第235話両親と兄を騙して姉の金を盗む腹黒妹に対抗してみた5

 騒動から三日後。

 大家はアパート一階の自室でテレビを見ていた。

「まったく、酷い目にあった」

 逃げるように引っ越して行った綾小路ナミカの顔を思い出すと、ムカムカしてくる。

「自分の妹だろうが。それを大袈裟にして」

 あんなに可愛い妹を邪見にする意味が分からない。そして一番腹が立ったのは、

「警察に被害届け? どれだけ嫌がらせをしたら気が済むんだ」

 と、インターホンが鳴った。

「ん……?」

 ドアを開けると、警官が二人立っていた。間髪入れずに見せられたのは警察手帳である。

「え」

 固まる。冷や汗をかき始める。

「な、何か」

「大家の久野秋行さんですね? 綾小路ナミカさんから被害届が提出されています」

「被害届!? 待って下さい。綾小路ナミカさんとかえなさんは姉妹ですよ!? 家族が部屋に入ったからと言って」

「残念ながら、親族関係者の家であっても、承諾がなければ、住居侵入罪に該当してしまいます。そういった犯罪行為を幇助ほうじょしたあなたは罪に問われる可能性があります。任意ではありますが、同行願います」

 容赦なく言い放つ警官は軽蔑の視線を向けてきた。

「いや! 違うんです。綾小路かえなさんはお姉さんに連絡をした上でこちらに来ていると思っていたんですよ。姉妹ですよ? 『お姉ちゃん、遊びに行くけど、部屋で待ってるね』みたいなやり取りがあったと想像できるじゃないですか」

 警官はため息を一つ。

「想像出来たとしても、その場で契約者であるナミカさんに連絡を取るべきでしょう。警備会社の話だと、かえなさんは部屋を荒らしていたそうじゃないですか。嫌がらせか窃盗目的か知りませんが、未成年のそういう行為を止められなかった責任もあります」

「なっ!? 私はあの中学生の保護者じゃないんですよ!?」

「大人として、止めるべきでしょう。中学生に酒や煙草を進めたらいけないと知っているでしょう」

 顔を引きつらせ、膝をつく、大家久野。

(ま、まさか逮捕……? そんなことになったら)

 このアパートの管理者は続けていけない。変な噂が立つかもしれない。

(終わ、った?)

 社会的立場が、崩れて行くような、そんな気がした。



 二日前、夜。

 綾小路家。名家の次男である綾小路朝洋あやのこうじあさひろは妻の伸子のぶこと三人の子供がいる。いわゆる分家として認識されているのだが、ここに来て名家の名が汚れる可能性が出てきた。

 四人集まったのは自宅のリビングだ。

 うつむいている娘のかえなと、暗い顔をしている妻の顔を交互に見る。ちなみに耀は複雑そうな顔で黙っている。

「……なるほど。かえな、ナミカの部屋に入ったのは何が目的だったんだい?」

 朝洋が優しい口調で問う。

「えっと……少し前に喧嘩しちゃったから仲直りしたくて」

 しゅんとして泣きそうな顔をする。

「確か、ナミカはかえなのことを平手打ちしたんだろう? それで、君が来るなと言ったんだったね?」

 朝洋が伸子を見る

「え、ええ。かえなが可哀想だったから」

「……もしかするとあたしが悪いことしたのかなって思ってたから、もう一度話がしたかったの。なのに、警察の人を呼ばれちゃって」 

 母親はかえなをちらっと見、

「もうナミカのところには行かないでって言ったところなのよ。だから」

 黙って聞いていた朝洋だったが、

「……もしそれだけなら、ナミカも警察を呼ばなかったんじゃないか」

「そ、それは」

 いつもの優しい父とは少し違う。疑うような口調に、かえなはどきりとしたようだ。

「違うのよ。ナミカが大袈裟に騒いだから」

 そこで耀がため息。

「母さん、かえな。さっきさ、警察に電話して父さんと一緒に事情を聞いたんだ。ナミ姉の部屋を荒らしたんだって?」

「お、お兄ちゃんまで、あたしをいじめるの?」

「かえな」

 静かな声、朝洋だ。

「この前、ナミカに殴られて、泣きついて来ただろう。もう会いたくない、家に来てほしくないと」

「だから、あれはその場の勢いで」

「ナミカはしきりに金を盗まれたと言っていたが、本当だったのか」

 かえなは顔を引きつらせる。

「ちょっと、あなた。かえなにそんな言い方」

「警察の方にナミカが話したらしい。日常的に金品を盗まれていたと」

「お、お姉ちゃんそんなことを言ったの!? 酷いっ」

「本当だとしたら」

 朝洋の視線が鋭くなる。

「我が、綾小路の本家当主に泥をぬることになる」

「う……」

「もはや、警察にお世話になったという事実はどうしようもないし、ナミカに対してそんなことをしてきたなら……かえな、お前は綾小路としての自覚が足りない」

「!」

 と、家のインターホンが鳴った。

「で、出るわ」

 伸子がパタパタと玄関へ。しばらくして、青い顔をした伸子と警官二人が手帳を示しながら部屋へと入ってきた。

「……へ?」

 かえなは目を瞬かせる。

「綾小路ナミカさんから被害届が提出されました。綾小路かえなさん、事情をお聞きしたいのでご同行いただけますか?」

 呆然とする母と引き離され、警官にパトカーへと乗せられる。近所の人達が出てきて、目を丸くしてかえなを見ていた。



 かえなは震える肩を自分の手で抑えた。

(逮捕? うそうそ。あたしが? なんで?)

 パトカーが発進した。手錠こそないものの、両側に座った警官達の表情は固い。

(だって、学校は? どうなるの? か、帰れるよね?)

 被害届がどのような効果を持つのか、詳しくは分からない。

(夢、じゃない)

 震える体に爪を食い込ませると、痛かった。



 かえなが連れて行かれ、なんやかんやあって自室へ戻ったところで、耀のスマホに着信が。

「はい」

 疲れ切ってしまった。昨日までいつもの日常だったのに。パトカーに乗る妹の姿が頭から離れない。

「……もしもし」

『綾小路? 大丈夫か?』

 奏介の声に、耀はその場にへたり込んだ。

「あぁ。なんとか。……でも、きついな」

 奏介は黙ってしまう。

「いや、良いんだ。かえながやったことは許せないことだし。ナミ姉の話も聞けたし」

 奏介とナミカが一緒にいるところを見てしまい、その時にかえなの悪事を知らされたのだ。桃華の生徒の女装をバラそうとしたと聞いた時からもやもやしていたが。

「小さい頃から、かえなは結構わがままでさ。母親が甘やかすのを見て不安に思ってたんだ。父もかえなにはかなり甘かったからな」

『そうか。なんて声をかければいいか分からないけど、綾小路は悪くないからさ。それだけは。自分を責めるなよ』

「はは、ああ。ありがとう」

 お互い、そこで通話を切った。



 奏介は綾小路家近くのファミレスで、コーヒーを飲みながら、走り去ってゆくパトカーを見た。

「反省しろよ?」

 耀には悪いが、がっつり問い詰められてほしいものだ。


 後日、綾小路父、朝洋と伸子は離婚をすることになったらしい。

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