第297話注意をしたカラオケ店員に嫌がらせをする迷惑客に反抗してみた1

 とある放課後。

 マイクを握ったわかばは、落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回した。

 駅近くのカラオケ店の一室である。ここにいるメンバーはわかば、東坂委員長、田野井、そして奏介の4人。つまり、風紀委員会のメンバーである。

「ねぇ、良かったの? 前みたいにバイトとして潜入した方が」

「いや、古長こちょう先輩の話を聞く限り、バイトとして入るのは危ないと思う」

 田野井が腕を組む。

「相談を受けた時も言っていたが、どういうことだ?」

「店側に個人情報が流れるから、ですか? 相手はお客さんですけど」

 東坂委員長も不思議そうに首を傾げる。



 風紀委員会相談窓口、今回の相談は、2年生の古長琉斗(こちょうりゅうと)だった。

 彼はバイト先であるカラオケ店で、特定の客から嫌がらせを受けている。バイト先のトラブルということもあり、相談する予定はなかったらしいのだが先日、学校の正門近くで待ち伏せをされたらしい。半ば脅しをかけられ、どうして良いか分からず相談をしてきたそうだ。

 教師や警察へ直接相談することも勧めたが、「大人に言いつけたら、ボコる」というようなことを言われたらしい。報復が怖い、と怯えていた姿は印象的だった。


 と、わかばが入れた曲のイントロが

始まったところで、ドアが開いた。

「失礼いたします、お客様」

 入ってきたのは、気弱そうな少年だ。エプロンをして、ポテトとたこ焼きが乗ったトレーを両手で持っている。

「あ、お疲れ様です」

 少年、もとい古長先輩は疲れたように笑い、テーブルにトレーを置いた。と、その時。再びドアが開く。

「失礼しますー。古長君、ケチャップ忘れてますよ」

 入ってきたのは恐らく大学生の女性店員だ。

野庭のばさん……ありがとうございます」

 彼女はにっこりと笑って、

「失礼したしました」

 会釈をしてすぐに出て行った。

 ふうっと息を吐き出す古長先輩。

「疲れているようだが。もういっそ、バイトは辞めれば良いのではないか。慣れている場所だとしても、切れるなら悪い縁は切るべきだぞ」

 田野井の言葉に東坂委員長も頷く。

「嫌がらせをされ続けてまでしなくても良いと思いますよ。学校生活に支障が出ているのは問題です。他のバイトを探すなら風紀委員会でお手伝いします」

「古長先輩、菅谷は顔広いから、バイト先のことは相談しても良いと思いますよ。でしょ?」

 わかばに話を振られ、奏介は頷くが、

「俺も皆と同意見なんですけど……やっぱり、辞めたら報復されそうな雰囲気なんですかね?」

 古長先輩は力なく頷く。

「学校までバレてるし、家に来られたりしたらどうしようかと思ってさ。あつら、めちゃくちゃしつこくって。なんでこんな……」

 嫌がらせのきっかけとしては、アルコール持ち込み禁止のカラオケ店内において、大量に持ち込んで飲酒をしていたので、注意をしたとのことだ。つまりは逆恨みだ。

「ああぁっ、あの時注意なんてするんじゃなかった」

 がしがしと頭を掻く古長先輩。

 相当追い詰められてるののだろう。

「えっと、確かフードメニューを持っていくと、水やアルコールをかけられるんでしたっけ?」

「ああ、そのせいで注文品を落として謝罪させられるはめになったこともあったよ。店長も困って、僕のシフトをいじったりしてくれたんだけど、なんでか嗅ぎつけてくるんだ」

 シフト表などの情報が漏れていることは間違いないだろう。そこまでして嫌がらせをするというのも、かなりの暇人だが。

「分かりました。とりあえず、例の奴らそのうち来るんですよね? フードメニュー持ってく時にメールで教えて下さい」

「ああ」

 トボトボと、彼は仕事へ戻って行った。

「もしかして、他の店員さんの中にシフト表をその人達に見せている人がいる、と?」

 さすが東坂委員長である。

「はい。なので油断出来ませんね。自分のバイト先に嫌がらせしてくるような奴らに協力してる時点で頭おかしいですから。自分の働いてる職場潰して何になるのかまったくわかりません」

 わかばが顔を引きつらせる。

「た、確かに。何考えてるのかしら」

「うむ。頭がおかしいという表現がぴったりだな。理解不能だ」

「とりあえず、情報漏らしクズ野郎は置いといて、迷惑客を黙らせましょう。いつも通り俺が行くので合わせて下さい」

 4人は頷き合った。

 迷惑客が来るまで普通に時間を潰すことに。

「橋間は歌いたいものがあったのだろう?」

 田野井に言われて、わかばはマイクを握った。

「い、良いですか? カラオケとか久々で」

「ふふ。橋間さんは何を歌うんですか?」

「あ、俺ちょっと薬局行って来て良いですか? そばにありましたよね、すぐ戻ります」

 3人は不思議そうにしていたが、至急買い揃えたいものが出来た。

 

 1時間後。

 古長琉斗は注文の入っていたフライドポテトをトレーに載せ、部屋番号012のドアの前に立った。

「……」

 一瞬躊躇ってから、

「失礼します。フードお持ちし」


 ばしゃんっ。


 そんな音がして、気づけば全身ずぶ濡れになっていた。

 目を閉じた瞬間にポテトを落としてしまい、足元に散乱している。

(……やっぱり)

 部屋の中を見ると、先程提供されたビールジョッキを構えてにやにや笑っている男女合わせて3人の姿が。

「おいおい、ポテト落としてんじゃーん。せっかく頼んだのになんなんだよ、この間抜け店員は〜」

 大声に、受付カウンターやドリンクバーにいた客達が一斉にこちらを見る。

「申し訳、ございません」

「ああん? 声小さくね?」

 黒髪刈り上げでピアスをした若い男、会員証によれば名前は下里しもさとという。

「す、すみません」

「謝っても、このポテトもう食えないんですけどー?」

 女が言って、もう一人のロンゲ男が大笑いする。

 もう一度謝罪しようとしたところで、

「うわっ」 

 後ろで声がした。振り返ると、奏介が尻もちをついていた。

「ちょっ、大丈夫? 菅谷」

 わかばが慌てた様子で声をかけていた。

「あ、ああ」

 運良く床のビールに尻をつくことはなかったようだ。

「なんなんだ、この水」

 奏介が眉を寄せる。

「見ていなかったのか? そこの部屋の客がそこの店員に液体をかけてたろう」

「田野井さん、色々事情があるのですし、あまり口を出すのは」

 東坂委員長がたしなめるが、不快感は拭えないようだ。

 奏介はゆっくりと立ち上がった。

「橋間」

「何、どうしたのよ……ん?」

 わかばが怪訝そうにする。

「なんか、ちょっと変な匂いしない?」

「む? 確かに」

「これは……」

 わかば、田野井、東坂委員長がそれぞれ発言したところで、奏介は部屋の中の3人へ視線を向けた。

 ビールの床をびちゃびちゃ音を立てて歩いて、古長と下里の間に立った。

 奏介は呆れ顔。

「お兄さん、さすがに自分の排泄物をお酒に混ぜて人にかけるのはヤバくないですか? 暴行罪で警察に連絡しますよ」

 廊下に漂っているのは、微量のアンモニア臭だった。



※注意※

奏介の作戦なのでニオイだけです。ご安心下さい!!

また、実際は排泄から時間が経ち、分解されることでアンモニア臭が強くなるそうですので、現実とは違う描写になっております。

 





 

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