第221話水果の親戚の女性に突然婚約破棄してきた婚約者に反抗してみた2

 奏多まよは、笑いを堪えるのに必死になった。美人で仕事も出来て、職場からの信頼も厚い、なんとなく気に食わなかった湯木目りりこがこんな場所で泣きそうになっているなんて。

(ごめんねー、先輩?)

 飲みに行った帰りに誘惑してみたら、あっさりと乗って来た上にその一回で見事妊娠。正式にお付き合いを申し込んだら、とんとん拍子に話が進んだというわけだ。中井は自分より仕事ができる湯木目に劣等感を抱いていたらしく、結婚が憂鬱だったのだとか。

(男の人はプライドがあるから、女性がたてないとダメなんですよ? 先輩)

 そういえば、と先ほどの中井との会話を思い出す。


「え!? ドレス姿を!?」

「ああ、オレが断ったから、勝手に一人で撮ったらしい。ほら」

 見せられたスマホには、湯木目のウエディングドレス姿が映っていた。

「ぷはっ、虚しい~。イターい。先輩、一緒に撮ってあげればよかったのに」

「誰が撮るか。滑稽だろ?」

「メッチャ綺麗なのに、やってることヤバイですねー」

 奏多は自分の腹に手を置いた。

「ドレスなんかより、子供の方が大事です。ね、先輩」

「ああ、その通りだ」


 二人の愛の結晶などと言ったらくさいが。

(妊娠しただけで、先輩より優位に立てるなんてね)

 目の前で涙を流す湯木目は負け犬だ。

 そんなことを考えていると。

「浮気して、動物みたいに盛って子供作った癖に随分と偉そうだな」

 奏多はぽかんとした。

 高校生グループは湯木目の知り合いらしく、いきなり絡んできたかと思うと、冷めた目でそう言い放ったのだ。

「結婚式決まってて別の女性に手ぇ出してふんぞり返ってんのか、頭のネジ飛んでるだろ」

 それが静かな罵倒だと気づくまで数秒。

「なん、だと!? 失礼な! いきなり割り込んで来てなんだお前ら!」

 中井がそう反論した。

 

 高校生の少年、もとい奏介は、顔を赤くして煽り言葉に食いついてきた中井に対し、鼻を鳴らす。

「失礼? 知り合いの湯木目さんが暴力振るわれてるんだから、そりゃ止めに入るでしょ」

「暴力? いつ暴力を振るった?」

 奏介は一応横目で辺りを見回す。奥の席なのでカウンターの店員からは見えないし、運よく他の客はいない。言い合いを見越しての空いている時間である。

「言葉で傷つけてるでしょ? 女性に子供産めないって。それ、言って良い言葉じゃないでしょ?」

「実際そうなんだから言うだろ。三十だぞ? ババアだろうが。産めても障害のある子どもが生まれそうだ。これは事実なんだからな」

 りりこは必死で堪えている。

 よくここまで人を傷つける言葉を並べることができるものだ。

「ふーん? あなたって三十二ですよね? あなたの理論からするとあなたもジジイなのでは?」

「男は良いんだよ。ババアと違って子供も作れるしな」

「え、あなたって産婦人科の医師なんですか?」

「な……」

 何か反論しようとして、中井は黙る。

「医者でもないくせに知ったかぶりして三十超えたら子供産めないとか言い出して。もしかして、医学部でもでてるんですかね? 医師免許でも持ってないとそんなこと言えないのでは?

医者気取りとかマジでダサいんですけど?」

 ヒナは驚いたように口に手を当てる。

「お医者さんてめっちゃ勉強してなるものだよね? え、何々、俺は医者と同等の知識を持ってるから分かるんだーとか? んなわけないじゃん、お医者さんバカにしすぎ」

「時々いるね、こういう奴。無免許勘違い医師か。患者を騙して詐欺でもしてるのかい?」

 と、水果。

 彼が医師免許を持っていないことは確認済みである。

「う、うるさい! 常識なんだよ。医者がいなくても当然のことなんだ!」

 動揺を見せる中井である。すると、彼はうつむくりりこを指で指した。

「こいつがババアであることは間違いないだろ。もう女の魅力なんか皆無だ」

 りりこは目を見開く。勢いとは言え酷い。目に手を当て、泣き出してしまう。

「そこまで言うのに、なんで付き合ってたんですかね? 今の今まで別れ話しなかったのが不思議なんですが。てか、そう思ってるなら別れてから子供作れば良かったのでは? 結婚式まで予定してて、やっぱりやーめたって子供みたいですね。成人してるくせに、自分が言ったことに責任持てないんですか? 仕事で会議があるのに、5分前にやっぱ出たくないから出ませんって言うのと一緒でしょう。え、ほんとに俺らより年上なんですか?」

「心がガキなんじゃない? 大事な会議、テンション上がらないから出たくないとかヤバ」

「それはそれとして態度がデカいのはなんなんだろうね」

「あー、思った。頭下げろよって感じだよね」

「か、会議は関係ないだろ!」

 動揺、焦り。言い返す言葉が見つからないらしい。

「そうですね、関係ないですよね。じゃあ、とりあえず膝ついて土下座でもしてくださいよ」

 奏介は人差し指で床を指す。

「はぁ? なんでオレが」

「不倫浮気してやらしいことして、子供作っちゃったので、婚約破棄してくださいってことなんでしょ? 床におでこ擦りつけてお願いするのが筋でしょ。申し訳ございませんでしたって。何か間違ってます?」

「超キモいんだけど」

「別れてからやってほしいね」

 ギュッと拳を握りしめる。

「……こいつに魅力がないから悪いんだ。それに、ガキには分からないだろ! 今時、結婚相手が一人が基本てのは考えが古いんだ。世界には一夫多妻という」

「じゃあ、その国行け」

 奏介の一言で悔しそうに黙る中井。

 そこで奏介は気づく。不倫相手の女性が戸惑いの表情を浮かべている。

「へえ。人によるってことですかね? どう見ても、そちらの女性も三十越えてますけどね」

 奏多は顔を引きつらせて固まった。

「な、なん!?」

「おいっ、失礼だろ!」

「その失礼な言葉を先に言ったのはあなたでしょ」

 中井は奏介を睨む。

「彼女は二十五だ。三十を越えてるのはそこのババアだろ!」

 するとヒナが噴き出した。

「二十五~? 見えなーい。見た目年齢三十九って感じじゃない?」

「三十九って、もうそれは四十ってことじゃないか。確かに見えるけど」

 水果とヒナは若干、ギャルのような口調でそう言い合った。

 バカにしている感、満載である。

「ちょっと、どんだけ失礼なの!?」

 奏多は顔を真っ赤にして叫ぶ。

「失礼? 婚約者がいる人の子供勝手に作っておいて他人に失礼とかよく言えるよね」

「先輩ごめんなさい、で済ませようとしてたしね。申し訳無さそうにしてたけど、演技ってバレバレだよ」

「ごめんなさいって何? 不慮の事故とかならまだしも、自分でやってんじゃん。謝るくらいなら最初からやらないでくれない? てか、ボク達みたいな高校生にこういうこと言われてさぁ。情けなさすぎでしょ」

「ぐ……この、子供のくせに」

 反論出来ないようだ。

「お前ら、いい加減警察を呼ぶぞ、学校にも連絡してやるからな!」

 立ち上がる中井。

「知り合いのお姉さんが結婚式まで予定してたのに浮気して子供作った野郎に酷いこと言われてたので、言い返しましたって言うのでよろしくお願いします。りりこさん、俺達をかばってくれますよね?」

 りりこは奏介を見上げ、力強くコクリと頷いた。

「で? あなたはなんて言うんですか? 高校生にいきなり暴言吐かれたって?」

 奏介はスマホをタップ。


『実際そうなんだから言うだろ。三十だぞ? ババアだろうが。産めても障害のある子どもが生まれそうだ。これは事実なんだからな』

『こいつがババアであることは間違いないだろ。もう女の魅力なんか皆無だ』


「これ、警察に聞かせますんで」

「!? ぬ、盗み撮りだ! 訴えてやる」

「これからりりこさんは慰謝料請求のための裁判起こすので、その証拠です」

「慰謝料? ふん、そんなもの」

「りりこさんやりますよね? ここまでやられたんですし」

 りりこが唇を噛み締めた。

「うん。やる。やります。浮気したのにあたしのこと散々バカにして。絶対に、許さないから」

 りりこは涙の乾いた顔で、その目で睨みつける。

 中井は一歩後退。

「か、奏多、帰るぞ。こんなガキどもに付き合ってられないっ」

「は、はい」

 彼らはそそくさと、店を出て行った。

 ヒナはスマホを取り出す。

「とりあえず、ボクの家の使用人さんにお願いしてもうちょっと締めてもらう?」

「ひーちゃんちの使用人さんて一体……」

 終始黙っていた詩音が冷や汗をかきながら呟いた。

「ふふっ」

 いつの間にかりりこは笑顔だった。

「なんか、スカッとしちゃった。ああ、あたしは悪いことしてないんだなって思えたわ」

「当り前さ。りりこさんは悪くないから」

「うんうん。でも、あのクズはそういう方向へ持って行きたかったみたいだね」

 奏介も頷く。

「ある種の洗脳ですね。あれがモラハラって奴です」

「モラハラ」

「人格否定などをして自己肯定感を奪って、思い通りに動かすんです。ところで、結婚式のキャンセル料って発生してるのでは?」

「えと、一カ月前だからしてると思う」

「なるほど。てことは」



 奏多と歩きながら中井は唇を噛み締めた。

「くっそっ、なんなんだ、あいつら」

「子供のくせに」

「まあ、良い。またあいつを呼び出して、式のキャンセル料を払わせるよう仕向けないとな」

 多額のキャンセル料は絶対湯木目持ちにしたい。

「どうせ一人ならまた泣きながら、凹むだろうから」

「ですよね! なんか最後は強気になってましたけど、また中井先輩ががつんと言えば」

 と、スマホに電話がかかってきた。

「ん」

 着信を受けて、耳に手を当てる。

「はい」

『湯木目だが。中井君かな?』

 初老の男性の声。どきりとしたが、湯木目の父親だ。

 受話口の向こうに気づかれないよう、深呼吸。

「お義父……湯木目さんですか。何か御用で?」

『……先ほど、結婚式場から連絡があってね。キャンセル料についての話だと言っていたよ。何故キャンセルが入っているのかな? 招待客や衣装、料理の打ち合わせも終わっていたはずだが』

「それの件ですか」

 強気で行く。

「りりこさんがいきなり婚約を破棄したいと言って来たんです。こちらとしても迷惑でしたが、キャンセルの電話を入れさせてもらいました」

『なるほど。うちの娘との結婚が決まっていながら、他の女性と子供を作ったというのは本当のようだな』

「え!?」

『りりこから連絡をもらってね。その女性と共に現れて、魅力がないだの、子供を幸せにしたいだの、私の大事な娘にそんなことをほざいていたそうじゃないか』

「そ、それは」

『別に、その浮気相手と幸せになってもらって構わない。しかし、結婚式のキャンセル料は君が持ちたまえよ。こちらは親戚に合わせる顔がない。色々な場所に謝罪しにいかないとならないからな』

 その瞬間、がちゃ切りされた。相当お怒りのようだった。

「……」

「先、輩?」

 と、今度は中井の叔母からの着信が。

「は、はい」

『ちょっとちょっと、どういうことなの? あんた、結婚式やめたんですって? しかも、湯木目さんと別れたってなんなのよ!』

 仲人を頼んでいたが、両親に断っておくように言ったのだが、直接連絡してきたようだ。

「叔母さん、悪いけど、あっちが言ってきたんだ」

『あのねぇ、兄さん達が孫が出来たとか喜んでたけど、その相手が湯木目さんじゃないってどゆことよ。浮気ってこと? バカなの? そりゃあっちから言うでしょうよ』

 ぎゃーぎゃー騒ぐ叔母をどうにか黙らせて電話を切る。

 中井と奏多の両親は喜んでくれたというのに、叔母や湯木目父に文句を言われるとは思わなかった。

 と、当の湯木目から着信。

「こ、この女!」 

 カッとなって電話に出る。

「おい、りりこ! お前、自分の父親に何を吹き込んだんだ! オレが不利になるようにあることないこと言ったんだろう!?」

『……ねえ、覚悟しといてね。許さないから。あなたも、奏多さんもね』

 それだけ言って、切られた。

 非常にまずい展開だ。あの高校生達のせいで湯木目に復讐心が芽生えてしまった。

「くそっ」

「お、落ちついて、中井先輩」

 と、すっと横を誰かが通った。

「最低ですね。湯木目さんから聞きましたけど」

「てめえっ」

 奏介は振り返る。

「会社の同僚とも浮気してたんでしょ? 三股だったんですね」

「……は?」

 違う。湯木目の他には奏多としか付き合っていない。

 と、再び中井と奏多の横をすり抜ける影が三つ。

「うーん。最低」

「本当に、女性の敵だね」

 ヒナと水果。

「こういう人につかまらないよう気をつけよっと」

 詩音が呟く。

「それじゃ」

 高校生達は軽蔑するような目でこちらを見、去って行った。

「なんなんだ、あいつら」

「……ねえ、中井先輩」

「ん?」

 奏多が睨んでいた。

「三股ってどういうこと!?」

 そう言われて、気づいた。やられた。

 良好だった奏多との間にひびが入った瞬間だったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る