第204話優先席を陣取って妊婦さんに暴言を吐く若者達に反抗してみた1

 とある日の放課後。

 奏介は昇降口の靴箱でヒナ、モモと顔を合わせた。

「あれ?」

「ん?」

 不思議そうにする二人。

「風紀委員は? わかば一緒じゃないんだね」

「あぁ、橋間は今日休んだ先輩の代わりに見回りグループについて行ったから」

「あ、そういうことなんだー。ボク達もわかば待ってたんだけど」

 モモが頷く。

「先に帰ってって連絡が来たから帰るところなの」

「あぁ、そっか」

 真崎、詩音、水果は先に帰ったので、奏介も一人だ。

「じゃあ、三人で帰ろっかー」

「あぁ、そうだな」

 頷きあう奏介とヒナ。そんな様子に、

「あの……」

 モモが控えめに挙手をした。

「どしたの、モモ」

「良かったら近くのペットショップ寄っていかない? わたしが買い物したいだけなんだけどその……」

 言いづらそうにもじもじ。そんな様子に、奏介は首を傾げるが、ヒナは、はっとしたよう。

「モモ、接客されるのが苦手なんでしょ?」

「ええ、うさぎ専門のペットショップで品揃えが凄く良いんだけど、店員さんが良すぎるくらい良い人で」

 比較的小さな店なのだろうか。ぴったりくっつかれて過剰に声をかけられるのはモモにとっては苦手そうだ。

「俺は特に用事もないから付き合うよ」

「ボクも行くー! うさぎたくさんいるってことでしょ? 見たいなー」

 図らずともこのメンバーでうさぎ専門ペットショップへ行くことになった。

 ショップは駅の少し先にあるらしく、バスで行くことになった。

 学校前停留所でバスへ乗り込むと、すぐに『ギャハハハ』という下品な笑い声が聞こえてきた。見ると、バス車内通路の真ん中辺りの横向きの席、いわゆる優先席に陣取っているのは派手な恰好の若者達。大学生くらいだろうか。荷物を席に置き、楽しげだ。周辺の人達は迷惑そうにしながらも何も言えないよう。運転手がさり気なく『車内ではお静かに』的なアナウンスをするが聞いていないよう。

「あー。はぁ……」

 ヒナがうんざりしたように肩を落とす。

 立ち乗りをしている人の中には老人もいる。ちらちらと優先席を見ているが、諦めているよう。もちろん、奏介達も立ち乗りなので、譲りたくても譲れない。

 出発すると同時に、近くの女性が老人に気づいて席を譲っていた。少しほっとする。

 と、次の停留所、今度は少しお腹が大きい女性が乗り込んできた。明らかに妊婦だろう。

 さすがにと思ったのか進行方向へ向いている席に座っていたサラリーマンが譲ろうとすると、女性は何やら困ったように首を横に振り、謝っているよう。

「……お腹が大きいから、狭い席は無理なのかも知れないわね」

「そっか……こういう時こそ優先席だよね」

 モモ、ヒナが小声で言う。妊婦は一縷の望みをかけてか、奏介と背中合わせに立った。優先席の前である。やはり気になってしまう。

「でさぁー! なぁ? ……って……んあ?」

 自分達の前に立っている妊婦に気づいた若者達が冷たい視線を向ける。

「ただのデブが座りたくて見てくんだけど、怖くね?」

「え」

 妊婦さんの表情が引きつる。

「キッモ。デブババアうぜー」

「……!」

 思わぬ暴言に妊婦の体が震えている気配。車内の雰囲気が非常にピリピリしている。しかし、代わりに言い返す者はいない。この状況では無理もない。他人のために厄介そうな奴らと関わりたくないだろう。睨んでいる人はいる。

 いっそ暴力でも震えば色んな意味でボコボコに出来るのに。暴言とは最悪の凶器だ。

「退けよ。見んなっての」

「そ、そんなつもりは」

 震え声。と、バスが揺れた。

「きゃっ」

 妊婦さんがバランスを崩したので奏介が慌てて、背中を支える。

「だ、大丈夫ですか」

「あ、ありがとうね」

「顔が青いですよ?」

 あまり体調が良くないのか、暴言でショックを受けたのか。

「いや、その」

「次降りましょう。俺、一緒に行きますから」

「そうした方が良さそうだね!」

「押すわね」

 モモがすぐに降車ボタンを押す。奏介達の行動でほっとした客が多いようだ。

「でも」

「大丈夫ですよ。駅まですぐですし」

 奏介はさり気なく妊婦さんの背中を押して、若者達から遠ざける。

「お腹大きいと大変ですね」

 すかさずヒナが笑いかける。

「あ、ああ、そうなの。免許ないから車の運転が出来ないから」

「あ、免許って大事なのね」

 モモが何やら、はっとしたよう。確かに車の方が安全に移動できそうだが、この状態ではどうなのだろう。

 奏介は小さくため息。後ろから刺すような視線が。

(何も言い返してないってのに)

 行動が気に食わないのだろう。

「ガキがデブ庇って悦に入ってんのウケる~」

「俺、良い奴! とか思ってそう」

 挑発。

 奏介は反応せず無言。ヒナの視線が鋭いが奏介と視線を交わしてから頷いて無表情に。モモは妊婦さんに話しかけている。

 若者達はその態度がさらに気に食わないのか、睨みつけられている気配。

「クソキモオタクが良いことした! とか思ってんだろうなー」

「頑張って勇気を出してんだろ? キモすぎ」

 奏介はついに振り返った。

 獲物が挑発に乗ったとにやりと笑う若者達。

「んだよ、なんか文句でもあんのかー? あぁ?」

 奏介はにっこりと笑って、腰を低くした。唇に指を当てる。

「お兄さん達、バスに乗れて楽しいのは分かるんですが、ちょーっと静かにしましょうね? 公共の乗り物ですから、お口にチャックです。分かりますか? ママやパパ、学校の先生に言われたことありますよね? 元気なのは凄く良いことですけど、他の人の迷惑になっちゃいます。ちょっとの間なので我慢しましょう。ね?」

 穏やかな口調で言われ、若者達はポカーン。

 乗客達の中には奏介の言い方に笑いを堪える者もいた。

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