第197話悪質転売ヤーに反抗してみた5

 さすがの籠目も表情を引きつらせて、一歩後退した。

「なっ……なん」

 怒りをギリギリで抑えているオタク系の被害者達が物凄い形相で睨んでくる。散々オタクをバカにしている籠目だが、こうして対峙したのは初めてだった。皆が皆、人を殺しそうな目をしている。

「なんとか言えよ。クズ」

「おれ達の趣味に入ってくるんじゃねえよっ」

「くそじじいがきもいんだよ」

「おれ達がどんだけ柚ちゃん達を好きなのかわかんねーだろっ」

 籠目はさらに後退。

「は、はんっ、キモオタが。イキってんじゃねえよ!」

 そう言い放つが、無数の鋭い視線が籠目を射抜く。

「キ、キモオタクで結構だから」

 根黒が少し躊躇いながら言う。

 と、その時。後ろから来て、根黒の隣に立った長見が頷いた。

「そうですよ。好きなんだから、いいでしょう? なんであなたみたいな人に趣味をバカにされなきゃならないんですか」

 静かに、共感の嵐だった。

 カウンターに背を預けていた奏介が息を吐く。

「そういうわけです。この方達の言ってること分かります? なんでもそうですけど、大好きなものをバカにするようなやつに、土足で踏み込んで欲しくないんです」

「か、金になるんだから、そりゃやるだろ。こういうアホなオタク共から金を巻き上げるだめにやってんだっての」

「金に? 定価以上のものなんて買うわけないでしょ」

 奏介の言葉に、籠目はバカにしたように、笑った。

「いるんだよ。いなきゃやらねえだろ」

「大人ならそうするかもしれないですね。お金に余裕があって、もの凄いファンの方なら、涙をのんで買うかも。でも、小さい子の親御さんがそんなことしますかね? 定価で買えなかったから数倍の値段をかけてわざわざ買いますかね? 手に入らなかったら諦める人もいると思いますよ。普通に買えるようになる頃には熱が冷めて興味がなくなってるかもしれません。結果、どうなるか分かります?」

「その話になんか意味があんのかよ? 買えねえ奴なんざクソだろ」

「その買えないクソ達はそのコンテンツから去って行くんですよ。せっかく興味を持って作品に触れようとしたのに」

「それがどうしたよ?」

「作品のファンが減るってことです。お金を落とす人が減ったら、そのコンテンツ潰れるでしょ。企業にも喧嘩売ってますよね?」

「喧嘩売ってる? んなわけねぇだろ。むしろ、定価で大量に買ってやってるんだ。感謝されてる」

「個人的に、興味ないくせに買い占めてる奴より、本当にほしい人に買ってもらいたいと思ってると思いますけどね。そっちの方が次も買ってもらえるかもしれないし、ネットで評判になるかも知れないし、テレビで紹介されるかもしれないし。あなたみたいなのに買われると、感想ももらえないし、グッズも売れないし、イベントにも来てもらえないしで最低最悪なんですよね。どうせ未開封で売ってるんでしょ? 論外ですよね。はっきり言って迷惑なんですよ。一個ニ個ならともかく、数十個単位なんて頭おかしいでしょ」

「ぐ…………だとしても、これは犯罪なのかよ? 法律に触れんのか? あぁ?」

「別に法律には触れませんけど、だからなんですか? 法律云々以前にやってることがクズ過ぎるんですよね。それはそれとして、宇津さんが一人一パックしか売らないって言ってんのに強奪して行ったでしょ? あれは犯罪ですよ」

「何言い出すかと思えば、こっちは金払ってんだよ」

 奏介は籠目のシャツの胸ポケットに入っていたスマホをすっと抜いた。

「え、あっ!? てめっ」

 奏介は二歩ほど下がって、彼のスマホを左右に振る。

「俺が金叩きつけて、これを持ち逃げしてもオッケーってことですか?」

「良いわけねぇだろっ」

 奏介はため息をついて、スマホを彼の前へ。籠目がそれを掠め取る。

「この泥棒がっ、スマホとカードパックを比べられねぇだろっ」

「比べられない? それはなんですか?」

「五百円もしねぇカードパックとスマホを」

「まだ値段の交渉してないでしょ」

「は?」

「いくらで売るか、売ってもらうかって話し合いで決めるものですよね? カードだからスマホだからじゃなくて。この前のあなたはそういう交渉も売買契約も無視してたじゃないですか。強盗か窃盗ですよね」

「こ、このガキがぁ」

 籠目は奏介に人差し指の先を向けた。

「てめぇらオタクは黙って、金落としてりゃ良いんだよ。社会のゴミなんだからな!」

「……まぁ、そう思うのは結構ですけど、今回の『魔法使い柚』のゲームはどんどん店頭に並んでるので大損確定ですね。ここでギャーギャー騒いでても、なんにもなりませんよ?」

「っ……!」

「この状況でフリマサイトで高額で買う人、いますかね?」

 煽りに耐えかねた。籠目は奏介の胸ぐらを掴んだ。

「ちょ! カゴさん、何する気っすか」

 見守っていた宇津が流石に慌てた様子で口を出す。奏介に口出しはしないでほしいとは言われていたが、暴力は許容しがたい。

「うるせぇ!」

 しかし、集まったオタク達の視線が氷の矢のように籠目へ突き刺さる。


「何こいつ」

「正論噛まされて逆ギレって何歳なんだよ」

「まじでキツイんだが」


 店内に漂い始めた殺気に籠目がビクリと肩を揺らす。多勢に無勢。人数の暴力である。

「くそっ覚えてろよ!」

 籠目はファン達をかき分けて、店外へ飛び出した。

「あ!?」

 その瞬間に睨まれた。店入り口の周りにも文句を言いたいファン達が集まっていたのだ。

「こいつか」

「っぽいな」

「クソオヤジじゃん」

「一発なら殴っても良くね?」

「……!」

 言い返すにはこちらが不利すぎる。

「うるせぇ! 退けっ」

 籠目は逃げるように車へ走り寄って、エンジンをかけると猛スピードでその場を後にした。

 


 数十分後。

 文句を言う会はすぐに解散となった。店に残ったのは宇津、奏介、根黒、長見の四人である。

「いやぁ、緊張した〜。でも帰ってもらえて助かったよ」

 宇津がほっとした様子で息をついた。

「いや、宇津さん、被害届は出した方が良いですよ。復讐に来る前に心を折っておかないと」

「あー……なるほど」

「監視カメラもありますしね。どっかの社長なら良からぬことを考えそうだし」

「う、うん。なるほど。君、かなり徹底してるね。なんていうか、うん。とにかくありがとうね」

 奏介は根黒と長見へ視線を向ける。

「ありがとう、助かったよ、根黒。長見も来てくれてありがとう」

「い、いやぁ、ははは。君の頼みなら断れないっていうか、なんか、万能お助けキャラみたいな気分だよ」

 奏介は無表情になる。顔を赤らめ、体をくねらせ、照れまくる根黒である。

「お前、キモいよ。助かったし感謝してるけど、キモい。顔を赤くするな」

 長見は笑いを堪えながら、

「僕もアカウント持ってるので少し手伝ったんです。菅谷君のお役に立てたならよかったです」

「あぁ」

 助けたはずの彼に助けられるとは。役に立ててよかった、そんなことを言ってもらえるとも思っていなかった。何より自分の意見をしっかり言えた長見は、少し前のあの時とは違って見える。

(……あっちにも後でお礼言わないとな)



 数日後。

 籠目は自宅のテーブルに両拳を叩きつけた。

「くっそがぁあっ」

 驚くべきことに、フリマサイトでの売上はゼロだ。公式がサプライズを行ったため、パッケージ版は売り切れることなく定価で買える状況だ。

 定価より高いものが売れるはずがない。

 積み上がったダンボール。

 どうしようもない。中古で売るしかないだろう。

籠目は拳を握りしめた。

「くっそーーー!」 

 今回に関しては、完膚なきまでに負けたのだ。

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