第242話新しい相談と暴力いじめをする女子高生達に制裁する姫

 その日の放課後、最終下校時刻直前。

 奏介は珍しく、モモとだけ一緒になった。彼女は演劇部の片付け当番、奏介も風紀委員の当番で遅くなったのだ。

「菅谷君と二人は珍しいね」

 揃って学校の正門を出る。すでに薄暗いを通り越して、暗くなり始めていた。

「ああ。まぁ、こういう日もあるよ」

 モモはキョロキョロと辺りを見回している。

「どうかした?」

「菅谷君と一緒だと何かありそうだから、警戒しておこうと思ってるの」

「俺、どう思われてるの」

 モモがすっと自分のスマホを取り出す。

「ヒナにも教えてもらったから」

「……何を?」

 ヒナの影響を受けているのか、それとも日頃の行いを見られているのか判断がつかないが、

(ちょっと反省しよう)

 大人しいモモにトラブルを警戒させてしまうというのは複雑だ。

 雑談をしつつ、駅の近くに来たときである。

「あ、奏介……」

 目の前に現れたのは奏介の姉、姫だった。疲れたような表情で、もう一人、酔っているらしいスーツ姿の女性を抱えていたのだ。

「こ、こんばんは」

 そう挨拶をしたモモは、ハッとしてスマホを取り出した。

「須貝、大丈夫だって」

 そう宥めつつ、

「えっと、どういう状況?」

 姫に聞いてみる。

「ちょっと手ぇ、貸してくれない? 確か、須貝さんよね? ごめんね、帰るところ」

 奏介とモモは顔を見合わせた。



 どうやら女性は姫の友人らしい。久々に会って夕方から飲んでいたらしいのだが、本格的な夜を前に潰れてしまったらしい。

 彼女の家に送るところだったのだそう。

「んん〜」

 真っ赤な顔をして、フラフラ歩く彼女に肩を貸しつつ、姫は背中を押さえている。モモには荷物持ちを手伝ってもらっている。

「相当飲んだの? この人」

「いや、ビール2杯だけだけど、酔いの回りが早かったのよね。興奮してたから」

「興奮?」

「あ、あの。お酒って酔うのが早いとか遅いとかあるんですか?」

 モモの興味を持つポイントは独特だ。

「えぇ、体調によってね。調子悪い時はすぐ潰れる……ほら、風邪引いた時って疲れやすいでしょ? それと一緒よ」

「……そうなんですか」

「須貝、後5年待とう」

 いつの間にかうさぎを飼ったり演劇部に入ったりしていたので、ナチュラルに実験しそうだ。

「大丈夫。さすがにしないから。……それと、わたしもう16だから4年」

「あぁ、うん。そうだった」

「奏介が一番年下なんでしょ?」

 姫がからかうように言ってくる。

「まぁ、3月だからね」

 同級生で年下を探す方が難しい。

 やがて、酔っ払った女性、ほこらアイのマンションについたので、中へと運んだ。3人がかりである。

 とはいえ、その頃には意識を取り戻していたのだが。

 頭をフラフラさせながら、ベッドに座る様子は非常に危うい。

「ふぇっと、姫ちの弟君とそのお友達……ありがとございます」

「すみません、勝手に上がり込んで」

 奏介が頭を下げると、彼女はあははっと笑った。

 明るい髪色のロングヘアがふわりと揺れる。派手目の美人だ。

「だいじょーぶ。アタシ、結構男友達を家に入れるからぁ」

 恐らく、記憶が消えるタイプの酔い方だ。

「さっきは泣いてたのに、情緒不安定ね」

 珍しく、姫がため息。

「……何があったんですか?」

 モモがおずおずと問う。大人しいわりに、好奇心はかなり強いほうなのだ。

「うう、聞いてくれる!? アタシの彼氏をバカにされたのー! アタシにとってはイケメンで超優しいパーフェクトな男なのにぃ」

 どうやらアイには彼氏がいて、職場の同僚とデート中に出会い、笑われたのだそう。

「でね、その金持ちお嬢様同僚女が今度パーティするから一緒に来なよとか言われちゃってぇ。ぜーったいディスる気でしょー!? もぉぉっ」

 そんなわけで写真を見せてもらったのだが。

「確かに優しそう」

「うん。そうだな」

 体型はお相撲さんを目指している人という感じ。しかし、メガネをかけていて、柔和な笑顔。アイの肩を抱いて嬉しそうにしている彼が写っていた。人柄が良さそうだ。

「確かにデブでブサイクなのかもしれないけどー、アタシにとってはー」

「そうは思わないです」

 モモが遮った。

「優しそうです。それだけで、良いなって思います」

「俺も須貝と同意見ですよ」

「あたしもよ、アイ」

 アイはぽかんとした後、泣き始めた。

「ううう、だよね? なんでイケメンが正義みたいなこと言われなきゃならないのよぉ!」

 彼氏のことが本当に好きなのだろう。

「皆ぁ、ありがとねー。弟君とお友達ちゃんはなんも知らないのに慰めてくれてありがとぉ」

 姫は苦笑を浮かべる。

「まぁ、パーティは行かなくて良いんじゃない? そんな嫌がらせみたいな」

 アイはぴたりと動きを止める。

「……うう。ごめんなさい」

 両手を顔にやり、泣き始めてしまう。

「姉さん、もう休ませてあげたら?」

「そ、そうね」

 情緒不安定過ぎて怖い。

「違うの! 実は……悔しすぎて、あの時の人は彼氏じゃなくて、本当は超絶イケメンと付き合ってるって言っちゃったの! しかも、絶対行くって言っちゃった」

 奏介とモモは気まずそうに視線をそらした。

 姫は口を半開きにして、

「……自業自得、ね」

「うう、そんなこと言わないでぇ。彼氏には絶対言えないし、だからってドタキャンしたら、グチグチ言われるもん。そんなのやだっ、会社でも嫌味言ってくるのよ? 職場いじめのレベルなんだもん」

「どう思う? 奏介」

「どう思うって、祠さんが言っちゃったんだから仕方ないでしょ。あ、レンタル彼氏とかどうですか?」

「レンタル……? で、でもそれじやあ……」

 モモが首を傾げる。

「祠さんは何を求めてるんですか? どうなりたいんですか?」

 アイはうつむいた。

「嫌がらせをしてきてるの、社長の娘なの。教育係で仕事を教えてたら、なんか気に食わないとか言われてさ。アタシだけじゃなく、彼氏もバカにされたことが悔してくて、つい、言っちゃったの。彼氏を自分の言葉でかばってあげられなかったことは……情けないとは思うけど」

 どうやら、職場いじめが根本にあるようだ。

「菅谷君、あの……なんとかしてあげられないかしら」

 モモが申し訳無さそうに言ってくる。自分の過去を思い出しているようだ。

「なんとか、か。本当にイケメン彼氏を連れていけば向こうに悔しい思いをさせられるだろうけど」

「ようはアイに恨みが行かないように、恥をかかせるのが一番なのよね。奏介なら、出来るんじゃない?」

 姫が片目を閉じて見せる。奏介は少し考えて、

「俺で良ければ彼氏役やります。イケメンじゃなくても、どうにか出来ますよ」

「へ……? そ、そうなの? でも、高校生と付き合ってるとかさすがにまずいような」

「スーツで行くので、まあ、19歳とでも言って下さい。これでも身長は平均より高いので、誤魔化せます」

「は、はぁ」

「それに」

 奏介は一度言葉を切る。

「そ、それに……何?」

 アイが不安そうに問うてくる。 

「いえ。彼氏さんのこと、本当に好きなんですよね」

「もちろん! それだけは自信持って言える」

 奏介は頷いて、

「俺に任せて下さい」

 アイは半信半疑だったようだが、姫とモモの後押しもあり、話はまとまった。後日、連絡を取り合うことになったのだった。



 姫、モモとの帰り道。 

「奏介、もう作戦は決めてるの?」

「あぁ。決まってるよ。姉さん、後で社長の娘の名前聞いといてくれる?」

「了解。頼むわね」

 すると、モモが首を傾げる。

「もしかして、ヒナに何か聞く?」

 お見通しのようだ。

「あぁ、金持ち関係だからね」

 そんな話をしていると、


「嫌だ、やめてよっ。お願いだから」

 細い路地の奥から少年の声が聞こえてきた。柔らかいものを殴ったり、蹴ったりする音が聞こえてくる。

 路地を覗くと、信じられないことに裸にされた少年が制服姿の女子高生グループに暴行を受けていた。

「え……」

 モモが震えた声を出したので、奏介がモモに離れるように指示する。

「とんでもないわね」

 姫の目が据わっていた。

「……」

 奏介は唇を噛み締めた。こういう状況だと、厳しい。警察に電話してから助けに入って、ボコられるくらいしか出来ないだろう。

「良いわよ。あたしが行くから」

「姉さん」

「任せて」

 ぐっと親指を立てたので、

「ほ、程々にね」

「了解」

 姫はそのままのノリで路地へと入っていった。

 モモが少しおろおろしている。

「大丈夫なの? 5人もいるのに」

「うん。姉さんより、あの子達の心配しないと」

 奏介は複雑そうにそう言った。



「ちょっとそこの子達」

 姫が声をかけると、彼女達が一斉に振り返った。

「はぁ? 何あんた」

「うぉらっ」

 姫の膝がリーダー格らしい少女の腹へ食い込んだ。

「がっ……はっ」

「何あんた、はこっちのセリフなのよ。ガキ」

 姫が静かに、そう言った。

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