第212話晒すために同窓会に呼んできた元クラスメートに反抗してみた おまけ2
「もう始まっているな」
腕時計を確認すると、同窓会開始から十分ほど過ぎていた。二十分遅れると事前に言ってあるので問題はない。
今日は以前担任をした四年クラスの集りである。この年のこのクラスは本当に仲が良かったと記憶している。
部屋へ案内される前にトイレへ行くことにした、のだが。
「ん?」
奥から歩いてくるのは高校生らしき少年だった。何やら不機嫌そうにホテルを出て行った。
「……はて」
横顔で数秒だったので、思い出すまで至らなかった。自分の生徒だったような気もするが。追いかけようかどうか迷っているうちに、彼はいなくなってしまった。
トイレで考えること数分。諦めて同窓会会場へ。
「遅れて悪かったな」
会場へ入ってそう言うが、久しぶりに会う生徒達の表情は暗くとても静かだった。
「……?」
と、近くの生徒が声をかけてきた。
「あ、先生、久しぶりっす」
「せんせー、かわんないね……」
死んだ目で言われ、疑問符が止まらない。
招待者である上嶺の姿を見つけ、歩み寄る。
「上嶺、せっかく呼んでもらったのに遅れてすまなかったな」
「……どうも」
何やら不機嫌の様子。何か別のことに気を取られているようだが。
「あの、先生の席、そこですよ。何か飲みますか?」
上嶺に近い席を指でさしたのはリリスである。少し慌てた様子だが、笑顔だ。
「あ、ああ。じゃあ烏龍茶を」
注いでもらい、一口。
改めて会場内を見回す。
「……それで、どうしたんだ? この雰囲気は」
「え? ああ、まぁ……」
リリスは目を泳がせる。すると、徐々に料理が運ばれ始めた。
「それより、食べましょう。サラダ取りましょうか?」
「あぁ、ありがとう」
持竹はそう答えてから、床に落ちているスマホに気づいた。
「ん……?」
それを拾い上げる。画面は暗くなっていた。
「落とし物か」
と、リリスが小皿に取り分けたサラダを持竹へと差し出す。
「先生、これどうぞ。ドレッシングは……」
リリスはそう言いかけて黙った。
「悪いな、檜森」
「……はい」
「これ、落とし物みたいなんだが、誰のか分かるか?」
リリスは無表情で首を横へ振った。
「そうか。上嶺、このスマホ」
「先生っ」
上嶺が怒りの形相でテーブルに手を着いた。
「ど、どうした?」
「あいつに会いませんでしたか」
「あいつ?」
「菅谷ですよ、菅谷」
「菅谷……」
持竹は少し考え、思い出すと同時に先程の少年の顔が浮かんできた。
「あぁ、あいつか」
持竹にとって、奏介は不思議な存在だった。仲の良いこのクラスでの彼は、かなり浮いていた上に、誰とも喋ろうとしない。何度か声をかけたが、何も話してくれなかった。そうかと思えば、例のロッカー閉じ込め事件である。皆に閉じ込められたと訴えた彼だったが、ここにいる生徒全員、つまりクラスメート達に話を聞くと、一様にそんなことはしていない、と。閉じ込め自体は事故で、友達のいない彼が気を引くために大袈裟に言ったのだろうと解釈された。
持竹は少し考え、
「そういえば、最近、土岐先生が暴力事件を起こしてしまったんだ。その殴った相手がどうやら菅谷だったらしいんだが」
同じ小学校教師、噂で聞いたのだ。昔の教え子に手をかけてしまったらしい、と。
上嶺と女子二人は目を丸くして顔を見合わせた。
会場内がざわつく。
「ねぇ、今の感じだと土岐先生、正当防衛だったんじゃない?」
「あ、あり得る……」
どうやら菅谷奏介はこの場でとんでもないインパクトを残して行ったようだ。
「本当に、ここで何があったんだ?」
「呼んでもないのに、いきなりここへ入ってきて、暴言を吐いたんです。なぁ?」
女子二人が力強く頷く。
「楽しい雰囲気を、ぶち壊して」
「そうそう。しかも、上嶺君に謝罪して土下座しろとか酷いことを言って」
「小学校の頃の話を引き合いに出して、キレまくってたんです!」
言いたい放題である。
リリスは持竹の持つスマホを無表情で見つめ、ふうっと息を着いた。
サラダのレタスを口へ。
むしゃむしゃ。
「たまには素材の味も、美味しいですね」
ぽつりと呟いた。
奏介の握っていたスマホ、そのケースが音を立てて破壊された。デザートタイムだったお昼メンバーがざわつく。
「そ、奏ちゃん?」
「どうしたのよ……ってなんとなく分かるわ」
戸惑う詩音と肩を落とすわかば。
「あれだね。電話の向こうで悪口大会開かれちゃってるね?」
「ええ、そんな感じするわ」
納得の様子のヒナとモモ。
「地雷を踏み抜かれたってところかい
?」
「本人いなけりゃなんでも言えるしな」
苦笑気味の水果と真崎。
奏介は控えめに深呼吸した。
「言い返せない腰抜けがキャンキャン吠えてる。……これは懲りてないだろうね」
奏介は通話を切った。これでロックがかかった。パスワードを入力しなければ個人情報がもれることはない。
○
同窓会終了後、持竹はもんもんとしながら駅への道を歩いていた。どうやら菅谷奏介は当時のロッカー事件を引きずっているらしく、乗り込んできて上嶺を罵ったらしい。
「不良になった、ということか?」
その場に居合わせたら止められたのにと悔やまれる。
と、前方に先程思い出した顔を見つけた。道に立ってこちらを見ている。
「す、菅谷」
まったく不良には見えないが。
「上嶺達に聞いたぞ。同窓会会場で暴れたらしいな。そういうことは」
「先生って生徒を信じすぎることありますよね」
静かに言われ、持竹は眉を寄せた。
「ん?」
「まぁ、多数決で多い方を、ですし、俺の話はあんまり信じてなかったみたいですけど。ロッカーの件とか」
「ロッカー、か。あれはお前が隠れんぼで遊んでいて、入って閉じ込められたというだけだろう。あまり大袈裟に騒いだから」
「んなわけないでしょ」
冷たい目だった。
「頭大丈夫ですか?」
奏介は頭を人差し指でトントンする。
「クラスで浮いてるのに皆で隠れんぼで遊ぶはずないでしょ? それにロッカーから出られないって、あいつらが出られないように何かしたんですよ」
「し、しかし、皆何もしてないと言」
「皆ぐるで嘘ついてるに決まってるでしょ。皆で口裏合わせて俺をいじめて楽しんでたんですよ。その可能性を疑わない時点でどうかと思いますけどね。ああ、そうだ。今日の同窓会」
奏介は招待状を取り出した。
「呼び出しておいて、席がないから帰れって言われたので、あの無能上峰を罵倒したんです。持竹先生、人を疑うことも覚えた方が良いですよ」
冷ややかに言って、奏介は背中を向けた。
「……っ!」
正論だった。気弱だった彼にここまで責められるとは思っていなかった。持竹は気づく。手が震えていた。
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