第220話水果の親戚の女性に突然婚約破棄をしてきた婚約者に反抗してみた1

 昼休みの風紀委員会議室にて。

 奏介と真崎が中へ入ると、何やら女子達が盛りあがっていた。

「綺麗〜」

 詩音が目を輝かせ、覗き込んでいるのは、水果のスマホである。

「来月、本番らしくてね」

「これだけでも、全然良いわね。記念になるっていうか」

 わかばが何やら感心したように何度か頷く。

「素敵。でも一人で前撮り?」

 モモが不思議そうに首を傾げる。

「んー。男の人は写真とか撮らないのかな?」

 何故かヒナも不思議そうである。

「よう。どうしたんだ」

 真崎がいつものように声をかける。

「あ、針ヶ谷くんに菅谷くん」

 ヒナが顔をあげる。

「二人とも、これ見て」

 詩音が言うので、水果に近づく。

「うちの親戚の人なんだけどね」

 写っていたのはベールを被った白いドレスの女性だった。いわゆるウェディングドレス姿。

「結婚式の写真?」

 奏介は水果にそう聞く。

「式は別の日さ。これは写真だけ綺麗に撮って記念にするんだって」

「なるほど」

 ブライダル雑誌に載っているモデルのように、プロのカメラマンに撮ってもらったのだろう。結婚式の集合写真とは一味違うような気がする。

「は~。この写真見てると、ほっとするよね」

 ヒナが胸元に手を当てていた。

「ん?」

「ほら、将来こんな感じでキレイな格好をさせてもらっても、隣が和真アレじゃ萎えるじゃん?」

「あー。僧院は現実的に考えるよな」

「ヒナは実際に相手がいたわけだし、わたし達より想像しやすいわよね」

「……ちょっと羨ましい」

 全員が発言したモモへ視線を向ける。

 ヒナ困惑。

「え、いや。和真アレが羨ましい? ゴミとクズを足して2で割ったクソ野郎だよ?」

「い、いや、殿山先輩のことじゃなくて」

 モモは顔を赤くして、

「親に決められた、結婚相手って逆に運命みたいだし、わたし、恋愛って苦手だから決められた方が良いなって思ったの」

「わかるかもー。憧れるよね」

 詩音が嬉しそうに何度か頷く。

「うーん。ボクにはさっぱりわからないな」

「ヒナ、無表情過ぎて怖いわよ」

「ヒナは酷い目に遭ったんだっけ?」

 水果が苦笑気味に問う。

「確か浮気現場に菅谷と乗り込んだって聞いたけど、マジなのか?」

 真崎が複雑そうに聞いてくる。

「人気のない第三図書室で女子の先輩と汗とか色んなものを飛び散らせてたからね。控えめにいってドン引きだったよね?」

「ああ。運命の相手があれだったらトラウマになるかもな」

「まあ、和真アレがヤバかっただけだとは思うけど」

 ヒナはモモと詩音の肩に手を置いた。

「だからさ、時間あるしまずは自分で見つけるのもいいと思うよ? だってそのみーちゃんの親戚さん、三十歳なんでしょ? 十五年後にこんな綺麗な花嫁さんになれるんだからさ」

「かなり説得力あるな」

 真崎が言って、奏介も頷いた。

 どうやら水果は、今日の放課後、写真の花嫁こと湯木目ゆきめさんに会って食事をする予定らしい。




 その日の放課後。

風紀委員の集まりがないので、クラスの日直の当番を終わらせた奏介は靴箱で詩音と水果に遭遇した。

「あれ、さっき帰ったんじゃ」

「もうこんな時間? ちょっと話し込んでた」

 詩音がスマホで時間を確認して目を見開く。

「なんで……ああ」

 ガラス扉の外は雨粒が降り注いでいた。改めて周りを見回すと、雨で足止めを喰らっている生徒もちらほらいるようだ。

「さっきまで風が吹いててね。詩音もわたしも折り畳みの小さな傘しかもってなかったから」

「風があると濡れちゃうからねー。小降りになってきたっぽいね?」

「俺も折り畳みだから助かった」

 そんなわけで、三人で帰ることになった。

 正門を出て、駅の方へと歩き始める。

「そうだ、水果ちゃん、ご飯行くんだよね? 何時にどこで待ち合わせ?」

「丁度いい時間になったよ。五時に駅で会うんだ」

 駅に到着。奏介と詩音はそこからバスに乗ることにして、別れようとした時である。

「え」

 バス停近くで、水果が固まった。視線の先にはふらふらと歩いてくるオフィスカジュアルな服装の女性。傘を差していなかった。

「ちょっと、りりこさん?」

 傘をかける水果。彼女が湯木目りりこらしい。顔には涙の跡、表情は暗かった。

「どうしたんだい? なんで」

「水果……」

 うるっと潤む瞳。そして、

「うあーんっ」

 泣きだしてしまった。

 奏介と詩音は顔を見合わせる。

 彼女が落ち着くのを待って、なし崩し的に三人で話を聞くことになった。



 近くのファミレスの奥の席にて。

 タオルを被ったりりこが肩を落としている。奏介と詩音の自己紹介もそこそこに、事情を聞いてみると、

「え、婚約破棄!?」

 来月の式を前に、婚約者の男性に別れ話を切り出されたらしい。

彼が言うには、一緒にいてもつまらない。

三十を過ぎて、魅力を感じなくなった。

会社の後輩を好きになった。

先日浮気相手の後輩が妊娠したことを知った。

子供と彼女を幸せにする。

一緒になれないなどと言われたらしい。

「ええ……」

 詩音は表情を引きつらせている。

「そんなこんな土壇場でって。随分と急じゃないか」

 水果はむっとしている。

「あたし、頭が真っ白になっちゃって。魅力がないのはそうかもしれないけど、こんな」

 これは泣くのも仕方がない。あまりにも無責任だ。

「あの、魅力がないなんてことないですよ! 写真見せてもらったんですけど、すっごく綺麗でしたよ?」

 奏介も詩音に同調する。

「お世辞じゃなく、俺も思いました。湯木目さんの花嫁姿、凄く良いと思います」

「うう。……ありがとね、君達」

「その男最低だね」

「さすがに酷いよ。長く付き合ってたんですよね?」

「うん。5年くらい」

「5年!? うわあ」

「それでいて、若い女に乗り換えか」

 奏介はその理不尽な仕打ちに眉を寄せる。どう聞いても酷い話だ。

「奏ちゃん、なんとか出来る?」

「……。湯木目さん。俺が言い返しましょうか?」

「へ?」

 奏介は少し躊躇って、

「なんていうか、湯木目さんに泣き寝入りしてほしくないなって思って。このままだと婚約者さんの思い通りで妊娠した女性もざまあって思ってますよね? 悔しいままだと、引きづるかもしれませんよ」

 湯木目はうつむき加減に頷いた。

「何か言い返したかったけど、あたしの悪い所を羅列されて、こうなったのはあたしのせいって言われたの。……辛かった」

 水果は頷いた。

「菅谷、何か言ってやってほしい。わたしも加勢するから」

「うんうん、わたしも……あ、この件はヒナちゃんを召喚しよう! トリプルアタックはちょっと怖いけど」

 確かに物凄い戦闘能力を発揮しそうだ。

 後日、りりこと婚約者の男性との会話に乱入する形で、接触することになった。


 〇


 3日後。

 りりこはとあるカフェで婚約者の男性と会うことになったらしい。

 奏介、詩音、水果、ヒナの4人でソファ席に座り、スタンバイ。

 カフェオレを飲むヒナはふうっと息を吐いた。

「遅いね、クズ」

「……クズ認定」

 詩音がごくりと喉を鳴らす。

「実際、クズだから良いんじゃないか」

 水果も抹茶ラテを一口。

 やがて、男性と女性がカフェに入って来た。りりこは目を見開き、取り乱す。

 その会話。

「え、え? 奏多かなたさん?」

「先輩、すみません。中井なかい先輩の子供がお腹にいるんです」

 どうやら知り合いの後輩らしい。

「そういうわけだ。オレは奏多を幸せにする。いい加減、婚約破棄を認めてくれ」

「だって……来月、結婚式を」

「心配するな。キャンセル済みだ」

「そんな……。なんで? なんで今なの? だって、プロポーズしてくれたのは」

「あのさ。お前、三十だろ? もう子供産めないし、最近おばさん化しててきついんだよ」

 りりこの頬を涙が一筋。

 ヒナはぎろりと男性を見る。それから、

「あれ、りりこさんでしたよね? こんにちはっ」

 ヒナが明るく挨拶した。

「あ、君達」

 予定通りの演技。しかし、声が震えている。

「もしかして、そちらが婚約者の方ですか?」

 奏介も会話に加わる。

「え、ええ」

「元婚約者、だ。てかなんだこの高校生達。知り合いなのか?」

「どうも。りりこさんのはとこに当たる親戚です」

 水果も言って、

「こんにちは」

 詩音は軽く会釈。

「ふん。なら俺達は退席する。奏多の体に障るからな。そいつらと話してろ。もう話すことはないだろ」

 奏介はため息を一つ。

「浮気して、動物みたいに盛って子供作ったくせに随分と偉そうだな」

「猿以下。あ、お猿さんに失礼かな?」

「ああ、猿の下の下の下だろうね」

 ヒナ、水果の追撃。

「結婚式決まってて別の女性に手ぇだしてふんぞり返ってんのか。頭のネジ飛んでるだろ」

 中井と奏多の表情が、凍りついた。

 詩音は冷や汗をかきながら戦闘態勢の3人の横でずずっとココアをすするのだった。

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