第298話注意をしたカラオケ店員に嫌がらせをする迷惑客に反抗してみた2

 下里は奏介にかけられた言葉に、ぽかんとした後、

「はぁ? なーに言ってんだよ、ガキ」

「だから、自分が排泄した尿をお酒に混ぜてこの店員さんにぶっかけたんでしょ? ドン引きです。警察呼びますよって言ってるんですよ。聞こえてないんですか?」

 奏介は心底呆れた、という顔で耳を指差す。

 ようやく言葉の意味に気づいたのか、下里は顔を赤くしていく。

「……え、排泄……尿?」

 震え出したのは古長である。

 実際はそうではないが、今はフォローするわけにいかない。

「てんめぇ! 言いがかりつけてんじゃねぇよ! 失礼なやつだな! んなことしてるわけねぇだろ」

「この臭いと後、色。絶対そうでしょ」

「色はビールだからだろ!」

「ああ、分からないようにビールに混ぜたってことですよね。いやぁ、気持ち悪いです。この臭いは言い逃れ出来ないでしょう」

 奏介は周辺を見回した。

「この人、排泄物を酒に混ぜて廊下にぶちまけたみたいです。誰か通報してもらえませんか」

「してねぇって言ってんだろ!?」

「調べてもらえばわかることです」

「ああ、そうだな、だったら、入ってなかったら土下座で謝ってもらうからな」

「いや、入ってなかったとしても、ビールを床にぶちまけてるんですから、あなたが土下座でお店に謝らないとでしょ。何、被害者ぶってんですかね?」

 周囲から声が聞こえ始めた。


「入ってなかったらって、何様のつもりなのよ」

「いや、警察に調べてもらって入ってなかったら土下座って」

「頭悪すぎでしょ」

「ありゃ絶対入れてるわ」


 下里は激昂した。

「うるせぇ! 言いがかりだろ!」

「はいはい、バレて恥ずかしくなっちゃったんですよね? まぁでも、羞恥心は持ったほうが良いですよ。カラオケ店のお部屋でそういうことしちゃダメだって、お兄さんくらいの年齢なら分かりますよね?」

 奏介が首を傾げる。

 下里がピクリと眉を動かす。

「赤ちゃんや、認知機能が低下する病気で粗相をしてしまう方はいますけど、お兄さんはそうじゃないですもんね。だったら、次からおトイレに行ってちゃんとお水に流しましょうね。お酒のジョッキにしちゃって、喜んでちゃ、立派な大人にはなれませんよ。後、それを人にぶっかけるのもダメです。ちなみにこれに関しては、水でもビールでもダメですからね? 俺が言ってること、分かりますよね?」

 問答無用で、拳が飛んできた。しかし、

「あぐっ」

 殴られたのは間に入った古長だった。

「! こ、古長先輩」

 奏介は少し慌てて、尻もちをついた古長の背中を支える。

「す、菅谷君、無茶なことは」

 かばってくれたらしい。少し申し訳ない。

「いい加減にしろよ? クソガキ。……殺すぞ」

 奏介はふっと笑って古長の前に仁王立ちした。

「小便漏らしてるクソ野郎がイキってんじゃねぇよ。オムツでもしとけば?   下里クン」

「!!」

 周りで小さな笑いが起きた。それが事実かは分からないが、この場での下里の評価は、完全にお漏らし男である。

 我を忘れたのか、鬼の形相でもう一度振り上げた拳が奏介に振り下ろされるが、

「やめろっ」

 後ろから押さえたのは制服警官だった。

 どうやら通報してくれた人がいたようだ。店長らしき中年男性も駆けつけて、古長のそばにしゃがむ。

「大丈夫かい? 救急車は」

「へ、平気です」

 そんな会話をしているのを聞きながら、奏介は暴れる下里と呆然とする仲間達を押さえる3人の警官を見守る。

「君ら、大丈夫か?」

 無線連絡を終えた1人の警官に声をかけられたので、奏介は頷く。

「はい。でも、店員さんが殴られたんです。その前にわざとビールを吹っかけて廊下を汚して」

「ああ、酷い有り様だね。今、パトカーの応援を呼んだから」

「ありがとうございます」

 奏介は薬局で購入したアンモニア水の容器を、ポケットからカバンの奥に突っ込んだ。

(何か聞かれたら、ニオイは俺の勘違いだったってことにしよ)

 ビールをかけられた店員をかばって文句を言ったら、その店員が殴られた、つまり、立派な傷害罪である。

 凄まじい形相で睨まれたので、無視した。警察官によって押さえられているし、万が一にでも振り払って向かってきたら罪状が増えるだけである。

(さて、後は)

 カラオケ店の厨房出入り口からこちらを見ている、ポニーテールの女性店員をちらりと見る。

(あれをどうするか)

 4人で、店の外へ移動。野次馬が集まり始めていた。

「どうしたの、菅谷」

 暴れる下里に怯えるわかばが問うてくる。

「ん? ああいや。ちょっとな」

「えーと、大事になりましたけど、これは解決……なんですかね?」

 東坂委員長が少し困ったように言う。

 田野井が腕を組んだ。

「このくらい大事にしないと、あいつらの執着はなくならないってことでしょう」

 奏介は頷いた。

「警察巻き込まないと、ダメなレベルでしたからね。これで店側も出禁に出来ますよ。傷害事件起こした男、ですからね」

「はぁ〜。犯罪を誘発させるやり方はいつ見てもメンタル削られるわね」

「良い子にしてるだけじゃ、解決出来ないこともあるんだ。お前、わからないわけじゃないだろ」

 わかばは肩を落とした。

「うう、そうだけど。はぁ、あんたらしいお言葉ね」



 休憩所兼更衣室。

 カラオケ店で働く野庭は、スマホを耳に当てていた。

「……あ、もしもし有孔君? 君が言ってた奴、ほんとに来ましたよ。桃華の生徒に手を出すと〜ってああいうことなんですね」

 野庭は電話の向こうの相手に、クスクスと笑いかけた。 

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