第205話優先席に陣取って妊婦さんに暴言を吐く若者達に反抗してみた2
みるみるうちに顔を赤くする若者達。それから、凄まじい鬼の形相。
「てんめぇ、馬鹿にしてんのかっっ」
物凄い怒声が車内に響き渡る。
ここは公共の場だ。汚い言葉での言い合いはしない。以前の痴漢被害の生徒を擁護した時は相手が(あれでも)大人だからまぁまぁ静かな言い合いになって良かったが、目の前の彼らはやはり成熟し切ってない。
この対応に乗ったら負けだ。この場で喧嘩するのは良くない。
「しーっ。静かにしましょう」
奏介は少し慌てた様子を演じて、
「あのですね、余計なお説教とかしたくないんですが、誤解がないように言っておくと、こちらの女性は妊婦さんなんです。女の人は赤ちゃんを産めるんですよ。だから、食べすぎて太ったとかじゃなく、お腹には赤ちゃんがいるんです。でも、どの女の人にもデブはだめですよ? そう言われたら相手の人がどう思うか分かりますよね? 分かっていてやってるんでしょうけど、お兄さん達は高校生の俺より年上に見えるので、もう少し考えて喋りましょうね。あと、必ず席を譲れとは言いません。でも、何もしてない人に人を傷つける言葉をぶつけるのはやめましょうね?」
穏やかな、やはり子供を諭すような言い方は、若者達の神経を逆なでするようだ。
「この野郎……。バス降りたら、面かせや」
「良い度胸だよなぁ? お前だけじゃねぇ、お友達もどうなるか分からねぇぜ」
「逃げんなよ、顔、覚えたかんな」
ドスの利いた声で言われ、奏介は目を瞬かせる。
「俺、何か怒られるようなことしましたかね?」
惚けたように首を傾げる。
「バカにしてんだろうがっ」
「いや、俺のことをオタクだのなんだの言ってきたのはそちらでは?」
「本当のことを言って何がわりぃんだよ、ああ?」
「あー、まぁ、そうですね。はいはい」
奏介は疲れたように肩を落とす。その態度に、彼らの表情がピキッと歪む。
「ねぇねぇ」
ヒナが肩をつんつんと突いてきた。
「ん?」
「本当のことを言ったら駄目な時もあるって分からないんだから仕方なくない?」
「まぁ、仕方ないかもな。こういう人がいる場所で大声あげて本当のことを言わなきゃ気が済まないって子供がスーパーで駄々こねるのと一緒だよな。何歳なんだか」
「こ、この野郎」
顔が真っ赤である。煽り耐性ゼロだ。
と、バスが停車した。
「さ、降りましょうか」
奏介は顔を赤くして睨みつけてくる二人を鼻で笑い、妊婦さんを庇いながら停留所へと降りる。
意外にも追いかけては来なかった。とっさに動けなかったのかもしれない。
バスのドアが閉じ、奏介はほっと息をついた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
妊婦さんは戸惑いながらも頷く。
「あんな奴らのこと気にしちゃ駄目ですよ!」
ヒナが力説。モモも力強く頷く。
「ありがとう。……でも、あの人達、あなた達のことを」
彼女が心配していること、それは。
「大丈夫ですよ。想定通りなので。……元気な赤ちゃん産んでくださいね」
にっこりと笑う奏介の手には、スマホが握られていた。
数十分後。
大学生の
「クソがっ」
思いっ切り蹴ったのは古い木製のベンチである。先程のバス内での出来事、凄まじい怒りで頭が回らず追いかけることが出来なかったが、馬鹿にしてきた高校生達の顔は覚えている。
「ただじゃおかねぇ。あの制服は桃華だよな?」
「あぁ、間違いない」
通っている学校が分かっていればこちらのものだ。近くで待ち伏せ、人気のない場所へ連れ込み、締める。喧嘩が強いようには見えなかった。一度こちらのペースに巻き込めば、泣いて謝罪してくるだろう。そこをボコボコにする。見附はギリリッと歯を鳴らした。
「許さねぇからな、クソガキオタク野郎」
見附達は知らなかった。ネット掲示板の片隅、ひっそりと立ったスレッドに妊婦や高校生に怒声を浴びせて 絡む自分達の動画が貼り付けられていたことに。
翌日。
早速、桃華学園に行くことした。早い方が良いだろう。
「門の前で吊し上げても良いな」
「あぁ、騒いで周りの奴らの評判落としてやろうぜ」
本人だけではなく、その他にも絡んていく。連帯責任を身を持って教えてやるのだ。
桃華学園近くの細い路地に潜み、正門を観察する。授業を終えた生徒達が一斉に飛び出してきた。
「あのオタク面は忘れねぇからな」
恐らく顔を見れば一発で分かるだろう。生意気な高校生の表情が後悔に歪むのが楽しみだ。
と、その時。路地の入り口に誰かが立った。
「見附さんに、瓜田さんですよね?」
知らない相手に名前を呼ばれ、ビクッと肩を揺らした。
「は……?」
「な、お前」
奏介は薄い笑みを浮かべている。
「桃糠大学経済学部二年生で二十歳の見附さんに瓜田さん?」
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