第219話嫌がらせをしてくる親戚のおばさんに反抗してみた

 昔からよく思われていなかったのは知っている。年の離れた姉と比べられて、心ない言葉を浴びせられたこともある。

 一番の思い出は強烈だ。


 詩音、姉と共に、いわゆる親戚のおばさんである金塚里子(かなつかさとこ)に集められた。

「はい、お小遣い」

 ニコニコと笑いながら詩音と姉に袋を渡すと、その視線が奏介に向いた。

「あら、いたの? あなたの分はないわよ」

 半笑いで、冷たく言われ、本当に何もくれなかった。欲しかったとか欲しくなかったとかではない、明確に差別された。姉はその後言い返してくれたし、詩音は心配するように声をかけてくれたが、金塚は奏介の泣きそうな様子を楽しむように帰って行った。

 今でもあの蔑むような笑みは忘れられない。子どもという弱い立場へ対してのその態度、学校で色々あったこともあって奏介の心に深い傷を残した。



 奏介が帰宅すると、女性ものの靴が並べられていた。見慣れぬ形と色だ。母のものではないだろう。

「ただいま」

 そう言ってリビングの戸を開けると、母が客と談笑していた。

「あらぁ、そうなの。ひめちゃん就職したの」

「もうずっと前ですよ」

「早いわねぇ。残念、会いたかったのに」

 そう言って彼女、金塚里子は奏介へ視線を向けた。

「あらぁ、まだいたの? この子」

 母の顔が少し曇る。

「いや、うちの息子ですから」

「姫ちゃんと姉弟とは思えないわよねぇ。安友子あゆこさんも大変だわぁ」

 安友子は奏介の母の名前である。

「うちの奏介は」

 金塚はすっと立ち上がった。シックなワンピース姿、還暦を過ぎているものの背筋も延びていてメイクもしっかりとしている。

「詩音ちゃんに会ってこようかしら」

 伊崎家は明確には親戚ではないのだが、詩音母ともかなり仲が良いのだ。

 奏介は道を譲る。

「お久しぶりです」

 金塚はふんと鼻を鳴らした。

「変わってないわねぇ。代わりに詩音ちゃんが姫ちゃんの妹ならよかったのに」

「あの、おばさん。俺は」

「話しかけて来ないでもらえる? 不愉快だわぁ。言っておくけどお小遣いは姫ちゃんと詩音ちゃんの分しかないから」

 金塚はせせら笑うように言って、玄関へ向かう。

「安友子さん、お茶ごちそうさま」

 奏介は彼女の背中を無表情で見ていた。

「奏介」

 気づくと安友子が奏介の前に立っていた。

「ん?」

 安友子は無言で奏介の頭を撫でる。

「気にしなくて良いからね。おばさんはああいう人なの。母さんは姫も奏介もどっちも大事だから」

「いきなりどうしたの」

 さすがに照れ臭くなり、視線をそらす。

「いや……だからね? おばさんを巻き込んで警察沙汰にするのだけは勘弁してあげて」

 安友子は顔を引きつらせていた。

「それって……フリ?」

「待ちなさい、母さんは芸人じゃないから」

「冗談だよ。まぁ、おばさん次第だけど」

 安友子はため息を吐いた。

「母さん、祈ることしか出来ないわ」





 その日の夕飯に誘われた。場所は高級焼き肉店、メンバーは奏介、詩音、母安友子、詩音母の佳乃よしのである。

 店内が混んでいたため、母二人と金塚、奏介、詩音で分かれた。ちなみにこの配置は金塚の希望だ。

 奏介は詩音と金塚で七輪を囲むことになったのだが、

「詩音ちゃん、たくさん食べてね?」

 ニコニコと話しかけられ、

「はい! ありがとうございます」

 嬉しそうに答える。それと同時に隣の奏介をちらちらと窺う。

「ここのお店はお肉が美味しくてねぇ。もう一通り頼んで置いたから。今日は全部奢りよ」

 母達の方も同じメニューを注文したようだ。

「じゃ、じゃあ奏ちゃん、一緒に食べよ!」

「あらあら、だめよ。詩音ちゃん。あなたのために来たんだから。ところで、なんで付いてきたのかしらぁ? あなたに奢るつもりはないのだけど」

「お、おばさん、皆でご飯食べるんだし、そんなこと言うのは。ね、ねぇ? 奏ちゃん」

「……」

 奏介無言。

「帰ってもらえない?」

 にやにやと笑う。と、肉が運ばれてきた。店員が読み上げる。

「お待たせしました。カルビ、塩タン、ロースです」

「ささ、詩音ちゃん、焼きましょ」

 と、別の店員がテーブルの前に立った。

「特上カルビ、霜降り上タン塩、上ロースです」

「あ、はーい。俺です」

 奏介が手を上げると、目の前に高級肉が置かれる。

 金塚はぽかんとして、

「はぁ? 何を勝手に頼んでいるの? あなたに食べさせるお肉は」

 奏介は十枚の万札を金塚の前に広げた。

「何勘違いしてんだ? てめぇに奢ってもらう肉を食うわけねぇだろ」

 奏介、バイト歴半年とちょっと。

 金塚はぽかんとして、奏介を見る。

「え?」

 そのまま固まってしまう。初めて使われたであろう、汚い言葉と暴言に思考がショートしてしまったのかもしれない。

 詩音は小さく両手を合わせていた。御愁傷様です、と口元が動くのが見えた。

 それはそれとして、まったく言い返しがないのもつまらない。

 奏介は網に上カルビを並べながら笑顔を作った。

「あれ、通じなかったのかな? 俺は、自分のお金で高級なお肉を食べるので、奢りとかどうでも良いですって言いました」

 上手く理解が追いつかなかったようなので柔らかい言い回しに変えてあげた。

「なっ……なっ! 安友子さんっ、こんなにお小遣いを渡して」

 安友子達の隣の席を見やる。

「それ、奏介のお金ですよ」

 安友子が眉を寄せながら冷静に言う。 そして、

「というか、うちの息子に向かって帰れってあんまりじゃありませんか? 前からあまりよく思っていないのはわかってますけど、ここへ連れてきておいて何を考えてるんですか?」

「……里子さん、奏介君に対して酷いですよ」

 安友子、佳乃それぞれに奇異の目を向けられ、たじろぐ。堂々と親の前でこんな発言をすればこの反応も仕方ないだろう。

「そ、そんなことより、こんなにお金を持っているのはおかしいでしょうっ」

 指をさしてくる金塚に、奏介は肉をひっくり返しながら、

「高校に入ってバイトしてるんですよね。無駄遣いもしてないし」

「奏ちゃん、日雇いとか色々やってるもんね……」

「そうそう。自分の金だから」

 奏介は焼き上がった上カルビにタレを付けて口へ運ぶ。

「うっま。さすが高級」

 金塚は思いっきり奏介を睨みつける。

「なんなのあなた、生意気じゃない?」

「どこが生意気なんです? 言ったでしょ、働いた金なんですよ」

「高校生がそんなにバイトをして。どうせ成績がガタガタなんでしょう!?」

 この傍若無人な感じ、どこかのなんとか元先生にそっくりである。

「成績関係ないでしょ。それにしてもみっともないなー。親戚の子をいじめるために焼肉店へ来てみたけど、失敗しちゃったんですよね? いやぁ、マジで情けない。嫌がらせしたいなら、もうちょっと頭使ったらどうっすか?」

 奏介はとんとんと自分の頭を指で突く。

「ぐ、ぐぐ」

「準備不足だからそうなるんですよ。詰めが甘いし、色んな場面を想定して計画しないと」

 奏介は焼けた高級カルビを自分の目の高さまで持ち上げる。

「なーんも考えないからこういうことになるんですよ」

「こ、この……大人をバカにして!」

 奏介は無視して店員を呼んだ。

「すみません、5000円の食べ放題4人分お願い出来ますか? 俺以外の4人で今から」

「は、はい」

「今頼んだ分とは別で大丈夫です」

「わ、分かりました」

 金塚がぽかんとする中、奏介はパクパクと肉を食べ終え、箸を置いて立ち上がる。

「全部俺の奢りです。ごゆっくり、ドケチおばさん?」

 奏介は、鼻で笑って、伝票をレジへ。現金一括払いだった。



 その後の焼肉店での金塚は空気の抜けた風船のような萎みようだったよう。

 暴言と、意地悪をしていた奏介に奢られるという屈辱が余程堪えたらしい。さらには騒いでいたことで客や店員から注目され、クスクスと笑われていたとかなんとか。

 最後はフラフラと帰って行ったそう。


 帰ってきた母親とリビングで顔を合わせた。

「超穏便に済ませといたから」

「そ、そうね。マイルドだったわ」

 次回、公共の場でなかったら、ボキボキに心を折ってやるつもりである。


 そして詩音のメッセージ。

『警察沙汰にならなくて良かった……』

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