第270話仲良くしていたのに裏切っていじめっ子側についた元同級生に反抗してみた1

〇前書き〇

過去キャラ多めです。

関連話数

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本編↓


4月のとある日。

小学6年生の阿佐美猛あさみたけしは憂鬱な気分で、学校へ向かっていた。ランドセルの両方の肩掛けベルトを持って、とぼとぼと。

(行きたくない、なあ)

勉強は好きな方で、先月まではそれなりに穏やかな学校生活だったが、新しいクラスになってから雲行きが怪しいのだ。

 昨日は自席で読んでいた本を突然取り上げられた。慌てた猛の様子がおかしいのか、リーダー格で委員長を務める男子とその取り巻き数人に笑われた。それだけのことだが、小学校2年生の夏、一度いじめの対象になった時に似ているのだ。ちょっとしたことがきっかけで、嫌がらせをされたり、苦手分野でからかわれたりする。すぐに夏休みに突入したことで状況にリセットがかかり、なくなったがあのまま休みに入らなければエスカレートしていただろう。

「あ」

 前を歩く後ろ姿に歩み寄る。

「おはよう」

 振り返ったのは隣のクラスの菅谷奏介だった。

「お、おはよ。阿佐美君」

 ほっとしたように挨拶を返してくれた。彼とは図書室で話したことがきっかけで仲良くなった。自ら言わないが、彼はクラスで孤立しているようなのだ。

(僕と似てるんだよね)

 同じ性質を持ちつつも、恐らくコミュニケーション力は猛の方が上だ。彼と仲良くしてあげることでちょっとした優越感を得られる。

「あのさ、今日一緒に帰らない? 待ってるからさ」

「え? ……いや、悪いから大丈夫」

 一瞬、表情が明るくなったが、何か嫌なことでも思い出したのか暗い顔をしてうつむいた。

「なら図書室にいるよ。授業終わったら来てよ」

「う、うん」

 半ば強引に約束を取り付けた。その時の少し嬉しそうな彼の顔……良いことをしているようで、やはり優越感。

 その日から、奏介との交流が始まったものの、予想通り猛への嫌がらせも少しずつ増えて行った。


 とある日の放課後。

猛は落書きをされてしまった自分の教科書を手に図書室へ向かっていた。

「はあ……」

 本格的にいじめが始まった予感がする。図書室へ入って奏介へ近づくと、彼の様子がいつもと違った。うつむいていて、体が震えてきる。顔を上げた彼の頬には涙の跡が。

(あ)

 彼の上履きがボロボロになっていた。切り刻まれたり、酷い言葉が書かれていたり、

「や、やあ、菅谷君。何か、あった?」

「……」

 猛は奏介の隣に座った。

「僕もさ、こういうことされちゃって」

机に落書き教科書を乱雑に置く。目を丸くする奏介に苦笑を浮かべる。

「お互い、大変だね」

「阿佐美君、大丈夫なの?」

「菅谷君こそ」

 今度はお互い苦笑。

「こういうことする奴らって、ほんと下らないよね」

「うん……」

 相当元気をなくしているらしい。

「もうすぐ中学生なのにレベルが幼稚園生じゃない? ガキだよねガキ」

 軽蔑を込めて吐き捨ててやる。

「あはは、幼稚園生」

 いじめられっ子とは思えない悪態に奏介も笑った。

「菅谷君もそう思わない?」

「うん、そうだね。下らないや」

 いじめられっ子同士の一体感は格別だった。



 その関係に変化が訪れたのはほんの数日後のことだった。いつものように、放課後に図書室へ向かっていた時のこと。

「どこ行くんだよ」

 ぎくりとして振り返った。

「お前、隣のクラスの菅谷と仲良いんだよな?」

 同じクラスの委員長、堅野かたのを含む男子グループだった。そして、奏介と同じクラスの石田とその取り巻き。大人数である。敵意のある視線を向けられて猛は息を飲み込んだ。

「え、なんのこと」

 放課後に図書室で会って、少し遅めに下校することが週に2、3回あるだけだ。何故知っているのか。

(ストーカーじゃん……)

「聞いたんだけど、菅谷の友達なんだ? あいつに友達いたなんて初耳でびっくりしてさ」

「オレ、4年の時同じクラスだったけど、ほぼほぼ友達いなかったぜ? キモイお友達はすぐ逃げたし」

「……」

 猛は盛大にため息を吐いた。

「友達なわけないよ。少し前に急に馴れ馴れしく声をかけて来て、一緒に帰ろうとかいうから仕方なく帰ってるだけで。鬱陶しいよ」

 そう言うと、石田と堅野は顔を見合わせ、にやりと笑う。

「うっわ、それ超うざいじゃん」

 と、堅野。

「もしかして、阿佐美君もやられた?」

 石田は包帯が巻かれている腕を見せてきた。

 話を聞くに、奏介が石田をカッターで切りつけたらしい。

「え、菅谷ってヤバイ奴……? 石田君だっけ、大丈夫なの?」

 心配するそぶりをする。

「ああ、傷はそこまで深くなかったから。でも、時々痛むんだ」

「そうなんだ、あいつ最悪だな」

 猛は眉を寄せた。上手く言えば、自分へのいじめを回避できるかもしれない。

「はっはは。阿佐美は友達じゃねーのかよ」

 堅野が笑いながら言う。

「だから、ないって。カッターで傷つけるようなやつと付き合うのはごめんだし。付き纏われてるんだから。でも、石田君に怪我させといてこのままってわけにいかないよな」

 猛は考える振りをする。残酷ないじめの方法をどうにか考え、提案すれば自分から意識をそらし、すべてのヘイトを奏介へ向けることができるだろう。

「あ、落とし穴作って、そこにぶち込んで反省するするまで放置とかどう?」

 少しの沈黙、すると石田と堅野は同じタイミングで笑い出した。

「それ、最高! いいじゃん」

「なんだよ、阿佐美。お前いい提案するじゃん」

 いじめっこ堅野と和解した瞬間だった。

「ちなみに、菅谷って放課後はずっと図書室にいるよ。逃げてんのかもね」

 放課後に絡まれるのを恐れて、図書室へ逃げ込んでいるのは知っていた。本人が言っていたのだ。



翌日、猛は放課後に奏介を連れ出した。

「あ、あのさ、なんでこんなところに。帰らないの?」

「見せたいものがあるんだよ」

何かを察知しているのか、びくびくと辺りを見回す奏介。ここは学校の裏庭である。ゴミ捨て場があるだけで、校舎の陰になっていて薄暗い。

「あ、そこ」

「え?」

 奏介の体がぐらりと揺れた。地面が柔らかくぐにゃりと歪んだように見えた。

「あぐっ」

 膝下まで掘られた落とし穴にがっつりとハマって、前のめりに転ぶ奏介。受け身を取れず、左頬から地面に倒れ込んでしまった。

「う、うう」

(思ってたけど、すぐ泣くなー)

 笑えるし、非常に女々しい。観察していると、

「おらぁっ」

「埋めちまえ!」

 猛の後ろから出て来た石田と堅野が地面を蹴って、砂をかけ始めた。

「この犯罪者! 逃げてんじゃねーよ」

「そのまま埋まって死ね」

 彼らの殺意が半端ない。猛は息を飲んだが、心底ほっとした。これでいじめを回避できる。

「いや、やめ、てよ」

 腕でガードしながら、うずくまる奏介。しばらくそうしていたが、砂まみれになって泣きじゃくる奏介に満足したのか、石田と堅野は、

「そのまま死ねよ」

「ここ、菅谷の墓でいいんじゃね?」

「それ、ありだわ」

 ぎゃははと笑い、帰って行く。

 見ると、奏介が涙目でこちらを見上げていた。

「あ、阿佐美、君」

「死ね」

「……!」

 彼の絶望顔は癖になりそうだ。

「おーい、行こうぜ、阿佐美ー」

「今行くよー」

 そう返事をしてから、

「もう関わってくんなよ。犯罪者。このクズ!」

 そう吐き捨てた。



 奏介はぼんやりと、空を見上げていた。

「今日、ぼーっとしてますね。調子悪いんですか?」

 隣を歩く長見慧が心配そうに声をかけてくる。

「え、もしかして菅谷君、映画つまらなかった?」

 一緒にいた根黒が目を丸くする。他校組の根黒一、長見慧と放課後に映画に行った帰りである。アニメ作品だったが、ほんの少し学校でのいじめ描写があり、昔のことを思い出していた。

「いや、結構好みだった。魔法でいじめっ子殴るところは良かったよ」

 奏介の感想に根黒が笑顔になる。

「あの爽快感が人気なんだよね!」

「無双系は定番だし、あんな力があったら良いって思いますね」

「ああ、羨ましいよ」

 奏介は目を細めた。あの時、阿佐美猛に裏切られた時に、攻撃魔法が使えたのなら、と。

 すると、二人が奏介を見ていた。

「え、何」

「いや、菅谷君は魔法なくてもコロセるよね?」

「そうですね。魔法よりボイスレコーダーって感じで」

「いや、魔法の代わりは動画撮影アプリだよ」

「なんの話してるんだ……」

 と、奏介は根黒の顔をまじまじと見る。

「! な、何かな?」

「顔を赤らめるなよ。いや、裏切りより逃げた奴の方がましだなって思ってさ」

「んん?」

 二人とはそこで別れた。

 一人で歩いていると、視線を感じた。駅前のバスロータリーである。

「……何してんだよ」

 ベンチの陰からこちらを見ていたのは檜森リリスだった。いつものように少しビクビクしている。

「や、そのぉ、お久しぶりです」

「ああ。なんだ、またどこかの恥知らずが俺に突っかかってこようとしてるのか?」

「うう、さすがですね。聞かれる前に情報提供しておこうと思いまして」

 リリスはもじもじしつつ、上目遣い。

「へえ」

「4年の時のクラスメートの堅野さん知っていますよね?」

「ああ、堅野&阿佐美コンビが俺に嫌がらせしようとしてるって?」

「ふえ? もう知ってるんですか?」

「なんとなく勘でね。堅野と阿佐美って仲良いしな」

 奏介へのいじめで仲深めた奴らである。忘れるはずがない。

「それにしても。へえ。なるほど」

 奏介は口元に笑みを浮かべた。

「本当に仕掛けてきたなら、対応しないとな」

 リリスは肩を落とした。

「毎回疑われると、寿命が縮むんですよ……」

「下らないことをしたから信用ないんだろ。まあ、今回も邪魔するなよ。情報はありがとう」

「あ、はい……。健闘を祈ります」



 数日後。

放課後、阿佐美は欠伸をしながら駅へ向かって歩いていた。先ほどまで堅野と会っていた。聞くところによると、レジェンド級のいじめられっ子菅谷奏介が4年生時クラスの同窓会でクラスメートに宣戦布告をしたとのこと。

「宣戦布告って、やば」

 親友である堅野の大袈裟な物言いに少し笑ってしまった。どう考えても記憶の中で泣いていた奏介と結びつかない。

(菅谷締めに行った奴が逮捕されたって言っても、そりゃ盛大にやるからだって。泣きわめくから騒ぎ聞かれてさ)

 肩をすくめる。

(あいつ、ちょっと脅せば従ってたじゃん)

 と、彼の姿を見つけた。

(お、いたいた。おお、変わってないー。)

 4年生クラスの情報通り、駅を利用しているらしい。特に水曜日はこの時間に駅にいることが多いらしい。

「手始めに、飯代でももらっとこうかな」

 堅野と仲良くなったことで、半分不良への道を歩むことになった。鍛えているし喧嘩も強くなった。いじめられることもなくなったので、あれからは快適な学校生活を送っている。

(まあ、親友がびびってるし、なんとかしてやらないと、な)

 小走りに近づいて、奏介の前に立った。

「よう」

「!」

 突然のことに奏介が目を瞬かせる。

「久しぶり。オレのこと分かる?」

 にやにや。

「阿佐美君、だっけ」

「おお、よかった。ちょっと付き合ってよ。菅谷クン?」

「その絡みもう飽きた。うざい、消えろ。クズ、雑魚、馴れ馴れしい。近づくな」

 奏介はそう言って阿佐美の横をすり抜けて行った。

 即放たれた鋭い言葉に対応できずに立ち尽くす。

「え……」

 あまりのことに、頭が混乱した。想像した彼の怯えた表情を見ることはなかった。

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