第217話姫の会社でハラスメントに反抗してみた〜錦部長ルート〜
217話と、216同時更新です!
待ち合わせの駅で姉の姿を見つけ、奏介は歩み寄った。
「あ、奏介」
「あれ、早いね。まだ待ち合わせの時間」
「ええ、早く着いちゃったの。呼びつけて悪かったわね」
姫はそう言って笑い、
「じゃあ、行きましょっか」
少し前にあったカゴマツ転売ヤー事件の解決をしたということで、姫がお礼に昼ご飯を奢ってくれるらしい。最初に話を持ってきたのは姫だが、結局奏介自身が巻き込まれたので、代わりに解決したという認識はなかったのだが。
「お礼なんて気にしなくて良いのに」
「そうは言ってもあたしは手間が省けたのよ?」
「ああ、なるほど」
「こっちよ」
駅から離れて歩くこと十分。オフィス街に入った。
「この辺にお昼食べるところあるんだ?」
「ここよ」
やはりオフィスビルである。看板には企業名が書いてあるわけだが。
「姉さんの会社?」
「うちの社食、一般開放してるのよ。わざわざ平日のお昼に呼んだんのはそういうわけよ」
今日は桃華学園のPTA総会が開かれるため、午前中だけ授業だったのだ。
「一般開放か」
姫に連れられて、一階奥の食堂へと行く。
「! カフェ?」
社食と聞いていたので、日替わり定食やうどん、カツ丼、カレーなどのメニューを想像していたのだが違った。
内装はログハウスのような壁、おしゃれなデザインの椅子やテーブル、日射しが射し込む窓の外にはテラス席も見える。そしてオムライスセットやパスタセットなど、レストランのようなメニューが並んでいる。
「社食にしては良いでしょ?」
「あぁ、うん。雰囲気がお洒落」
姫に連れられて、中へ。ほとんどスーツ姿の男女なのだが、意外なことに、子供連れや制服の高校生、大学生らしき若者までちらほらと。一般開放されているというのは本当らしい。
「何が良い? 好きな物食べなさい?」
「じゃあ……」
社食らしく、食券を買っての注文となるようだ。
「チーズオムライススープセットで」
メニュー看板に『newメニュー』とある。
「二種類のチーズがチキンライスの上でとろける。半熟卵のオムライス……美味しそうね」
姫はしばらく考えて、
「あたしは二種のピザセットにするわ」
やはり、全体的にお洒落なカフェ風のメニューである。
食券を購入して、カウンターで受け取り、着席する。長テーブルに向かい合う形で椅子が並べられていた。居合わせた人と半相席である。
「奏介の美味しそう~。オムライス一口!」
「いや、子供?」
「ピザ一切れちょっとあげるから一口交換しましょ」
姉弟でそんなやり取りをしていると、
「菅谷君? そちらは?」
後ろ斜めに座っていた中年男性が唐揚げ定食を食べながら聞いて来る。
「部長、お疲れ様です。弟なんです。今日、食堂が一般開放の日だったので」
「ああ、そうなのかい」
「こちら、
奏介は頭を下げる。
「いつも姉がお世話になってます」
「あはは、菅谷君には私の方がお世話になっているんだ」
「部長、弟にお世辞しなくても良いですって」
関係は良好のようだ。
「デザートメニューも豊富だから、ゆっくりして行くと良い」
「はい」
と、錦部長の横に少しふくよかな女性が立った。
「部長、あたし、来月から早めに産休に入りたいんですけど」
錦部長は目を瞬かせる。
「あ、ああ。つわりが酷いと言っていたかな? やはり体調が良くないのかな?」
「見ればわかりません? もう七か月だしお腹が大きい中、仕事すんの大変なんです」
「あ、ああ。それは構わないんだが、君が中心にやっていた企画は後任を探さなければならないな。誰かいそうかい? 君が信用できる人を探してもらえると助かるんだが」
女性は眉を寄せる。
「は? 大変だって言ってるのになんであたしが探さなきゃならないんですか。それって部長の仕事でしょう? マタハラですよ」
マタニティハラスメント。妊婦の女性に対しての差別や暴言などをそういうらしい。
「い、いや。そういうつもりじゃ」
「マタハラで訴えますよ? 妊婦にそういうこと言って良いと思ってるんですか?」
「す、すまない。配慮が足りなかったよ」
女性は、鼻を鳴らす。
「この件、社長に言わせてもらいますので」
姫はむっとして、
「奏介、デザート食べたくない? 奢ってあげる」
その言葉の意味は分かった。このままでは課長にあることないこと言われて、問題にされてしまうかもしれないだろう。
なんとなく小学生の頃を思い出した。理不尽な決めつけは、人を傷つける。
「姉さん」
「ん? どしたの」
「妊娠とか以前に仕事を投げ出すのって社会人としてどうなの?」
「そりゃ終わってるでしょ」
女性は、はっとした様子で奏介を睨む。
「はあ? なんなの、あんた」
「いや、すみません。やってた仕事を引き継ぎしてほしいって言われたのにハラスメントって、自意識過剰だなって思って」
「あたしは妊娠してんのよ!?」
「こら、奏介? ダメよ、妊婦さんにそういうこと言うのは。そりゃ妊娠してるから何しても良いって勘違いしてて、ヤバいけど」
「とりあえずマタハラって言っとけば仕事サボれるとか思ってるんだね」
「しーっ、ほんとのことを言うと訴えられちゃうわよ。ほら、またマタハラって言いそうだもん」
「こわ……」
顔を引きつらせる女性。
と、錦部長がため息を一つ。
「分かったよ。君任せにして悪かった。後任は私が探すから。ゆっくり休んで元気な赤ちゃんを産んでね」
錦部長は穏やかな口調でそれだけ言って、昼食に戻った。
「く……ぐぐ。訴えます! 絶対にっ」
と、周りの社員がひそひそと。
「めちゃめちゃ偉そうだよな」
「俺も言われたよ。仕事頼んだらマタハラ~とかって」
「他にも妊婦さんいるけど、あの人はマジでやばいよね」
居づらくなったようで、肩を震わせながら食堂を出て行った。
錦部長が苦笑い。
「君、随分と思い切るな。私なら絶対に言えないよ」
「俺、あの人と関係ないんで言っちゃいました」
「菅谷君、君は思いっ切り便乗するからハラハラしたよ」
「あはは、ついつい」
「でも、助かったよ。お礼は、言えないけどね。これからはもう少し気をつけるよ」
錦部長はさらっと奏介達にデザートを奢り、仕事へ戻って行った。味方がたくさんいそうなので、心配ない、と思いたいものだ。
帰り道。姫に駅へ送ってもらった。
「それじゃ、気をつけてね」
「ああ、うん。……難しい問題だね」
「そうね」
姫はうんうんと頷いて、
「色んな人がいるし、ハラスメントは逆もあるしね。どっちが正しいのか」
「俺は、さすがに分からないけど」
「良いのよ。あたしも当事者じゃないしね」
そこで、姫と別れた。
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