第241話 番外編第125話 学童保育に口を出す保護者after
公園のベンチに座っていた戸田崎矢は同じ年頃の少年達に囲まれていた。学童に行かない日は塾の日なのだが、今日は急遽講師が休みになったので時間が空いてしまったのだ。本当ならすぐに帰宅しなくてはならないのだが、普段から父に行動を制限されているせいで、少しだけ反抗心が芽生えた。塾が終わる予定の時間まで好きなことをしよう、と。
「へぇ、桃華小なんだ。知らない顔だと思った」
「えっと、保育園から桃華だから」
崎矢がおずおずと答える。
「オレら、桃田小!」
「あ、近いんだ」
公立の小学校である。私立に行かなければ、崎矢も通うはずだった小学校だ。
「ところでさ、それ」
少年達はうずうずした様子で崎矢の鞄を指で指す。開けっ放しの鞄から携帯ゲーム機のs○itchが少し出ていた。
「さっきやってたの、ポケ○ン?」
「うん。そうだけど」
「図鑑見せてよ。なんか交換しね?」
「探してるの、いるんだけど見つからないんだ。湖に出るでかい奴捕まえた?」
どうやらゲームの話をしたかったようだ。
「ちょっと待って。図鑑見るから」
彼らもそれぞれ鞄からs○itchを取り出し、操作を始める。
学校、学童共にゲーム禁止なので放課後に同級生と遊ぶことなどほとんどない。外で通信対戦や交換は新鮮だ。
「すっげー、図鑑埋まってるじゃん」
「もしかしてポケ○ンマスターってやつ?」
「こっそり夜更かししてやったりしてたから」
普段なら絶対出来ない遊びだ。
(う……なんか楽しい)
他校なので崎矢の病気のこともしらないため、純粋に遊びに誘ってくれているのが嬉しかった。
しかし、
「崎矢! 何をしてるんだ」
「あ……」
父親が険しい表情で歩み寄ってきた。
「塾が休みになったんならすぐに帰ってこい。探しただろ」
「ご、ごめんなさい」
恐らく、保護者にメールが行ったのだろう。
「帰るぞ」
少年達は驚いた様子で目を瞬かせている。
「ちょ、ちょっと待って」
途中になっていた通信交換をどうにか終わらせる。
「こ、これで良いかな?」
「おー……サンキュな」
「助かったわ」
少年達は戸惑いながらもs○itchの電源を切る。
「ほら、行くぞ」
「じゃ、じゃあね。今日はありがとう」
ほんの一時だが妙に楽しかった。最後に彼らは手を振ってくれた。
「おい、またやろうぜ」
「じゃあなー」
手を引かれながら、それを返すのに精一杯。崎矢父はため息を吐いた。
「なんで、すぐに帰ってこなかったんだ」
「ご、ごめんなさい。つ、疲れちゃって休んでたんだ」
「! まさか発作か?」
「ち、違うよ」
「発作が起きなければ、学童で遊べるんだからな? 起こるようなことはするなよ? 診断書をもらうまでは」
「……」
基本的に休日に遊んでくれたり、ゲームを買ってくれる父親が、崎矢は好きだった。しかし、学校や放課後預けられる学童保育で運動をしないように言われてから、ピリピリしているような気がする。
学校の体育に関しては仕方ないが、学童保育で外で遊ぶ時にも止められるようになってからは崎矢も不満を募らせ、父に告げ口をしていた。そのせいで、崎矢達親子と学童保育側との溝が深まってしまった。最近は腫れ物扱いだ。
しかし、先日のこと、学童保育に来ていた高校生に凄まじい反論をされたことで、崎矢は少しだけ考えを変えていた。
(あの高校生が言ってたように、せんせーに聞きたいんだけどな)
どういう病気なのか、崎矢自身が把握した方が良い。と言われてから、機会を伺っているところだ。
翌日。学童保育にて。
教室から向かうと、櫛野の姿を見かけた。今日は高校生ボランティアが入っているようだ。
「あ、あの」
先生達と話している櫛野に思い切って声をかける。
「? ああ、戸田君。こんにちは」
「……この前の、人ってもう来ないの?」
「この前の?」
「お、お父さんと喧嘩してた」
すると櫛野は苦笑を浮かべた。
「あぁ、菅谷君かな? そうだね。あの日だけの助っ人だから。なんか用事があった?」
「ううん。なんでもない」
名前も知らないし、もうここには来ない。だからと言って会いに行くほどではない。
櫛野との会話で諦めることにした、のだが
○
その数日後。
学童保育へ行くと、先日の高校生がいた。どうやら待っていたらしく、すぐに近づいて来る。
「こんにちは。崎矢君だっけ」
あの日のイメージ通り、柔らかい口調だった。彼の怒りの矛先は完全に崎矢の父だったのだろう。
どうやら櫛野が気を利かせて呼んでくれたらしい。
「こ、こんにちは」
奏介にホールの隅に連れて行かれる。椅子とテーブルが用意されていた。
「で、俺に聞きたいことがあるんだって?」
「そういうわけじゃないんだけど、オレさ、まだ自分の病気のこと聞けてないんだよね」
「お医者さんに? あぁ、でも聞こうとしてるんだね」
椅子に座った崎矢はうつむいた。
「聞こうとすると、お父さんがそんなこと知らなくて良いって言うんだ」
奏介は小さく息を吐いた。
「あんまり反省してなさそうだな」
「今はオレの病気が治ったって診断書をお医者さんから取りたいんだって。なんかむきになっててさ。発作が起きるようなことをするなって言ってくるんだ」
奏介は少し考えて、
「……そうか。俺の話は逆効果だったかな。目指す場所が間違ってるし。それにむきになるって」
「……うん。なんとなくだけど、今のお父さんはオレのことなんにも考えてないんだろうなって思う」
急遽塾がなくなった日、ゲームの誘いをしてくれた少年達のことを思い出す。運動が苦手な崎矢にとって、ゲーム友達が出来そうな瞬間だったのだ。学童では父のこともあり孤立気味だったので、あの時は凄くワクワクした。そんな出会いを、潰されてしまった気がするのだ。
その話をすると、
「わかった。俺が説得してみよう。崎矢君、塾のことなんだけどさ」
○
探していると、以前いた公園で息子の姿を見つけた。
「崎矢!?」
彼は数人の少年達と楽しそうにゲームで遊んでいた。
「あいつ……!」
余計なことをして、また発作でも起きようものなら、完治診断書が遠のいてしまう。
連れて帰ろうと歩き始めた時。
「崎矢君に何するつもりですか」
振り返ると、奏介が腕を組んで立っていた。
「お、お前は……!」
学童保育にいた生意気かつ失礼な高校生。屁理屈を並べ、周囲を味方につけて非難してきた。
「お久しぶりです。崎矢君に何するつもりなんですか? 怒ってるみたいですけど」
「関係ないだろ」
「塾をサボったから叱るつもり、なんですかね?」
カッと頭に血が上った。
胸ぐらを掴む。
「お前が崎矢に何か言ったのか!?」
奏介は真っ直ぐに戸田を睨む。
「あなたは、学童保育で体を使った遊びを禁止された崎矢君がいじめに遭うんじゃないかって心配してましたよね」
「本当のことだ。現に、学童保育ではあまり友達がいないようだし、楽しくなさそうだからな」
奏介は指で公園内を指で指す。
「凄く楽しそうですよ。ゲーム友達みたいですね」
「だからなんだ、塾をサボってそんなことをしていて良いと思ってるのか!」
「へぇ。学童の先生に息子がいじめに遭うかもってブチギレて、皆と遊べないし、友達もいなくて楽しくなさそうだから、彼の病気が治ったって診断書がほしいんですよね?」
「そ、そうだ。お前が言ったんだろ! 健康だという証拠を持って来いって」
奏介はため息を1つ。
「病気なんてすぐ治らないでしょ。学童保育で崎矢君が皆と遊べないのはもうどうしようもないことですよ。諦めたほうが良いです」
「こ、この野郎!」
「それより、放課後に公園でゲーム友達と遊ぶ方が良いんじゃないですか? ほら、楽しそうだし」
見ると、笑い合っていた。学童保育にいる時よりずっと、生き生きとしている。体を動かさなくても楽しそうだ。
「ゲームで遊ぶなら、崎矢君は皆と同じ条件ですしね」
「あ……」
力が緩んだので、奏介は少し離れて胸元のネクタイを直す。
「あなたは何がしたいんですか? 崎矢君に友達が出来るのは良いことじゃないですか。学童保育では無理かも知れないですけど、ここには崎矢君の居場所があるんですよ」
「……」
「結局、あなたは崎矢君のこと何も考えてないですよね。ただ、学童保育の先生達の対応が気に入らないから、息子の病気を完治したことにして、マウント取りたいんでしょ? そういうの、子供にとっては迷惑です」
と、公園内で少年達が挨拶を交わし始めた。
「またなー!」
「うん、ゲームのチャットで連絡するよ!」
崎矢が手を振ってからこちらへ近づいてきた。
「あの……お父さんごめん。友達とゲームやりたくて、サボっちゃった。……学童保育に友達いないし、ゲームも出来ないから」
「……っ! 崎矢、お父さんは」
「今日、楽しかった。友達出来たから」
満面の笑み、戸田はがっくりと肩を落とした。
「そう、か。学童保育にいるより、楽しかったのか?」
「うん! ゲーム好きだし!」
戸田は微かに、笑ったように見えた。
帰っていく戸田親子の背中を見ていると、スマホにメールが入っていた。
『ありがとう! サボってよかった』
これで戸田圭哉が考えを変えることを願うばかりだ。
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