第233話両親と兄を騙して姉の金を盗む腹黒妹に対抗してみた3
警備会社に勤める
(この女、プロだな)
懐中電灯を照らした先にいるのは小柄な女性。若そうだが、このやり口は熟練の技を感じる。嘉田は大学を卒業してこの会社に勤めて六年目。勘という言うやつだ。
「おい、管理人に連絡。許可を取ったら警察に通報だ」
「はいっ」
2年目の後輩は緊張したように頷いて、無線機を取り出す。
「ちょ、ちょっとまって下さい! 誤解です」
女の媚を売るような声色に、嘉田は身構えた。
「動くなっ」
こちらへ歩み寄ってこようとしたので、鋭く静止。
「逃げ場はないぞ」
「違いますってー!」
やがて、慌てた様子の大家がやってきて、管理人室で話を聞くことになった。
数十分後。嘉田はかえなの話を聞き終え、腕を組んだ。
かえなと大家は申し訳なさそうにしている。
「つまり、中学生の綾小路かえなさんはお姉さんが借りているこのアパートの一室へ忘れ物を届けにきた、と」
かえなはこくりと頷く。
「いや、私も申し訳ない。セキュリティの解除を忘れてしまって。彼女は悪くないんだ」
「そんな! 大家さんは悪くないです」
庇い合う二人に嘉田はジト目を向ける。
「お二人の意見は分かりましたが、当の本人、あの部屋の持ち主である綾小路ナミカさんも了解しているのですか?」
二人はびくっと肩を揺らした。表情は平静を保っているが、動揺していのは分かった。
「綾小路ナミカさんにはご連絡差し上げたので、すぐに帰ってくると思います。彼女も交えてお話を聞かせてもらいますね。おい」
後輩へ視線を向けると、彼は頷いた。取り出した書類を見ながら、
「実は綾小路ナミカさんから直接うちの会社の方に連絡を頂きまして、自分以外の誰かが侵入した形跡があれば、容赦なく捕まえてほしいと仰っていました」
二人は驚いたように表情を歪めた。
「は!? お姉ちゃんが? なんでそんなこと」
「契約者の私に無断でそんな連絡を!?」
嘉田は呆れた様子で、
「普通です。当社サービスの範囲内ですし、わざわざご要望頂かなくても大丈夫ですという返答を、担当の者からさせていただきました」
と、そこでインターホンが鳴った。嘉田の後輩が戻ってきたナミカを管理人室へと招き入れる。
「お姉ちゃん……」
「綾小路さん……」
ナミカはうつむき加減で複雑そうな表情を浮かべる実妹と自宅アパートの大家を見る。
嘉田は思う。
(穏やかではないな)
ナミカはただならぬ雰囲気を漂わせている。
ふと気づいた。耳にワイヤレスイヤホンのような物が見えるのだ。
音楽でも聞いていたのだろうかと、嘉田はなんとなくそう思った。
「もう! 帰ってくるの遅いんだから。お姉ちゃんのせいで警備会社の人達に迷惑かけちゃったんだよ?」
かえなは内心でほくそ笑んだ。こうやって煽れば、警備員の前で暴力でも振るってくるだろう。説明も出来ず、すぐに手を出して敵を作る。昔から本当に変わっていない。
ナミカはかえなに視線を向けた。
「お前、なんでここにいるんだよ」
感情のない、冷静な声にどきりとする。一発殴られても良いくらいの覚悟だったが、そういう雰囲気はない。
「なんでってお母さんから荷物を」
「頼んでない」
冷静な声に遮られた。
「た、頼んでないって言われてもお母さんが」
「母さんからはもう家に来るなって言われたんだけど。その時お前も一緒にいて、お姉ちゃん怖いからもう会いたくないって言ってただろ。なんであたしの部屋に来てんだ」
その場がシンとする。かえなを見る警備員の視線が鋭くなった。
「いや、そんなの、ちょっとした言い合いの軽い喧嘩でしょ? 本気にしなくても良いじゃん」
おかしい。口より手が先に出る姉にしては冷静過ぎる。
「待ってくれ、綾小路さん。かえなちゃんは君を心配して」
「大家さん、なんでこいつをあたしの部屋に入れたんスか」
大家冷や汗だらだら。
「いや、かえなちゃんは君の大事な妹だろう? せっかく来たんだから部屋で待たせた方が良いと」
「実家から勘当されたのでこいつはあたしの妹じゃないっス。……なんで赤の他人を勝手にあたしの部屋に入れるんスか。もしかして大家さん、あたしの部屋に入って何が盗んでないっスか」
「いや! いやいやいや、かえなちゃんは間違いなく君の妹だろ? 他人てそんな言い方するのは良くないんじゃないか」
「そ、そうだよ。戸籍上、あたしとお姉ちゃんはちゃんと姉妹だから」
「……警備員さん、あたしの部屋、荒らされてるんスよね?」
「ええ、棚などがひっくり返っていましたよ」
嘉田が答えると、
「警察呼んで下さい。こいつら、空き巣です」
ナミカの冷たい視線、人差し指がかえなと大家を捕らえた。
嘉田と後輩は頷き合い、即110番をしたのだった。
○
警察が到着し、かえなと大家が警察署に連行されたのを確認し、アパートが見える位置の電柱のそばにいた奏介はスマホを耳から話した。
「なんとか我慢出来たかな」
ナミカに奏介が直接指示を出して、喋らせたが、すぐ感情的になってしまう彼女が暴走しないかだけが心配だったのだ。
少しして、アパートそばの公園で落ち合った。
「菅谷」
公園前にやってきたナミカは表情を強張らせていた。
「どうでした? 身内だから、逮捕はされないですよね?」
「あぁ、中学生だしな。厳重注意だって。大家のほうはアパート入居者の鍵を勝手に他人に譲渡したから、もしかすると逮捕まで行くかもな。微妙なところらしいが」
「身内に対して、というところがあいつのズルいところですよね」
奏介はため息を一つ。
「……菅谷、ありがとな。かえなのあんな表情初めて見た。冷静に言葉で責めるっては大事なんだな」
緊張で強張っていた顔が少し綻んだ。
「そうですね。手を出すより他の人に信じてもらいやすくなります」
と、気配を感じた。
「ナミカ!」
奏介とナミカが振り返ると、
「ちょっと、妹をなんて目に合わせたの。またそうやってかえなに嫌がらせをして」
中年のメガネをした女性だ。スーツ姿である。
「母、さん? ……はぁ? 何言ってんだ! かえなはあたしの部屋に勝手に入って荒してたんだ。それで怒らないやつなんかいるかよ!」
感情的ではあるが、きちんと言いたいことを言えている。ナミカに成長を感じる。
「やっぱり先輩が関わってたんですね」
激昂する母親の後ろから出てきたのは警察署帰りのかえなだった。恐らく、母親に連絡が行ったのだろう。
「……」
奏介、無言。
「わたしをハメるために二人で上手く立ち回ったんですね。わたしを警察送りにして満足しましたか?」
悲しそうに言うかえなに、綾小路母が唇を噛み締めた
「あなた、妹をこんな目に合わせて遊んで楽しいの!?」
「っ……!」
ナミカが拳を握り締める。
(警察の話を聞いてないのか)
どう考えてもかえなの行動が悪いのに、まさかナミカを罵って来るとは思わなかった。
「なんっで、そんなことを母さんに言われなきゃならないんだ! 悪いことをしたのはそいつだろ!」
「いいえ、あなたがおかしいし、悪いわよ。小さい頃からちくちくちくちくとかえなをいじめて」
奏介、大きめのため息。
「ナミカさん」
「な、なんだよ、菅谷。まだ手はだしてな」
「いや、人の部屋に勝手に入って暴れまわる野生の猿みたいな娘を育てた親御さんの言うことは一味違いますよね」
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