第240話両親と兄を騙して姉の金を盗む腹黒妹に反抗してみた おまけ2

 元綾小路伸子もとあやのこうじのぶこはイライラしながら、歩いていた。離婚が成立してから半年。縁を切るという条件でもらった多額の慰謝料は働かずに生活費に当てているため、減っていくばかりだ。

(どうすんのよ。このままじゃ働かなきゃいけないじゃない)

 せめて耀の親権を取れていたら、アルバイトをやらせたのに、と後悔しかない。

(それに)

 短期処遇で少年院(少女院)に入っている娘のかえながもうすぐ出てくる。彼女の親権は伸子であり、保護者としての責任として養っていかなければならないのだ。

(無理に決まってるじゃないっ)

 提示された慰謝料が高額だったため、元夫の条件を二つ返事でのんでしまったが、働かなければ減っていく一方だ。

 伸子は足を止めた。

「母親を助けるのは、子供の役目でしょ」

 とあるアパート。一番上の娘、ナミカが一人暮らしをする場所である。

「今日こそ」

 何度か来ているが、居留守なのか外出しているのか会えたことがないのだ。

「仲が良かったら、助けてもらえるんじゃないですか」

 馬鹿にしたような声にはっとして振り返る。

「あ、あなた」

 奏介が腕組みをして立っていた。

「ここへ来るの、3回目ですよね? いい加減、ナミカさんをストーカーするのやめてもらえません?」

 伸子はぎりりと奥歯を噛み締めた。

「あなたに何の関係があるわけ?」

「ナミカさんが、母親だった女の人からつき纏わられてるから、助けてほしいって頼まれたので待ってたんです」

「は……? 私はあの子の母親よ!?」

「知ってますし、改めて言われなくても分かってますよ。法律上ではどんなドクズも母親になれますしね。暴力振るっても、酷い言葉を浴びせても、お子さんを産んだなら母親ですし」

「な、何が言いたいの」

「妹のかえなを贔屓して、ナミカさんを酷い扱いしてきたくせに、今更生活が苦しいから金で貸してって、プライドないのかなと思って」

「金を貸してなんて言わないわよっ、ただ、私と一緒に住んで生活費を稼いでほし」

「いや、無理ですって。ナミカさん、あなたとかえなさんのこと、嫌いらしいですし」

「はぁ? 親に対して好きも嫌いもないでしょ!?」

「じゃあ、あなたは?」

「え?」

「あなたは、ナミカさんのことどう思ってるんです? 好きなんですか? 愛する娘なんですか?」

「……」

「即答出来ない時点で論外ですね。お互い嫌いなもの同士、一緒に住めないでしょ。しかも生活費稼いでもらいたいって、どんだけ非常識なんですか。無職ニートはさっさと就活して下さい。社会人として失格です」

「っ……! なんで、そこまで言われなきゃならないのよ」

 と、奏介の後ろに誰かが立った。

「そんなん、あたしがそう思ってるからに決まってんだろ」

「! ナミカ! 会いたかったのよ、私」

「あたしは会いたくねぇよ。消えろ、おばさん」

 伸子が顔を引きつらせる。

「な、お、親に向かって」

「あたしに向かって、同じようなこと言いまくってただろ。とにかく帰れよ」

「ま、待っ」

「待たねぇよ」

 アパートへ戻っていく娘のナミカと奏介の後ろ姿に手を伸ばすが、止まることはなかった。

 ふと思い出したのはいつかのやりとり。


『大学なんて自分で行けば良いでしょ?』

『で、でも、かえなは私立の学校に行くって』

『かえなは、ね。あんたに使うお金はないわよ』



「くっ……!」

 大学の学費はすべてナミカに出させている。それはもちろん、伸子達が拒否をしたからだ。

 追いかけられなかった。




 ナミカのアパートの部屋の前。伸子がトボトボと帰っていくのを確認し、奏介は息を吐いた。

「もう来なければ良いですけどね」

「いや、来てもあの無職おばさん追い払うの余裕だからな」

 ナミカはにっと笑った。奏介は頷く。

「酷い目にあってるみたいで何よりです。ナミカさんがずっと体験してきたことを思い知らせるには丁度良いですね」

 ナミカは少しの間黙って、

「……悪かったな。何から何まで頼っちゃってさ」

「いえ。俺もかえなに脅されてたんで、返り討ちにしただけです。その途中でナミカさんも助けられたなら、良かったですよ」

 ぽかんとしたナミカはすっと視線をそらした。

「たく、ずるいな。こっちは20年近く地獄を見てきたんだぞ? なのに、あたしは菅谷のちょっとした仕返しのついでに助けられたってことか?」

「まぁ……いやでも、ナミカさんも本当に頑張りましたよね」

 するといきなり背中をそれなりの強さで叩かれた。

「!? え、なんですか」

「お前ぇ、思ってなくてもそこはナミカさんを助けるためとか言っとけよ」

「えーと」

「まったく」

 ナミカは視線をそらし、

「……ほんと、ありがとな。また、飯でも付き合えよ」

「俺で良ければ」

 奏介の答えに、ナミカは恥ずかしそうに笑った。



 アパートの一室に逃げ帰った伸子は、玄関先に膝をつき、思いっ切り床を両拳を叩きつけた。

「なんで、こんなことになってんのよっ、まさか、働かなきゃならないわけ? この私が? 私は、綾小路家の嫁だったのよ? なんで……」

 ナミカの顔がふっと浮かんできた。

「産まなきゃ良かった。あんな娘っ」

 そう叫んだ瞬間、スマホの画面が点いた。

 メッセージが来ていた。


『もう連絡してくんなよ。あんたの娘に生まれたくない人生だったわ』


 ナミカとの、最後のメッセージだった。

 



○あとがき○

あけましておめでとうございます。

昨年、読者の皆様にはお世話になりました。今年もよろしくお願いします。


 

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