第291話私人逮捕系動画投稿者に反抗してみた5
和谷はその女子高生に眉を寄せた。知らない顔だし、奏介が呼んだ「ノノコ」という名前にも覚えがない。
しかし、ワイタニというハンドルネームを知っているということは視聴者だろう。そして、表情には敵意が滲んでいる。
(アンチか)
コメント欄にそれなりに沸く厄介な人種である。
彼女はゆっくりと歩いてきて、奏介の隣に並んだ。
和谷の訝しげな表情に、奏介は呆れ顔で、
「ハンドルネーム聞き覚えないのか? コメント欄で目立ってたぞ、ノノコさんのコメ」
「アンチコメントなんて、いちいち読んでるわけないだろ」
ノノコは彼を睨みつけた。
「アンチコメントってどういう意味ですか? 読んでないなら、読み上げてあげますよ」
彼女はすっと息を吸って、
『一ヶ月前に大学生の兄を盗撮犯として警察に引き渡されたけど、兄はそんなことしてないと今でも言っています。話も聞かず、大声で騒ぎ立てて警察を呼んで連れて行かれたと。一瞬だけど顔も映されたから、今は兄は外を歩けません。どう考えてもおかしいです』
コメントの内容を一気に早口で読み上げた。
和谷は目を瞬かせる。それから、息を吐いた。
「ああ、あのコメントか。高評価ボタンがかなり押されてたから何かと思ってたけど、冤罪とか言って叩くのはアンチの常套手段だな」
奏介は眉を寄せる。
「何聞いてんだよ、お前は。この子のお兄さんは奇跡的に、目撃情報とか防犯カメラの映像で、痴漢じゃなかったって分かったんだ。逃げた本物の痴漢野郎は捕まってないけど、無実だったって言ってんだよ」
「……ああ、思い出した。眼鏡で太ったオタクみたいな大学生だろ? 痴漢は走って逃げて行ったサラリーマンだ! とか叫んで必死に階段の方を指さしてたっけ。確かに、防犯カメラを確認すれば分かるとかほざいてたけど、周りは信じてなかったよ。それは何故か、そいつが痴漢しそうな顔だったからだ」
和谷は視聴者を前にしたからか、語りが妙に芝居がかったようになる。
先程まで追い詰めていたはずなのに。奏介は眉を寄せる。
「周りが信じる信じないの前に、痴漢してなかったっつってんだろ。無罪の人に痴漢のレッテル貼ったって自覚がないのか? さっき経験しただろ。適当な証拠で、盗撮魔にされかかってたくせに。ていうか、スカートの女性を3日間追いかけてたお前は普通に気持ち悪いよ」
和谷は奏介を見た。
「気持ち悪い、か。あのさ、思ってたんだけど、あんたも他人の事言えなくない? そんな容姿で恥ずかしくないわけ? ぶっちゃけ、歩いてるだけで不審者のレベルだろ」
奏介は眉をぴくりと動かした。
「はぁぁ? お前、なんなんだ? 恥ずかしいと思ったことねぇし、女子のミニスカとパンツ録画してた奴に死んでも言われたくねぇよ。大体、なんで今、俺の容姿のことをディスる必要があるんだよ。てめぇの行動は誰が見てもきめぇからな!? それに今はこの子の兄への冤罪の話だろうが、無駄にワケのわからねぇ煽りしやがって、真正面から喧嘩売ってんのか、てめぇ」「ぐ……い、イキリオタクが」
奏介の形相に一歩後退する和谷である。
「あ、あの、菅谷さん落ち着いて下さい」
ノノコに言われ、奏介は深呼吸。
「ああ、すみません。つい」
と、ノノコが一歩前へ出た。和谷を見る。
「うちのお兄ちゃん、完全に疑いは晴れたのに、未だに犯罪者扱いされています。あの日にあなたが騒ぎ立てたことと、動画のせいです。あなたは、動画内でわざと、一瞬だけ、私人逮捕した人の顔のモザイクを取ったりしますよね? スロー再生すれば見える程度だから、毎回コメント欄で盛り上がってます。それで身元が特定されて、痴漢扱いです。大学も休学してます。……あなたの適当な素人捜査のせいで、兄の人生が目茶苦茶です。せめて、あの動画を削除して、謝罪して下さい。でないと、兄の信用は回復しません」
和谷は肩をすくめた。
「削除はしない。あの時はあの人が痴漢をしたように見えたし、周りや警察も疑っていなかったから。何より被害者女性が君の兄にされたと証言したからね」
奏介が和谷を睨む。
「だから、それ自体が間違いだったんだろ。ヤラセの上に冤罪肯定か? やっぱり動画のことしか考えてないんだな」
「少なくとも僕は、あの人が痴漢をしたと思ってるからな。ただ、監視カメラにいい具合に映ってて言い逃れ出来ただけ」
「はーい、言質取ったー」
横から乱入してきたのは小型のデジタルカメラを構えたヒナと、後ろに隠れるようにしているモモだった。
「……は?」
動きを止める和谷。
奏介は息を吐いた。
「まさかこんなに簡単にヤバい発言するとは思わなかったよ。無罪だって言ってんのに謝罪しないとか。ノノコさんのお兄さんの人生を犠牲にして、そんなに金稼ぎしたいのか?」
「っ! ま、待て! 卑怯だ。僕のチャンネルの登録者がどれだけいると思ってるんだ!」
と、和谷。
結局、チャンネルのイメージを壊したくないがために謝罪をしたくなかったのだろう。
「知らねぇよ。僧院、編集しなくて良いからネットにそのまま上げて」
奏介がヒナに合図を送る。
「オッケー。じゃあスマホに送ろうかなー」
「やめろ! そんなことしたら」
和谷は叫ぶ。どう考えても炎上だ。ヒーローとしての立ち位置が揺るぎかねない。
「この卑怯者!!!」
と、ヒナが唐突にカメラを床に落とした。ガシャッという音がしてカメラの電源が落ちる。
「嘘だよ」
ヒナの言葉にきょとんとする和谷。
「え」
ヒナはカメラを思いっきり踏みつけた。すっと目を細める。
「これ、ダミーのカメラだからね。ほら、自分がやられたら嫌なんじゃん。ダッサ」
モモは視線をそらした。
「分かってるのね、こういうことされたら炎上するって。それなのに、他の人にはしてるのよね」
和谷は床に座り込んだ。炎上という恐怖の反動に腰が抜けてしまった。
奏介は和谷の前にしゃがんだ。
「さっさと削除して謝罪文出せよ?」
奏介はスマホをタップした。
『削除はしない。あの時はあの人が痴漢をしたように見えたし、周りや警察も疑っていなかったから。何より被害者女性が君の兄にされたと証言したからね』
『だから、それ自体が間違いだったんだろ。ヤラセの上に冤罪肯定か? やっぱり動画のことしか考えてないんだな』
『少なくとも僕は、あの人が痴漢をしたと思ってるからな。ただ、監視カメラにいい具合に映ってて言い逃れ出来ただけ』
「俺はばっちり録音してやってるからさ。早くやれよ? 出ないとばらまくからな」
青ざめる和谷。座り込む彼を残して、奏介は歩き出した。
「さて皆、帰ろうか」
○
帰り道、奏介は礼を言ってきたノノコと分かれヒナ、モモと歩いていた。
「いやぁ、最低野郎過ぎ。動画のことで頭いっぱいって感じだったね」
ヒナが呆れながら肩をすくめる。
「まぁ、ああいう系の動画投稿者の中には何人かいるよね」
奏介も同調する。
「……ってモモ何見てるの?」
モモは奏介とヒナを見て、
「奏チャンネルの動画作ってみる」
どうやらモモは先程のやり取りをすべて録画していたらしい。
「編集したら、グループメッセージルームに貼るわ。菅谷君、本気で怒っててなんか良かったから」
「地雷踏み抜いてたもんね〜。マジギレだったし、てか、奏チャンネル……? モモが菅谷くんのチャンネル作るの!? ボクもやりたい!」
「いや、勝手にチャンネル名決めるのやめて……」
モモは控えめに笑う。
「大丈夫、ネットにあげたりしないし、本当に作るわけじゃないから。今は」
「今は!? 予定立てるのもやめて欲しいんだけど、須貝……」
「だって菅谷くん、カッコ良かったし! さすがボクの師匠」
ヒナは親指を立てた。
「……僧院、俺を乗り気にさせようとしないでもらえる?」
「あはは〜」
とある日。
テレビのニュース番組。
奏介は寝起きのあくびと共に首を傾げる。
『〜でした。冤罪を誘発したとして炎上している、ワイタニチャンネルの運営者に警察が事情を聞いているとのことです。無実であるにも関わらず、被害者を動画内で痴漢だと侮辱し、社会的地位を落としたとして名誉毀損に当たると』
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