第234話両親と兄を騙して姉の金を盗む腹黒妹に対抗してみた4
見ず知らずの高校生である奏介の静かな罵倒に、一瞬ぽかんとした綾小路母はみるみるうちに表情を険しくした。
「あなた、なんなの? いきなりうちのかえなを猿呼ばわり!?」
「無断で人の部屋入ってるんだから、動物でしょう。不法侵入ですよ。中学生でそんなことも分からないとか、しつけされてない野生の猿以下でしょ。大道芸のお猿さんの方が断然頭良いですよ」
奏介が肩をすくめると、綾小路母がぎろりと鋭い視線を向けてきた。
「……先輩、あたしに対してそういうことを言って良いんですか? よくそんなことが言えますね。色んな人に知られたらマズいんじゃないですか?」
かえなは無表情でスマホを揺らす。
「あぁ、俺が女装趣味があるって話?」
ナミカが驚いたように視線を向けてくる。
かえなはむっとする。
「ふーん? やせ我慢ですか。大声で言っちゃって良いんですかね?」
奏介はニヤリと笑った
「何勘違いしてんのか知らないけど、そんな趣味ねえよ。あのサイトの特殊メイクの女の子が俺だって酷い言いがかりをつけてネットに流してたけど、名誉毀損だろ。有りもしない事実を捏造すんな。大山先生怒ってたぞ。これ以上何かしたら許さないって言ってたから覚悟しとけよ」
「め、名誉毀損? そんなこと。先輩が女装してたのは事実で」
「証拠ないじゃん。俺が女装するところを動画でも撮ってんのか?」
ぐっと口を閉じるかえな。脅した時の奏介の慌てぶりと気弱そうな雰囲気で脅したつもりになっていたと気づいた。本当なのか? と問われても証明出来ない。
「言いがかりつけてんじゃねぇよ」
「でも、伊崎先輩が」
「あいつは何か勘違いしてるんじゃないか?」
綾小路母が眉を寄せる。
「女装? へぇ、非常識な子は非常識な趣味があるってわけね」
「非常識? あなたに言われたくないですね。誰かの趣味を馬鹿にする前にしつけのなってない子猿をなんとかしてくださいよ」
「また言ったわね!? 小さい頃から、うちの子供達にはきちんとしたしつけをしているわ。なのに非常識なことをしているのは、そこのナミカだけよ」
指をさされ、ナミカは身構える。
「なんだと!? そこの馬鹿妹に金とか物とか盗まれてんだぞ! きちんとしたしつけされてる奴が泥棒なんかしねぇんだよ!」
「あなた、お姉ちゃんでしょ? 妹にお金を出してあげたり、物を譲るのは普通よ」
奏介はため息を一つ。
「あなたは少し前にナミカさんを勘当したんでしょ? なのになんでかえなさんがナミカさんの部屋に勝手に入ってるんですか? あなたがナミカさんに嫌がらせしてこいって命令したんですか? 完全に子供ですね。大人のやることじゃないです」
「そ、そんなことするわけないでしょ。というか、妹が部屋に入ったくらいで大騒ぎするのはどうなの?」
綾小路母の開き直る瞬間が手に取るように分かった。
かえなもふんと鼻を鳴らす。
「そうよ。家族なのに、当てつけみたいに警察なんか呼んで」
「じゃあ、あなた達の財布をナミカさんにあげてくださいよ」
ぽかんとする二人。
「……は? 何言ってるんですか、先輩」
「なんで私達がナミカなんかに財布を渡さなきゃいけないの?」
「渡したくないって気持ちになるなら、ナミカさんに、家族だから許せみたいなことを言うの止めてもらえます? 同じ家族なのにそっちは許せてないじゃないですか。ねぇ? ナミカさん」
ナミカは顔を引きつらせていた。
「いや! いやいや。さっきから あいつら、言ってること滅茶苦茶だぞ。え、何。頭おかしくね?」
「こういう方々は全力で人を馬鹿にしながら矛盾発言を繰り返すので、一つづつ教えてあげるんですよ。根気よく付き合ってあげればそのうち頭おかしいことに気づくので」
奏介は肩をすくめる。
「頭がおかしいですって!?」
ヒステリックに叫ぶ綾小路母。
「おかしいでしょ。もう家に来るなって勘当したくせに、かえなさんがナミカさんの部屋に侵入したらお姉ちゃんなんだから許せって。どういう思考回路してるんですか? 勘当って親子の縁を切るってことですよね? 法律上は無理ですけど、そっちから縁切るとか言ってきたくせに後から家族づらすんの、おかしいでしょ。縁切られて他人状態なのに部屋に勝手に入ったらそりゃ警察も呼ぶでしょう」
「ぐっ……」
綾小路母が言葉に詰まる。矛盾に気づいた瞬間だろう。
「勘当を撤回して二人の話を聞くか、勘当した姉のところに行った妹の方を叱るかの二択です。まぁ、あなたはナミカさんのことが嫌いみたいなので、かえなさんに言うべきですね。『勘当した姉のところに行くな! なんで行ったんだ。おかげで警察に怒られた!』って。嫌がらせされたくないなら、ナミカさんの家に行かせなければ良いでしょ。危ないっつってるところに行って怪我してキレてる奴と同じなんですよ。自業自得です」
母親は黙り込んでしまった。
「はぁ? なんであたしが叱られなきゃならな」
「かえな」
綾小路母がかえなへ視線を向けていた。
「なんで、ナミカのところに行ったの?」
「はぁ? お母さんまで何言ってんの? あたしは」
「お姉ちゃんがいじめるから、もう会いたくないって言ってたじゃない。……なんでわざわざ行ったの?」
ナミカを罵る理由を失い、複雑そうにかえなへ問いかける綾小路母。
「い、勢いで喧嘩しちゃっただけで、会いたくないとか思ってないし」
「あたしは会いたくなかったな。お前が来なきゃ警察に連絡なんかしてなかったのに」
ナミカが切り捨てると、かえなはムッとする。
「酷くない? 妹に対してそういうことを言うって。ねぇ、お母さん」
綾小路母沈黙。
「ちょっとお母さん?」
「……かえな、帰りましょ。もうナミカのところに行かなくて良いから」
綾小路母がかえなの手を取って歩き出す。この言い合いの不毛さと、かえなが矛盾だらけの行動をしていると気づいたのだろうか。
「えぇ? ちょっとぉ」
二人が去って行き、奏介は息を吐いた。
「まさかあの母さんが、かえなの方を疑うなんて」
ナミカは目を丸くしていた。綾小路母は何があってもかえなの味方だったらしいので、この短い言い合いだけで考えが変わるとは思わないのだろう。
「まぁ、単純に、『勘当したのになんでわざわざ会いに来たの?』って言われたら黙るしかないですしね」
かえなの行動を把握出来ていなかったのであれば、ここは退散するしかないだろう。
二人の背中を見守っているナミカ。奏介は声をかける。
「それで、録音出来てました?」
「あ、ああ」
ナミカはポケットから奏介に借りたボイスレコーダーを取り出した。
「つけるぞ」
『大家さん、前にも言ってますけど、うちの妹が来ても部屋に入れないでほしいんですけど』
『んー? でも妹さんなんだろう? 姉妹なら遠慮はいらないんじゃないかい?』
録音されたボイスはどこか上の空で、他に何か考え事でもあるのだろうか。
『いや、本当に困るんで。よろしくお願いします』
そこで録音は途切れた。30秒ほどの短い音声である。
これは外出前の大家とのやりとりである。
奏介は頷いた。
「いい感じですね。俺も、撮れたので」
スマホをタップ。
『こんばんは!』
『お、かえなちゃん、久しぶり〜』
このやり取りはもちろん、かえなと大家である。
『またお姉さんの部屋?』
『そうなんですよ~。色々持ってきたので』
『いいよいいよ。自由に入りなね』
『ありがとうございまーす』
マスターキーを渡す時の、チャリっという音がした。
奏介は録音機能を閉じて、ナミカを見る。
「とりあえず、大家から潰していきましょうか」
「から? え……でも、母さんは反省したような感じがしたし」
「放置して置くと、良くないですよ。頼んだのに、住人に無断で部屋に入れる大家の時点で」
「た、確かに」
「まぁ、それからですね。かえなさんの方は」
奏介は目を細めた。反省していないのは明らかだった。追加制裁は必要だろう。
※次話もすぐに更新します!
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