第201話辞めたい会社を辞められない人の上司に反抗してみた1
早朝、菅谷家にて。
奏介は昨日、こちら(実家)へ泊まった姫と向かい合っていた。
「あぁ、お母さんの味噌汁美味しい」
「何言ってるのよ」
母は苦笑を浮かべ、奏介と姫の前に目玉焼きの皿を置いた。
「一人暮らしするとやっぱり作らないし」
「あー、そうかもね」
母は頷いて、キッチンへと戻っていく。
「それで、どうなったの?」
「あぁ、カゴマツ?」
どういった方法で制裁したのか、細かく説明する。数日前、メールで報告はしたのだが、彼女は昨日の夜遅くに泊まりに来たらしい。
「充分じゃない。結局全部任せちゃったけど、さすがね」
「今回は、結構友達に協力してもらったから」
「そうなのね。ありがと。手間が省けたわ」
「被害に遭った姉さんの知り合いは大丈夫なの?」
「報告しておくわよ」
姫は片目を閉じてみせた。
その日の昼休み。
風紀委員室。お馴染みのメンバーである。
「そうなんだー、上手く行ったんだね」
ヒナが嬉しそうに言う。わかばは弁当の中身を突きながら、
「大掛かりなことしたって聞いたけど、ゲームの会社巻き込んだの?」
やや呆れ顔。
「まぁ、転売ヤー相手ならそれしかないよな」
真崎が肩をすくめる。
「ヒナが協力したの?」
モモがヒナに問う。
「うーん、ボクっていうか。全力でうちの知り合いを当たったんだけど、どうしてもコネが見つからなくて、結局つかさの親戚の知り合いに頼んだよ。いやぁ、大変だった」
「ああ、あのお嬢様学校の友達かい?」
水果が興味あり気に問う。
「今回は相手が相手だけに色んな人を巻き込んだから、申し訳なかった」
奏介が呟くように言う。
「皆、奏ちゃんに頼られて嬉しそうだったよ?」
詩音が、苦笑を浮かべる。
根黒や長見もまた声をかけてほしいと言っていたのを思い出した。
「うんうん、ボクもだよ。君の頼みならね」
「……わたしも、手伝うのに」
モモが少し不満そうに奏介を見る。
「わたしだって言ってくれればね? あんた一人でやろうとすると危ないから」
「ふふ、菅谷人気者だね?」
と、水果。
「菅谷も行動する前に友達に声かけんの、学習したよな」
真崎の言葉に奏介、ため息。
「いや、危ないことしてるんだから、積極的に巻き込みたくないって思うのは当然でしょ。二次被害出したら元も子もないし」
それでも、皆の自分に対する姿勢は少し嬉しくなる。
○
放課後、奏介はバイト先のスーパーへ来ていた。従業員裏口から入り、休憩室へ。
テーブルに置かれたお茶菓子入れ、そこに入っていた煎餅をかじっていた高平と目が合った。
だらだらと汗をかき始める。
「きゅ、休憩中だ。小川さんが持ってきた煎餅食ってて悪いか!?」
「何も言ってないだろ」
奏介は呆れ顔で言う。
「いきなり入ってくんなよ。心臓止まるかと思ったわ」
「お前、何か悪いことでもしてるの? 挙動不審だぞ」
「してねぇよ。こっちはもう三時間働いてんだ。休憩くらいゆっくりさせろ」
高平は力なく休憩室のパイプ椅子に座った。背をもたれ、だらんとする。
「そういえば、今日から入った新人は?」
店長が言っていたのだ、新しい社員候補が入ると。現在はパートだが、近いうち社員に昇格する予定だそう。ちなみに目の前の男も社員である。
「あぁ、初日にしては悪くない働きっぷりだったな」
奏介は目を細める。
「いじめるなよ?」
「その目やめろよ!? してねぇよ!」
言ってみたものの、最近の高平は真面目に働いている。今更そういうことはしないだろう。
「でもなんか……ちょっと心配になるんだよな」
「ん? 何が」
会ってみれば分かるとのことだが。
フロアに入ると、小川さんが見慣れない男性にレジ打ちを教えているところだった。先程話題に出た新人社員だろう。
ひょろっとしていて、若くも老けても見える。年齢不詳だ。目の下には濃いめの隈が出来ていた。
(心配になるってああいう)
「おはようございます、菅谷さん」
近づいてきたのはバイトの葉堂である。常時おどおどしているが、これが標準らしい。
「あ、おはよう。葉堂さん。新人さんの教育大変だね」
「そうですね。……ちょっとお話したんですけど、別の会社の契約社員さんらしいですよ」
「え、それって良いの?」
社員候補と聞いているが。
「契約社員て掛け持ちでパートしても良いらしいです」
「そうなんだ」
正社員よりもらえる給料は少ないし、ボーナスも出ないと姉に聞いたことがある。
どうやら社員候補のパート、巻崎幹雄(まきさきみきお)は契約社員として働いている会社を辞める気らしい。
午後八時半。
巻崎とは関わらず、バイト終了である。挨拶は交わしたが、会話はしなかった。
と、休憩室のドアがノックされた。
「ん?」
入ってきたのは、店長と巻崎だった。
「お疲れ様です」
「あぁ、よかった。菅谷君。ちょっと良いかな?」
「何か?」
「君のトラブル解決する能力を見込んで頼みがあるんだよ」
いつの間にか見込まれたらしい。
「巻崎君の話を聞いてやってくれないか?」
巻崎は、近くで見ると、大分やつれている。
「話、ですか」
「あぁ」
深刻な悩みがあるらしい。
休憩室を借りて、話を聞くことになった。
休憩室にて。たまたま入ってきた高平も巻き込まれ、三人でテーブルについた。
「なんでオレまで」
巻崎はうつむいて小さくなる。
「申し訳ありません。私のような者のために」
「高平、失礼だろ」
本人を目の前にして言うのはさすがに。
「あぁ、いや。オレは力になれそうになっていうか。……巻崎さん、めっちゃ戦力になりそうだから、元気になって入ってほしいっすよ?」
上手くフォロー出来るようになったのは成長だ。
「それで、悩みって」
「……若い方々に話すようなことではないのですが、今いる会社を辞められそうにないのです」
「そう、なんですか」
そうなると、パートのままになってしまうだろう。
「いわゆる健康食品を売り込む営業の仕事なのですが、暗い性格が災いして、成績が伸びず。向いていないので辞めたいと申し出ても辞めさせてもらえず。それなのに、成績が悪いことを他社員の前で罵られ、人格を否定されたこともありました。実力主義の会社なので給料も大分減らされました」
どう考えてもパワハラだろう。
「辞めたら家まで行くと、脅されまして、妻と子に危害が及んだらと思うと怖くて」
奏介と高平は顔を見合わせた。高校生と二十歳そこそこの若者に話す時点で大分参っているのだろう。
「辞めさせてもらえないどころか、成績が悪いことを罵られる……それはキツイですね」
仕事に向いていないと自覚して、悩みに悩んで退職の決意をしたのだろうが。
「ヤバいな。わざわざ脅して働かせて嫌がらせしてんのかよ」
「体調が悪そうですけど、もしかして」
巻崎は頷く。
「あの会社に入ってから、五キロほど体重が落ちました」
体調を崩すほどなら、辞めたほうが良いだろう。
「出来ることならこちらで働かせて頂きたいのです」
奏介は少し考えて、
「脅してくるんですよね? 退職代行サービスって言うの知ってますか?」
「あぁ、この前テレビで特集やってたな」
「俺もあれを見て初めて知ったんだ」
いわゆる、退職することで会社とトラブルになりそうな場合に第三者に介入してもらい、穏便に手続きをしてもらうというサービスらしい。嫌な上司と顔を合わせることなく辞めることが出来るらしい。
「退職、代行、ですか」
目を瞬かせる巻崎。テレビの知識だが、奏介は簡潔にそのサービスについて説明した。
「そんなサービスが存在するのですね」
「お金はかかりますが、利用してみるのも良いんじゃないですか?」
巻崎の表情が少し明るくなった。よく考えた上で、利用することにしたそうだ。
○
数日後。
スーパーのバイト終わり、裏口から出ると高平と巻崎が待っていた。
「あー、きたきた。遅えよ」
高平は三十分早く上がったはずだ。
「いや、シフトの時間決まってるだろ。……巻崎さんはどうしたんですか」
巻崎も高平と時間が同じだったと記憶している。
「ええ、実は退職代行を頼んでいる業者さんから連絡がありまして、退職に向けた交渉が始まったらしいのです。今は有休で休んでいる状態なので、あれから顔を合わせておりません」
彼は随分と元気になった。隈が薄くなった気がする。
「良かったですね。業者さん、上手くやってくれればいいですけど」
「ええ。それで、高平君にも言ったのですが、これからうちへ来ませんか? 私が元気になってきたことで妻が喜んでいまして、君達のことを話したら是非ごちそうしたいと。帰りは車で送りますから」
笑顔。
「え、いや、そんな悪いですよ。ただのアドバイスだし」
「オレもそう言ったんだけどな、でもどうしてもってさ。まぁ、厚意を受けても良いんじゃね?」
高平の押しもあり、結局お邪魔することに……なったのだが。
電車で数分の巻崎家の前に人影が見えた。街灯に照らされたのは二人の初老の男性。
巻崎は固まるように動きを止める。
「来たか、巻崎」
髪の薄い男性が低い声で言う。
「退職代行とかいう胡散臭い業者から連絡があったぞ。うちの会社を辞めるだと? お前に他の仕事が務まるわけないだろう」
と、皺の深い眼鏡の男性。
「どうしようもない無能のくせに、退職しようなんざ百年早いんだよ」
「大体お前の成績が悪いせいでうちの会社に損失が出ているんだぞ」
「こんな有様で逃げようとするなんて 卑怯なんだよ」
巻崎はぶるぶると震え、うつむいてしまう。
「わ、私は」
「さっさと業者と手を切れ。さもないと」
追いかけてきて好き勝手言い始めた。凄い執念だ。
「あのー……」
奏介が挙手した。
「なんだ、お前」
「いや、そんなに引き留めたいならお願いしたらどうですか?」
奏介は親指を地面に向けた。
「お願いします、辞めないで下さいって土下座くらいしてください。人に物を頼む態度じゃないでしょう」
奏介は呆れ顔でそう言った。
※会社のパワハラ問題に高校生を突っ込ませるという無茶なことをしたので、違和感あると思います。すみません。
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