輔は肩をすくめた。
「そんな屈辱に耐えられないというなら、私をクビにしろという命令を今ここで撤回していただきましょうかね?」
「前置きは良い、いくらほしい?」
「いやいや、だから、私は今の仕事を続けたいのですよ。あなたみたいにバニーガールには興味ないですからね。私は今の仕事に誇りを持っていますから」
睨みつけてくる上嶺議員、その時、洋輔のスマホが鳴った。
「失礼」
洋輔は画面をタップして耳に当てた。
「はい、菅谷です」
『菅谷クン! 事務の人間から連絡があって。君に……』
相手は洋輔の、会社の日本人の上司だった。
『横領の疑いがかかっている』
「横領? 私がですか?」
『しょ、証拠もそろっていて。とにかく、戻って来てくれないか。これから調査委員会が立ち上げられて、君に聞き取りも行われる』
「了解しました。明日の夜には戻ります。その前にもう一度お電話しますので、出られるようにしていてもらえますか?」
『あ、ああ。……いや、というか、本当のところはどうなんだ? 本当に』
上司は心配げに小声で聞いて来る。
洋輔はふっと笑う。
「そんなことするわけないじゃないですか。まあ、とにかく調査委員会にそう伝えて下さい」
見ると、上嶺議員は複雑そうな顔をしていた。
洋輔は無言で通話を切った後、何やら操作をして、
「はい、ではお疲れ様でした」
洋輔はスマホを胸ポケットにしまって、歩き出す。
「……は、ははは。なんですかな? さっきまでの勢いはどうしました?」
洋輔は上嶺議員の横を通り過ぎ、部屋のドアのノブに手をかけて、振り返る。
「勢いですか? それはそれとして、うちの会社の事務にあなたのお仲間がいますよね?」
「な、なんの話かね」
「証拠も揃っているとか。はて、誰でしょう? やはり日本人かな? 事務の人間なら、浅沼、畑、伊藤、六ツ野、野庭」
上嶺議員はびくっと肩を揺らした。
「ほう。分かりやすくて助かりますよ。新人の野庭君は私を良く思っていなかったのかな?」
「ほ、本当に、よく喋る人ですな。しかし、これは脅迫ですよ。いわれのない写真を盾に脅かして」
「あ、そうだ。交渉の余地がなくなったので、新聞社と週刊誌とテレビ局にバニーガールとの記念写真は送っておきましたよ」
「……え」
洋輔はすっと目を細める。
「横領の罪を着せる、中々良いやり方ですね。ですが、もはやアウトですよ。残念でした」
後日のニュース。
『一か月前、桃糠町にあるホテルで、行われた食事会を主催したのは岡晴文議員。参加者は上嶺議員など数十名に上るということです。パーティ中にウエイターの女性が過剰な接待をし、脱衣するなどの一幕もあったとのことで、調査を進めています』
●
ニュース報道数日前。
「へ~。なんか冴えない陰キャって感じなのにメチャ危険人物なんですねー」
「ああ、気に入らない人間には容赦はしないからな。僕も目をつけられてる」
野庭は顎に手を当てて、うーんと唸った。
「なんていうか、ただの嫌がらせに警察呼んでイキるって相当間抜けじゃないですか? やってること、ママに告げ口して怒ってもらおうって言う発想でしょう?」
「と、とにかく、お前の方はちゃんとやってるのか?」
あんじゅはメロンソーダの入ったコップのストローをくわえた。
「やってますよ~。うちのお祖父ちゃん、有孔君のパパには頭が上がりませんからね」
倒産寸前だった野庭の祖父の会社は、上嶺議員の手回しによって救われたことがある。その時に知り合ったのが上嶺議員の息子である有孔だ。
「ちなみに、今は副社長のパパが海外出張してるところです」
「なんでもいい、とにかく上手くやれよ!」
上嶺はそう吐き捨てて、席を立つと、そのまま外へ出て行った。
「上手くやれって言われても~。まあ下里君達に菅谷とかいう奴の報告だけしときますかね」
さすがに下里も警察から解放されているだろうとの予想だ。
と、テーブルの上に少し強めに、手が置かれた。
「!」
見上げると、奏介が鋭い視線でこちらを見ていた。
「下里、傷害罪になるから、遊びの連絡は出来ないと思うぞ」
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