第218話番外編 土岐ゆうこ元教師after4

 奏介の弁論が終わり、裁判会場は一瞬シンとした。そうして裁判は進み、

「これにて結審とします。判決は後日」

 口を開こうとした土岐を山田弁護士が止める。

「駄目です。あなたの意見はもう伝えたのですから」

 しかし、土岐は立ち上がった。

「裁判長、これは菅谷奏介の陰謀です。わたしを陥れるために」

「静粛に」

 裁判長が土岐を睨む。

「土岐さん、あなたがしたことは許されないことです。その上で元生徒を侮辱することはありえません。判決をお待ち下さい」

 山田弁護士が立ち上がる。

「失礼しました、裁判長。続けて下さい」

 女性に触れるのは気がすすまないが、少し強めに肩を掴んで座らせる。

「土岐さん、心証を悪くするだけです」

 奏介は冷めた目でこちらを見ていた。

(だめだ、この人)




 数日後。

 判決が出た。山田弁護士は勾留中の土岐の元へ行き、面会をする。

 アクリル板ごしの対面。彼女はぶすっとしていて不機嫌そうだ。

「土岐さん、判決は聞きましたか?」

「……懲役1年」

 山田弁護士は頷く。執行猶予はつかなかった。彼女はこのまま女性刑務所へ入れられることになる。

「私の力不足で申し訳ない」

 山田弁護士は頭を下げた。正直、彼女の素行も判決の考慮にされたので原因は自分にはないのだが、こちらは一応雇われている身だ。

「ほんっとうですよ!」

 顔をあげた山田弁護士はぽかんとする。

「あなたのせいで、懲役なんて。菅谷奏介の本性を暴けなかったのは弁護士のあなたのせいでしょう」

「なっ……」

 あんまりな言葉に山田弁護士は固まる。

「あなたの言うとおりにしたらこの有り様です。最低の弁護士ですね」

「っ……! こ、これでもあなたの味方として弁護をしたつもりですが」

「結果が伴っていないなら、味方も何もありません。夫と話して、新しい弁護士を雇いましたので。もう結構です」

 山田弁護士はぷるぷると肩を震わせ、

「それはそれは、申し訳ございませんでした。ちなみに、あなたのように法廷で好き勝手に発言するような方は初めてです」

 山田弁護士は立ち上がって背を向けた。

「失礼します」

 ふつふつと湧いてくる怒りをどうにか沈め、勾留所を後にした。

 引きつる顔をどうにか無表情に保ち、正門を抜ける。

 負け戦とは言え、精一杯弁護をしたつもりだ。しかし、彼女の法廷での態度がとどめとなり、執行猶予を勝ち取ることが出来なかった。それをすべてこちらのせいにされては堪らない。

 と、前方から歩いてくる人物に気づいた。

 スーツに見慣れたバッジ。びしっと整えられた短髪に眼鏡。ニ十代後半だろうか。

(同業か)

 視線を外そうとして、何故か声をかけられた。

「もしや、山田弁護士ですか」

 バカにしたような態度である。

「そうですが。どこかで会いましたか?」

「いいえ、一発殴っただけの傷害事件に負けて執行猶予をつけられなかった、山田弁護士?」

 悟った。どうやら彼は土岐の夫が雇った新しい弁護士らしい。

 すっと名刺を渡してきた。

駒込市太郎こまごめいちたろうと申します」

 不信感を抱きながら、こちらも名刺を取り出し、交換をする。

「それは確かにそうですが、土岐さんが」

「はは、依頼人のせいですか?」

「っ……!」

 嘲笑。どうやら、裁判の詳しい状況を見ずにこちらをバカにして来ているようだ。夫があることないこと吹き込んだのだろう。腹立たしい。

「まぁ、私の実力がなかったということで大人しく引きますよ」

「ええ、そうして下さい。無能を弁護士として雇った土岐さんがお気の毒ですよ」

 もはや掴みかかってやろうかと思った。何も知らないくせに、と。

 と、その時である。

「山田弁護士?」

 声をかけられて、振り返る。

「君は……」

「ん?」

 駒込が眉を寄せる。

 制服姿の奏介が腕組みをして立っていた。

 彼はゆっくりと近づいてきて、駒込の顔を見る。

「無能とか言ってますけど、山田弁護士は普通に仕事してましたよ。俺の良くない行動を洗い出して、そこを的確に突いてきましたし。」

 駒込は怪訝そうな顔をしていたが、

「……あぁ、もしや君が菅谷奏介君? 素行が悪い問題児だと聞いているよ」

 見下すような言い方である。

「聞いてる? 弁護士って聞いたことで物事を決めるんですか? 普通調査して俺と土岐先生の間に何があったか調べてから物を言うでしょ。俺が本当に問題児だったら、懲役なんかつかないですよ。懲役刑になったのは山田弁護士のせいというより、あの人が問題ある先生だということです」

「君、同級生を切りつけたことがあったらしいね。それだけで充分問題児さ。理屈をこねていても、その事実は変わらない」

 そこを重点的に攻めるつもりのようだ。自信満々なのは、過去に奏介自身が傷害事件を起こしていたという事実があるから。

「確かに。でもまぁ、論破済みなので無駄ですよ。というか、さっさと土岐先生とお話をしてこの件について理解を深めてはどうですか。こんな道端で同業者煽るって暇ですよね。小学生ですか?」

「!! ……ま、まあ。法廷で会うのを楽しみにしているよ」

 駒込は顔をやや赤くして、勾留所へと入っていた。

「……君、なんでここへ」

「まぁ……偶然です」

 なんとなく思うが、偶然ではないのだろう。

「いや、その、助かったよ。我ながら、頭に血が上って手を出すところだった」

「そうなんですか? 冷静に見えましたけど」

「いいや」

 山田弁護士は額を押さえため息を一つ。ついつい、先程の土岐とのやり取りを話してしまう。

「あー……。まぁ、土岐先生らしいですね。あんまり気にせず、次のお仕事頑張って下さい」

「あ、ああ」

「気を落とさないで下さいね」

 奏介はそう言って、去って言った。

(もしかして、裁判で負けたことをフォローしに……?)

 事務所に戻ると、菅谷奏介から電話が入っていたと知らされた。秘書が受けたらしい。

 やはり、フォローだったようだ。

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