第200話 番外編 騒音苦情男after2

 眉を寄せるナノ父。

「迷惑? 被害妄想が激しいな」

 鼻を鳴らす彼はまったく気にしていないようだ。奏介は谷沢川を見る。

「谷沢川さん、隣に住んでるんですよね? 騒音があるって言ってませんでした?」

 谷沢川は、はっとした様子で、

「あ、ああ。毎朝毎朝、ガキの声がうるせぇんだ。こっちは夜勤帰りだってのに、勘弁してほしいぜ」

「夜勤? まともな職業とは思えないな」

「この人、こう見えて警備員らしいですよ」

「らしいじゃねぇんだよ。俺の仕事は警備会社に所属する警備員だ。こっちは夜中働いてんだぞ?」

「勝手な言いがかりだろう。迷惑などかけていない」

 奏介はむっとする。

「迷惑かけてないかどうかはあなたが決めることじゃないでしょ。なんか随分偉そうですけど、隣の人がうるさくて迷惑だって言ってんだからそうなんですよ。この分だと、左隣りや下の人も迷惑に思ってそうですよね」

「だからなんだと言うんだ?」

「ナノさんは、素直で良い子ですけど、わざわざ子供を叩いて泣かせて人に迷惑かけるとかしつけの方法が間違がっているのでは? お子さんの粗相は親の責任ですよね。毎朝毎朝泣かせるとか頭おかしいでしょ。今みたいに叩いてるのでは?」

「言っただろ、これはしつけだ。あんたらみたいに文句を言ってくる輩のせいで、子供を設ける夫婦が減っているんだよ。子育ては大変なんだ」

「大変だから暴力オーケー、それをしつけと言えば何やっても良いと? そうやって殺された子供のニュースよくやってますけど、あなたとの違いは何なんでしょうね」

「そういや、朝っぱらから壁に叩きつけるような音がして、ガキの泣き声が止んだことがあったな。あれはさすがにビビったぜ」

 すると、黙って聞いていたナノが涙を浮かべた。

「い、妹が。お父さんに髪を掴まれて突き飛ばされて頭を打ったの。それで、動かなくなっちゃって」

「ふん。結局、目を覚ましたなら問題ないだろ。それより演技だったんじゃないか?」

「いやいや、そこら辺の人捕まえて、髪引っ張って壁に叩きつけたらもはや犯罪でしょ。ていうか、意識失うほどの力でそんなことしたらどうなるか想像つきません? 感覚おかしいんじゃないですか? 一歩間違えば、救急車騒ぎですよ」

「そこら辺? 他人にそんなことをするわけないだろう」

 奏介はわざとらしくため息をつく。

「身内だからやっていいわけないでしょ。娘さん達も人権がある一人の人間なんですよ?」

「人権? 未熟な子供にそんなものはない」

 奏介はぽかんとする。

「いや、ありますよ。なんか、一般常識が足りないみたいですね。この今の日本で人権がない人なんていないでしょ。弁護士さんに聞いてみて下さい。もう少し世の中のことをお勉強なさってはどうです?」

 バカにしたような物言いにカッとなったらしい。

 ナノ父はナノの手首を強引に掴んだ。

「行くぞ」

「あ……」

 連れて行かれるナノのすがるような目。家の中へ逃げんこんでしまえば、文句は言えないだろうということか。

「おい、おっさんっ」

 反射的なのか、止めようとした谷沢川の腕を掴む奏介。

「はい、110番して下さい」

 すでに入力したスマホを強引に押し付ける。

「え、あ、警察!?」

「あれ、絶対家に入って暴力振るう気でしょ。録画したので、来たら警察に見せて、隣人のあなたが証言した方が良いです。……今この瞬間のナノちゃん達には悪いですが、こうでもしないと助けられないです」

 奏介はぎゅっと拳を握った。変わってあげたいくらいだが、何かがないと警察を始めとした組織はどうしても動きづらいのだ。完全に虐待をなくすためには、刑務所にぶち込むのが一番だろう。

(いじめっ子が簡単にいじめを止めるわけないんだ)

 虐待もいじめの一種なのだ。



 その後、駆けつけた警官に動画を見せて、隣人の谷沢川が証言。泣き声がしていたので部屋へ突入したところ、骨折をしたナノと脳震盪を起こし倒れている妹の姿があり、やつれた母親は部屋の隅で震えていたそうだ。娘達への殺人未遂容疑で無事逮捕されることになったのだった。

 奏介と谷沢川は警官や応援に来た警察とナノ父のやり取りを見守っていた。手錠をされて出てくるのが見えたので、近づく。

「君達、危険だから離れて。後で話を聞きに行くから」

 慌てた様子で言う。徐々に野次馬が集まり始めている。

 それはそれとして警官二人で押さえつけているので、逃げられないだろう。

 すでに住所と電話番号は渡してあるのでそのうち事情聴取があるのだろう。

 奏介は悔しそうに口を結ぶナノ父と目を合わせる。

「しつけをしてて逮捕ですか。子供が弱いからって調子に乗ってるからですよ。お疲れ様です」

「こ、この!」

 警官二人に押さえられる、ナノ父。恨みがましい視線を受け流し、そっぽを向く奏介。

「絶対許さないからな! この野郎っ」

「来いよ、次はぶっ潰してやる」

 間髪入れない返しに、一瞬怯えの表情が見えた。

「こら、そうやって興奮させるのは止めなさい」

 警官の強めの叱責。

「すみません。こちらも感情的になりました」

 奏介は警察達に頭を下げる。事情聴取の際に怒られそうだ。

「てめぇ、何もんだよ。慣れすぎだろ」

「まぁ、あなたみたいな人によく遭遇するので」

「……」

「でも、ナノちゃんのために言い返したのはよかったと思いますよ。あの子、谷沢川さんに頼りたかったみたいですしね」

 谷沢川は救急車が消えていった道の方を見やる。

(チョコくらいでなんなんだよ)

 子供を殴っているあの男が、どうしようもなく不快だった。

(このガキに影響でもされたか? ……ちっ)

 後日、ナノが入院する病院に奏介に連れて行かれたのだが、それはまた別の話。

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