第296話自分での行為を迫る女子達に反抗してみた5

 大岡朝彦は、イライラしていた。職場のデスクでPCのキーボードを叩きながらも周りのヒソヒソ話が聞こえてくる。


「噂本当なの? 大岡さんの娘が」

「あのニュースだろ? マジらしいよ。酷いいじめやって訴えられたって」

「いじめの内容、ネット記事で見たけど、本当に酷かった」

「裸にして写真撮ったってやつな」


 部下達の声が聞こえてきたところで、朝彦はバンっと机を叩いて立ち上がった。

「明日までの企画書は出来たのか? 雑談してる暇があったら早くやれ」

「は、はい、すみません」

 彼らは慌てたように、仕事へ戻っていく。それでも、職場全体の雰囲気は、朝彦に対して攻撃的だ。

「あー、大岡君。ちょっと良いかな」

「部長……」

 肩を叩かれ、別部屋へ連れて行かれる。

 会議室だった。向かい合って、座る。

「なんでしょうか、部長」

「あーまぁ、世間を騒がせているニュースに君が関わっているというのは本当なのかと思ってね。会社全体が落ち着きがないというか、昨日は取引先の方にも聞かれてしまったんだ」

(なんなんだ、一体)

 未成年である娘のあさひの名前はテレビやニュースには出ていないのに、何故か皆知っている。

 その父親と特定されて情報をばら撒かれているのだろう、ここ数日は腫れ物に触るような扱いだ。

「……プライベートなことです。それに、仕事には関係ないでしょう」

「言ったろう、取引先の方も知っておられるんだ。信用問題だと言っているんだ。まぁ、そうだな。よく考えると良い。君も疲れているだろうから、いつでも相談に乗るよ。その時は来てくれ。早めに、ね」

 部長はすっと目を細め出て行った。

 暗に、辞めてくれと言われたのだと分かった。

(なんっで! 子どもの遊びに本気になってここまでするか!? バカ親じゃねえか! モンスターペアレンツが)

 子供の世界に大人が入り込んで、大人の力で嫌がらせをしてくる。最低最悪だ。

 朝彦は拳を握り締め、歯をギリリと噛み締めた。


○○


 大岡あさひは私服に着替えて部屋を出た。

 うつむき加減で玄関へ向かう。

すると、気づいた母親、大岡シオリがキッチンから出てきた。買い物帰りのようだ。ご近所さんに会わないように、少し遅い時間に買い物へ行っているらしい。よく見ると、シオリの目に隈が出来ている。

「あさひ。ようやく出てきた。いい加減、蒲島さんに謝りに行くわよ。もう何もかも遅いけど、謝罪しないと」

「うるさい、ババァ!」

 あさひは持っていたカバンを投げつけた。

「ちょっ」

 もろに母親に当たったが、いい気味だと思った。

「何考えてるの! 人に物を投げるなんて」

「うるさいんだよ!! あいつの味方するくせに母親面するな」

 しかし、シオリはむっとした様子で。

「私はいつでもあさひの味方のつもりよ。でもだからって、他人を傷つけたあなたに味方出来ないでしょう。母親面って当たり前でしょ。あなたの母親なんだから。これでも責任を取らないと行けない立場なの。後、誰かに当たりたいのはママの方なんだけど? 誰のせいで、弁護士さんとお話する機会ができているのかしら。もう少し頭を冷やしなさい」

 冷静過ぎる返しに、ぶるぶると拳を震わせるあさひ。と、玄関のドアが開いた。

「パパ……。お帰りなさい。早いわね」

 声をかけるシオリ。朝彦は廊下にいたあさひに詰め寄った。

「あさひっ! お前はなんてことをしたんだ! お前のせいで仕事をクビになったんだぞ」

「っ! そんなのわたしのせいじゃないじゃない!」

 と、朝彦があさひの頬をビンタした。

「ぐっ!?」

 尻もちをつくあさひ。

「ニュース沙汰にしといてなんだ、その態度は」

「ちょっと、パパ」

 あさひを庇うように立つはシオリ。

「何を考えてるのよ。いきなり暴力を奮うなんて」

「こうでもしないと分からないだろ!! こいつのやったことを忘れたのか!」

「最初は庇ってたじゃない。あの時、3人で蒲島さんの家に行っていれば少し違っていたかもしれないでしょう。もう全部遅いし、これからのことを考えるなら蒲島さんに」

 と、あさひが玄関へ歩き出した。

「そんなに行ってほしいなら、行って来てやるから」

「! 待ちなさい。ママも行くわ。あなた、何を考えてるの?」

「もう帰ってくるな、お前なんかうちの子供じゃない!!」

「パパは黙って、家にいて。待ちなさい、あさひ」

 飛び出したあさひを追ってシオリも外へ。

 と、門の前に誰かが立っていた。

「あ、手間が省けた」

 少し間の抜けた声でそう呟いたのは、

「おま……お前ぇ!!」

 あの時、かごめを助けに割って入ってきた女子生徒だったのだ。つまり奏介(女装バージョン)である。

 あさひは掴みかかった。

「お前のせいで、お前が何かしたんだろ! このクソ女! しね!!」

「何にキレてるのか知らないけど、自業自得でしょ? 何度言わせるの? 女の子のパンツ脱がせて喜んでる変態なんだから、訴えられても文句言えないでしょ」

「っ!!」

 あさひがグーで殴ろうとしたところで、母親が止める。

「やめなさい。あなたは何を考えてるの。……って、あら?」

「さっきはどうも」

 奏介は会釈をした。

「あさひの知り合い……?」

「はい」

 シオリは眉を寄せた。この格好の奏介とはつい先程スーパーで会っていたのだ。

「修羅場っぽかったのでちょっと釘をさしに」

 奏介は、呆然とするあさひに冷たい視線を送る。

「もう、蒲島さんを脅したり、いじめたり出来ないことを自覚したら? 調子に乗ってるから締めてやる、とか思ってる? それ、無理だからね? あなたは、保護者であり、社会人であり、ちゃんとした大人の、蒲島さんのお父さんとお母さんを怒らせてるんだから。あなたみたいな子供が大人に守られてる蒲島さんを締められるわけないじゃん。馬鹿じゃないの? もうここは学校じゃねぇんだっつーの」

「………っ!」

 あさひは、糸がキレたように座り込んだ。

「調子に乗ってんのはお前な。いつまで蒲島さんを下に見てんだよ、犯罪者が」

 そんな風に罵られる娘の様子に脱力するしかない。

 シオリは息を吐いた。どうしてこんな風に育ってしまったのか、と。すでに腹は括っているし、誠心誠意対応して行くつもりだが、当の本人に反省の色が見えないのが不安だ。

「すみません、お邪魔しました。わたしはこれで」

「え? ああ、ええ」

 シオリは疲れたように肩を落とした。

「あなたは悪くないですよ」

「え?」

 シオリは奏介の言葉にぽかんとする。

「いや、悪いのは反省しないこいつなんで。やって良いことと悪い事の分別がつかない年齢じゃないですし。責任がないわけではないですけど、全部親の責任かというとどうかと思いますね」

「……そう、かもしれないわね」

 何かを考え込むように黙るシオリ。

「それじゃ。あ、そうだ、スーパーのレジ袋、早めに捨てちゃって下さいね」

「え? どういう」

 母娘を置いて、奏介は帰って行った。





 奏介は大岡家からかなり離れたところにあるファミレスの前で車から降りた。

「はい、お疲れー」

「今日もありがとうございました。」

「こっちこそ。練習出来るし、楽しいから、全然良いよ」

 桃華学園非常勤講師である、大山華は親指を立てた。ご機嫌である。奏介の女装はすでに解いている。

「いじめっ子を罵りに行くくらいならいつでも協力しちゃう。駐車場で待ってるからお話終わったら来なさい。全員まとめて送ってあげる」

「え、でも」

「夜の8時半過ぎに、生徒を放置して帰れないでしょ?」

「わかりました」

 奏介は頷いて、ファミレスの中へ。近くの大きなソファ席にいつものメンバーが揃っていた。

「奏ちゃーん、こっち!」

 詩音が手を振っているので、小走りに歩み寄る。

「みんな、今日はありがとう」

「なんか、すっごい修羅場ってなかった?」

 わかばがストローをくわえながら、恐る恐る聞いてくる。

「ああ、父親が仕事をクビになりそうになってるって話だったから、荒れてたな」

 奏介が言うと、真崎がうーん、と唸った。

「まさに家庭崩壊だったよな。声だけで分かった」

「菅谷君……まだ見張るつもりなの?」

 モモが首を傾げながら聞いてくる。 蒲島かごめを助けてから2週間弱。法的措置含めて追い込んでいたが、反省している様子がないので定期的に監視を続けている状態だ。

「凝りなさそうだからな、いつまでやるかは分からないけど、とりあえず復讐心を抱くたびに叩き潰しに行く」

「菅谷は本当に……問題解決のプロだね」

 水果は苦笑い。

「やっぱり父親、クビになりかけてたかぁ〜」

 PCの前に座っているヒナがぼやくように言う。

「ああ、凄いな、僧院の情報網は」

「ボクんちの取引先の会社の一つで、噂は結構広まってたから、分かったんだ。今回はたまたまだよ!」

「ところで」

 ヒナは片目を閉じて見せる。

「菅谷君が大岡ママさんのレジ袋につけた盗聴器はまだ生きてるけど、通信は切っておいた。ママさんはちゃんとした人っぽいのにね」

「ああ」

 そこだけが不憫だ。

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