第213話番外編 土岐ゆうこ元教師after3
土岐ゆうこの刑事裁判の日が明日に迫っている。
事務所にて。山田弁護士は事務所の机につき、遅くまで準備をしていた。
「刑事裁判は……執行猶予を付けられるかどうか、だな」
現時点で相手生徒家族との示談は成立していない。しかも強い処罰感情がある。そして、山田弁護士は小さくため息を吐いた。
まとめた資料をしっかりとカバンに入れ、帰路につくことにした。
桃華学園生徒暴行事件の刑事裁判の日。
山田弁護士は裁判所の前に立ち、ため息を吐いた。
どうしようもなく勝てる気がしないのだ。
「憂鬱そうですねー」
「ええ、負け戦で……!?」
はっとして横に立った人物へ視線を向ける。
「こんにちは、山田さん」
にっこりと笑う若い女性の姿が。
「は……」
一瞬誰だか分からなかったのだが。
「ああ、すみません。あたし、菅谷姫です」
「菅谷……。あ、菅谷奏介さんのお姉さん、ですか」
直接訪問することを拒否されてしまったので、結局電話でしか話したことがない。
「今日、うちの弟をよろしくお願いしますね。あたしは傍聴席にいるので」
姫は笑顔で手を振りながら、裁判所の中へと入って行った。
とんでもなくお怒りなことは分かっているので、笑顔は恐怖でしかない。
〇
数時間後。裁判が開廷した。
土岐と共に席に着くと、検察側と向かい合う形になる。検察官の隣には、腕組みをした菅谷奏介が堂々と座っていた。
(被害者参加制度、か)
本来なら、弁護士である自分、被告人である土岐ゆうこ、そして検察官と共に進めていくのだが、相手生徒本人が参加することになったらしい。
(土岐さんが平静でいられる気がしないな)
土岐は、相手の名前を出すだけで錯乱するようになってしまった。この場で暴言を吐きまくろうものなら、圧倒的不利になるだろう。逆に精神鑑定をされるかもしれないが。
隣の土岐を横目で見ると、物凄い形相で奏介を睨んでいる。
「とにかく乗り切らなければ」
山田弁護士は小さく呟いた。
まず、ここにいる土岐ゆうこがこの事件の被告人で間違いないか確認。次に罪状の読み上げ。これから諮る審議の内容を丁寧に説明される。
冒頭陳述が行われ、事件の流れが明らかにされた。
そして、検察側立証。
検察官が資料を見ながら、壁にかかったモニターのリモコンを操作する。モップと奏介が使っていたスマホが映し出される。
「物証は暴行前に被害者が録音していたスマホと、暴行に使ったモップです。殴打した時に散った血液がついています。録音した内容ですが」
音声が流れ始める。
『あなた、退学にするわよ!?』
『お気に入りの石田クンの言葉を信じて、俺を問題児の犯罪者扱い。クラスを巻き込んでいじめ倒してくれたよな?』
『あれはあなたの問題行動でしょ!? カッターで石田くんを切りつけたじゃない』
『石田クンにカッターを突きつけられた俺は怖くてとっさに反撃したからそういう結果になったわけだけどそんなのは関係ないと?』
問題になりそうな部分が延々と流される。
隣の土岐はぎりぎりと唇と歯を噛み締めていた。
「被害者は過去にいじめを受けており、被告人は率先して他の子ども達を焚きつけていました」
モニターに映るのは落書きだらけの上履きや教科書ノートである。
「こうした行為を見過ごした上に、今回もいじめ目的で被害者に近づき、自らの手で暴行した」
過去のいじめの証拠まで持って来て、暴行は計画性があり、殺意があったと主張されてしまった。
いよいよ来た弁護側立証。
「過去のいじめは事実であります。しかし、今回被害者に声をかけたのは過去のトラブルから、彼の学校生活を心配し」
資料を読みながら、我ながら苦しい主張だと思ってしまう。
「また、直前に挑発的な暴言を浴びせられ、我を忘れたと証言しています。到底、教師に向かって使うべきではない言葉もありました」
殴られる原因は奏介の方もあった、よって刑罰の軽減を望むと伝え、終了した。
次は被告人の主張。
証言台に立つ土岐。
「彼は、過去に障害事件を起こしています。同級生をカッターで切りつけたのです。そんなことがあったので、彼に指導が必要だと思い、声をかけました」
どうにか冷静に証言を終えることが出来た。作戦通り、過去のカッター切りつけ、直前の挑発的暴言を強調して喋らせた。
次、問題の被害者の主張だが。
証言台に立つ、奏介。
「僕がクラスメートをカッターで切りつけてしまったことは事実ですが、その時、殺してやると言われたんです。胸元に向かって、カッターを突き出して走ってきました。死ねーと叫びながら。きっと、反撃しなかったら、あの場で殺されていたと思います。そんなクラスメートを土岐先生はかばったんです」
土岐がばんとテーブルに手をついて立ち上がった。
「っ、土岐さん。今はあなたの主張する時ではないですよ」
慌てて山田弁護士が声をかける。
「嘘ですっ、そんな事実はありません!」
黙っていた裁判長が迷惑そうに土岐を見る。
「静粛に」
ちらっとこちらを見た奏介は口元に笑みを浮かべていた。
(!)
山田弁護士はぞくりと悪寒を覚えた。そして、直感で悟る。
嘘なのだろう。きっと本当にそんな事実はない。脚色だ。
(審議の場で、堂々と嘘を)
バレようがない嘘だった。何せ、否定する材料がないのだから。
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