第239話気弱なクラスメートを嵌めようとする転校生に反抗してみた2
マリーは目を瞬かせた。
菅谷奏介、見た目に反して普通だと評されたクラスメート。
何故ここにいるのか。
いや、それよりも彼の発言。
「自分の財布を間島のカバンに入れて、自分の持ち物に嫌がらせされたように見せてんのはお前だろ。バレバレなんだよ」
嫌がらせはマリーの自作自演だ、と言われているようだった。バレたのは初めてだ。
(細心の注意を払っていたのに)
焦りを表情に出すわけには行かない。困ったような顔をする。
「財布、ですか? あれは間島さんが」
「違うだろ」
低い声。マリーはビクッと肩を揺らした。
「あれはお前が自分でやったんだ」
「あの、こんなこと言いたくないですけど、見たんですか? 私がそういうことをしてるって」
「財布の件は見てないけど、その後何度も嫌がらせをしてただろ。自分のスマホを間島の机に入れたり、落書きした教科書を教室中にバラまいたりさ」
まるで財布の件以外は見たとでも言いたげだ。
しかし、マリーには自信があった。見られるはずがないのだ。自白を誘っているのだろう。
「……転校したばかりで信用がないのは分かります。でも、そんなことしていませんよ。それに、私にメリットがないじゃないですか。間島さんが私に嫌がらせをしてくる理由は分かりませんが」
メノは顔を引きつらせた。
「や、やってないよっ、門町さんとは話したことなかったし」
「お前さ、前の学校でいじめてた相手を自殺に追いやったらしいじゃん」
「! ……なんですか、それ。どこの情報ですか?」
「惚けてんじゃねぇよ。こっちは詳しい奴に調べてもらってんだ。未成年で学生だから名前も出てなかったんだろ? 本当に良い世の中だよな。お前みたいなクズが普通に暮らしていけるんだからさ」
「……ちっ」
マリーは横へ視線を向け、舌打ちをした。
「あー、残念。ギャーギャーうるさい自殺女の家族を振り切ってここまで逃げてきたのに」
メノはマリーの醜悪な表情に恐怖を覚えた。
「クソみたいな演技を止めてくれて助かった。キモすぎて鳥肌が立ってたからな」
「へぇ。あんた、普通って言われてたけど、不良なの?」
「うるせぇんだよ、クズ。自殺させといて何平然としてんだ。立派な犯罪だぞ」
「どこが? 私が殺したわけじゃないのに」
「ブス、バカ、死ねとか暴言吐きまくってたらしいじゃん。教科書にも酷いこと書いて、靴を隠したり、鞄や体操服を切り刻んだり。彼女の両親は泣いてたぞ。一人娘が自殺をしたって、悲しくて悲しくて、毎日が地獄だってさ」
「ふーん? あの女の親と話したんだ。大袈裟でしょ。たかが根暗女が一人いなくなっただけでよく泣けるわね」
奏介は拳を握りしめた。
「たかが? あのな、その子の両親がどれだけ娘に色々なものをかけてきたと思ってんだ」
「かけてきたって何が?」
バカにしたように鼻で笑う。
「出産て金がかかるんだよ」
「はぁ?」
「母親は痛い思いをして娘を産んで、おむつ替えたり、ミルク上げたり、遊んであげて、学校に行かせて、大事に育ててきた娘がお前みたいなクズ女のせいで消えたんだぞ。お前に出会わなければ、このまま大人になって結婚して、幸せな家庭を築いてたかもしれない。人の人生をたかがの一言で片付けてんじゃねぇよっ」
怒鳴り声。さすがのマリーも一歩後退した。
「だ、だから何。私には関係な」
「その子の存在に勝るものなんてないけど、その子を育てるためにかかった金を弁償できんのか? あぁ?」
「し、知らないし」
「お前、理由なくいじめをするのが好きなんだろ? 間島をいじめてるのも楽しいからとかそういう理由なんだろ」
「……それって悪いこと? ただの遊びなんだけど」
奏介はスマホの画面を突きつけた。
「お前がやってたことは動画に収めてあるんだよ」
そこには、暗い教室で、教科書をバラまくマリーの姿が映っていた。
「な……!? なんで。もしかして監視カメラ!? そこまでやったの!?」
「俺をなめるなよ。この動画、クラスのメッセージアプリに貼り付けたからな。ほとんどが見たんじゃないか?」
「へ……?」
「普段なら、猶予をやるんだよ。でも、お前は別だ。一度やらかしてるやつに慈悲なんかねぇ。SNSにも拡散した。前の学校でやったことも全部な。これは脅しじゃねえぞ。もう既にお前は晒し者だ」
マリーは体を震わせ、床にへたり込んだ。先程からスマホに通知音が鳴り響いている。
「俺は大人みたいに優しくないからな。次何かしたら住所と家族構成も晒してやる。お前の人生、徹底的にぶっ壊してやるから覚悟しとけよ」
マリーは唇を噛み締めて青い顔をしている。
「間島、帰ろう。送ってく。もう暗いから」
「あ……う、うん」
メノは慌てて立ち上がった。
○
学校の正門を出た奏介は後ろのメノへ視線を向けた。
「勢いで送るって言ったけど、どうする? 一人で帰れる?」
メノは目を瞬かせた。
「あ……あの、良ければ家まで」
奏介は頷いた。
「分かった。行こう」
一人になりたくない気分だったのだ。メノは奏介とあまり話したことはないが、今は間違いなく救世主だ。
「菅谷君、ありがとう」
「いいよ、気にしなくて」
メノは地面を見つめたまま、頷いて、
「わたし、中学の頃いじめられてて、高校に入ってからはそれなりに話す友達も出来て居心地がいいんだ。だから、また同じになるかと思うと不安で怖かった。……助けてくれる人がいるなんてびっくりしたよ」
「……悪い、助けたわけじゃないんだ」
「へ?」
「いや、あいつ、最初は俺を標的にするつもりだったんだ。教室で思いっ切り転んだことがあっただろ」
「あ、あの時? 足かけられたの?」
「言わなかったけど、明らかに俺の足を引っ掛けてきたんだ。クラスメートの反応を見て止めたみたいだな。思い上がりかもしれないけど、俺はクラスで浮いたり孤立してるわけじゃないからさ。そこから間島にターゲットを変えたみたいだから、責任取らないとと思って」
メノはぽかんとして、くすっと笑った。
「それは助けたってことで良いと思うよ。気にしてくれてありがとう。優しいね」
「あー……うん。間島がそう言うなら…‥ん、ふあ」
奏介は不意に出たあくびをかみ殺した。
「寝不足?」
「2日間ほぼ徹夜だったから。門町のせいで」
奏介はスマホを握りしめた。
「あいつ、深夜の学校でいじめの細工してたんだ。放課後とか早朝だとバレる可能性あるからって、セキュリティかいくぐって夜中の1時に侵入するとか頭おかしいよな」
「!? え、え? そう、なの?」
「あぁ、定点カメラだと上手く撮れないから2日間張り込んだ」
「す、菅谷君も侵入したってこと?」
「俺は家に帰らず学校に泊まったんだ。そっちの方が楽だから」
「が、学校で?」
「公衆トイレに泊まったこともあるし、別に大丈夫だよ」
「ト、トイレ……」
「間島」
「ん?」
「いじめは絶対になくならないんだ。でも、止めようと思ったら、体張る必要がある。どんなことをしても止めてやるって気持ちがないと状況は変わらないんだ。次、俺は助けてあげられないと思うから、覚えててな」
メノはしばらく考えて、
「うん。分かった。私は運が良かったんだね。菅谷君に助けてもらえて」
奏介とメノは頷いて、歩き出した。
○
翌日の朝。
靴箱の前にて。
「あ、そういえば針ヶ谷。ありがとう、口裏合わせてもらって」
奏介は思い出したように真崎へ声をかけた。
「ああ、解決したのか?」
「なんとか」
2日間、真崎の家で泊まりながら勉強会をするという名目で外泊していたのだ。
「まぁ、メッセージアプリに貼り付けた動画、よく映ってたしな」
「暗視カメラ買ったからね」
「……菅谷のバイト代はそこに流れるんだな」
「そのためのバイトだよ」
真崎は苦笑を浮かべた。
教室へ行くと、間島メノがクラスメート達に囲まれていた。
「ごめんね、すっかり騙されて」
「あたしも。思いっ切り間島さんを疑っちゃったわ」
メノを敵視していた女子達が謝罪の言葉を口にしている。
奏介はほっとして自分の席へ向かう途中でメノと目があった気がした。微笑む彼女はとても嬉しそうだった。
それから1か月後、クラスで孤立した門町マリーは転校して行ったのだった。
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