第196話悪質転売ヤーに反抗してみた4

 慌ててネットを調べると、公式の呟きは『いいね』や共有の嵐だった。予約出来なかったファン達が歓喜の声を上げている。

 すぐに公式呟きが更新された。


『このサプライズは、非常に多くの応援を頂きまして、進めて参りました。お気をつけて、お近くのショップへ足をお運びください』


「んだと!? ふざけんなよっ」 

 籠目はスマホをソファへ投げつけた。

「限定じゃねぇのかよっ、これじゃあレア感がねえじゃねぇか」

 籠目は、はっとして積み上がったダンボールを見やる。

「……嘘だろ」

 気合を入れて仕入れたというのに、最悪これが全て売れないなんてことになるかも知れない。

「くそがっ」

 バイヤー仲間に連絡を取るが、混乱しているのは皆同じらしい。

 仲間の状況を確認し、籠目はとある番号にかけた。

『はい、こちら』

「返品だっ」

『……はい? お客様、どういったご要件でしょうか』

「『魔法使い柚』のカード付きゲームソフトを全部返品したい」

 予約していた公式ネットサイトのお問い合わせ番号に、繋がったようだ。

『申し訳ありません、カードの受注生産の関係でキャンセル、返品は行っておりません。ご予約頂いたお客様は割引サービスを受けることが』

「そんなんどうでも良いっ、つーか、クーリングオフってのがあるだろうか」

『大変申し訳ありませんが、当サイトの規約に表記されている通り、受注生産品の返品交換は受け付けておりません。サイトの方にわかりやすく書かせて頂いているのですが……』

 籠目はスマホを持つ手に力を入れた。顔に青筋が浮かぶ。

「もう良いっ、後で苦情入れっかんなっ!?」

 怒鳴りつけてそのまま切ってやった。

「どうする、どうする」

 定価以下で売ればいくらかは戻って来るだろうが、それでは意味がない。

「そうだ、あいつの店に売りつければ」

 とっさに宇津の顔が浮かんだ。

 数分後、籠目は慌てて家を飛び出した。





 受注生産カード付きゲームソフトのダンボールを積んだ車を小さなカードショップの前で停車させ、入り口のガラス扉を勢いよく開けた。

「宇津ーっ」

 カウンターにいた宇津は電話中だったようだが、丁度耳からスマホを外した。

「え、カゴさん? すんませんけど

今忙しくて」

 籠目はずんずんと宇津に歩み寄り、テーブルに両手をついた。

「俺が仕入れた『魔法使い柚』の受注生産カード付きゲームソフト、売ってやるよ。店で売れんだろ?」

 目が血走る籠目に宇津はたじたじだ。

「あ、ああ。あれ、受注生産じゃなくなったんですよ。希望者多すぎて、公式がいきなり通常販売するって。さっきから問い合わせしてくる人が多いんで、対応が大変で」

「うるせぇ、とにかくオレが仕入れたやつを全部買え」

「いや、うちも普通に仕入れてるんで無理ですって」

 と、その時。誰かが入ってきた。

「何やってるんですか? 外まで聞こえて来てますよ」

 振り返ると、

「お前……」

 なぜだか覚えていた。ショッピングモール、そしてこの前カードを買うときにいたオタク高校生だ。

 オタク高校生もとい、奏介は眉を寄せて歩み寄ってきた。

「宇津さんのお店に迷惑かけるのやめましょうよ。みっともない」

 ただでさえ気が立っているというのに、奏介のバカにしたような物言いが気に入らなかった。

「このガキが」

 向かいあって怒鳴る。

「籠目さんでしたっけ? 残念でしたね。受注生産のカードが通常販売されてしまって」

「なんで、そんなことをてめぇが知ってやがる?」

「カゴマツさんて有名だし、たまたまショッピングモールで聞いちゃったんですよね」

 奏介はスマホを取り出してタップ。


『最後の一袋はガキの目の前で掠め取ってやったんだった』


『ガキが先見つけて買おうとしてたんだよ』


『泣きそうな顔して傑作だったぜ。欲しかったらオレのサイトで買いやがれってんだ』


『つーか、一緒にいたやつがもろオタクだったからな。どうせ親戚のガキだまくらかして、買おうとしてたんだろ』


 声はカゴマツのものである。

 奏介はすっと目を細めた。

「喧嘩売ってますよね? 小さい子の前で女児向けアニメのカードを取り上げたことを自慢そうに大声で話して」

 籠目は舌打ち。

「それがどうした。文句あんのか?」

「文句というか、恥ずかしい人ですよね。人の趣味はそれぞれだと思います。かわいくて小さい女の子が変身するアニメが大好きなのも分かります。だけど、先に見つけて買おうとしていた小さい子から取り上げるのはいくらなんでも、精神年齢がクソガキとしか言いようがないです」

 籠目は奏介に歩み寄って、胸ぐらを掴んだ。

「喧嘩売ってんのか? ああん?」

「売ってきたのはそっちです。ただ、買ってあげてるのに不満なんですか?」

「減らず口だなっ」

 奏介は冷たい視線をさらに鋭くする。

「残念でしたよね。受注生産限定で売れると思ってたのに通常販売になって」

「……いい加減にしねぇとキレるぞ」

「暴力振られてキレたいのはこっちなんですけど? ……ていうか、カードの転売で稼いでるのに『魔法使い柚』のコンテンツを潰そうとしてるのは一体何なんですか? あなたみたいな人のせいで買えない人の方が多いみたいですよ? 本当に好きで欲しいのに、あなたみたいなのに買われて手に入れられないってかなりの胸糞なんですが?」

「ふんっ、オレのサイトで買えば良いだろうが」

「定価以上のお金を払って買う人って一部でしょ。それ以外の人はそこで諦めちゃうんですよね。で、その人達はそのコンテンツへの興味が冷めます。その結果、下火になり、ブーム終了と」

「はんっ、熱心なオタク共はこぞって買うんだよ」

 奏介は鼻で笑った。

「なら、今回は残念でしたね? 公式さんがサプライズしたから、大損なのでは? 高値で買う人いますかね?」

「っ!」

 カッと頭に血が登った。

「このクソガキがーっ」

 と、その時。カードショップの扉が開いた。ぞろぞろと入ってきたのは主に若めの青年達だ。高校生から大学生くらいだろうか。魔法使い柚のTシャツを来ている者もいる。

 彼らを率いているのは根黒である。

「菅谷君っ、あれがカゴマツかい?」

 奏介は根黒に頷いた。

 次の瞬間、罵倒が始まった。


「毎度毎度てめぇのせいでカード買えねぇんだよっ」


「興味ないくせに買ってんじゃねぇ、くそ野郎」


「オタクバカにしてんのが見え見えなんだよっ」


「こいつ、隠れロリコンだろ。変態っ」


「柚ちゃんと杏子ちゃんのカードに加齢臭ばりばりの指で触ってんじゃねぇよ、じじい」


 『魔法使い柚』ファンの一斉罵倒が襲いかかる。

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