第203話辞めたい会社を辞められない人の上司に反抗してみた3

 これだけ騒いでいたというのに、警察の登場で上司二人は面食らったらしい。

「な、なんだそれは。私達が何をしたと言うんだ」

「そうだ、巻崎がふざけたことを言うから話をしに来ただけだろうっ」

 奏介は、彼らに引き気味の警察官への視線を向ける。これだけ怒鳴り散らしていたら当然だろう。

「こんな感じでわけのわからないことを言って、突っかかって来たんです」

 若い警官が一歩前へ。

「少し落ち着いて下さい。ご近所に迷惑ですから」

 すると年配の警官が奏介、高平、巻崎を見た。

「彼らと君達の関係は?」

 奏介は自分で説明しようとしたが、途中で止めた。

「巻崎さん、あの人達と知り合いなんですよね」

「あ、ああ。そうです。退職を申し出た会社の上司で」

「上司、ですか」

 巻崎はぎゅっと拳を握り締めた。

「いえ、元上司です。恥ずかしながら第三者の方を通して辞表を提出したのですが、会社を辞めるなと家に来られて、脅されていました」

「な、なるほど」

 警察官は頷いて、若い警官に耳打ちする。それから頷き合うと、彼ら二人にゆっくりと近づいて行く。

「事情はお聞きしました。ここでは他の方に迷惑かかりますので、交番まで行きましょうか? 巻崎さんとは後日落ち着いてお話して下さい」

「なんで、そんなことをっ」

 年配の警察官が、懐から警察手帳を出して見せる。

「ご同行お願いしますね」

 あくまで穏やかな口調だが、つまりこれは命令だと。

 さすが国家権力だ。相手は一般人ではないとすぐ認識できたのか、二人が大人しくなる。

「では行きましょう」

 警察官達は巻崎の連絡先も聞いて、彼らを連れて行ったのだった。



 〇



 とある会社の課長である片舞かたまいはイライラしながら家を出た。早朝の朝日の眩しささえも、イライラを増長させる。

「今日はさっさと帰ってきなさいね」

 いつもは穏やかな妻が少し、不機嫌そうに玄関に来る。

「行って来る」

昨日は散々だった。警察から妻へ連絡が行き、迎えに来させられたのだ。

 この年になって「人様に迷惑をかけるのは止めなさい」と怒られた。

自分が悪いわけではない。自分勝手に辞めようとした巻崎が悪なのだ。社会人としておかしいだろう。警察にもその話をしたが、そうだとしても家に押しかけて暴言を吐くのは迷惑だと諭された。

 片舞は車に乗り込み、舌打ちをした。今まで従順だったくせにいきなり反抗し始めた巻崎に腹が立ってしかたがない。

「くそがっ、無能のくせにっ」

 どうにか気持ちを落ち着けて、車を走らせ、会社へ。


数十分後。

 片舞は部長の筋間すじまと共に社長室の机の前に立たされていた。会社へついてすぐに呼び出され、今に至る。

「さて。警察から連絡があってね。総務部の巻崎君の家へ押しかけて、暴言を吐いたそうじゃないか。社員の指導をするようにと厳重注意を受けた。……君達の仕事の速さは評価しているが、会社での揉めごとを社外へ持ち出した上に警察の厄介になるのは如何なものか。こういうことをいうのは好きではないが、うちの会社の名前に泥を塗ったんだ」

「……申し訳ありません」

 メガネがずり落ちた筋間が小さな声でそう言う。

「申し訳ありませんでした。しかし、巻崎が突然辞めると言いだして引き継ぎもなく休みはじめたんですよ。これに関して文句を言ってはいけないのですか」

 社長は肘を立て手を組む。

「その件だが、巻崎君の奥さんが診断書を持って来てね。ストレス性の胃炎を発症しているそうだ。労基からサービス残業について問い合わせを受けた。巻崎君は毎日深夜まで仕事をしていたそうじゃないか」

 社長は目を細める。

「その上で、巻崎君を脅したと。褒められたことではないな」

「ざ、残業は巻崎が勝手に」

「過剰な残業は禁止だ。ましてや深夜までやらせる上司がいるか。終わらないなら責任を持って手伝いたまえ」

「か、彼は仕事が人より遅いんです。そんな人間を手伝うだなんて。サービス残業なんか当然でしょう。社長が思うより、使えない人間なんですよ。要らない存在なんです」

「ほう、ならばそれを気にした彼が辞表を提出したわけだな? 身の程をわきまえているじゃないか。だったら、何故家に押しかけて辞めるななどと怒鳴り込んだんだね?」

「うぐ……」

「いい加減にしたまえよ。君たちは一体何歳なんだ?」

 バンと社長が机を叩く。

「しばらく謹慎を命じる」

 無期限謹慎決定。



 そのまま帰宅を命じられた片舞。

 家へ着くと、朝より不機嫌な妻が出て来た。

「ねえ、巻崎さんの奥さんから電話が来たわよ」

「な、何?」

 巻崎の妻が? 会ったことなどないが。

「あなた、奥さんやお子さんにも暴言を吐いたんですって? 人の家庭になんて失礼なことをしてるのよ。本当にっ」

「し、してないっ、するわけないだろう」

「奥さん、とんでもなく怒ってたわよ。裁判も辞さないと伝えて下さいと」

「なっ……」

 攻撃を受けている。そう感じた。成り行きでこうなっているのではなく、明らかにこちらを陥れようと動いている人間がいる。

「なん、なんだ」

 しかしながら、今までやってきた事を責められているのは事実だ。言い逃れ出来る自信がない。

 片舞は力なくがっくりと肩を落とした。





 奏介はバイト先の休憩室でスマホをいじっていた。退職の手続きのため、休んでいる巻崎から届いたメールを開く。

「無期限の謹慎か。後は……俺が会社に直接苦情入れておくか」

 とりあえず、やれるだけダメージを与えておきたい。

「うーっす。ん? 何してんだ」

 高平だった。

「休憩中。あ、そうだ。高平さ、巻崎さんの上司達の会社に苦情入れといて。この前の騒ぎの件で」

「んん? 巻崎さんちの前で騒いでた時のことか」

「うん。近所の人のふりでもしてね」

「あー……。まあ、良いけど、畳みかけるな」

「心折っておかないと反省しないしな。人をいじめて調子に乗ってる奴が一番嫌いなんだよ」

 すっと青ざめる高平。

「いや、まあ、了解しました」

「なんで敬語?」

「生きててよかった。社会的に」

 高平は生きる喜びを噛み締めたのだった。

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