第195話悪質転売ヤーに反抗してみた3

 土曜日、ショッピングモールでの買い物をして、遅い昼食を食べ、午後ニ時過ぎ。

 奏介達は詩音紹介、小さなゲーム&カードショップにいた。

 新品中古様々なゲームソフトが並ぶ棚やカード、フィギアなどのガラス棚に囲まれる店内。エプロンをつけた若い男性店員がにっこりと笑って、カウンターの前にいるあいみにカードパックを手渡す。

「はい、魔法使い柚のカードパック」

 あいみは両手でしっかり受け取り、キラキラと目を輝かせた。

「……!」

「あはは、よかったねー、あいみちゃん」

「う、うん。あ、お金」

 あいみはいそいそとバックから小銭入れを取り出し、五百円を店員に渡した。

「五百円お預かりしますね」

 お釣りを受け取ったあいみはカードパックと一緒にバックへとしまった。

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。

「カード売っただけだから、お礼言われるようなことじゃないよ。とは言っても……いやぁ、ごめんね。まだ在庫はあるんだけど、一人一パックまでしか売らないって決めてるんだ」

 店員は苦笑い。レジ横に専用のスペースがあり、十パックほどの『魔法使い柚』のカードパックが重ねられていた。

「大人気ですよねー。いつも思うけど、それでも在庫あるって凄いですね」

 顔見知りらしく、詩音が親しげに声をかける。

「うん、まぁね」

 と、店員は奏介の視線に気づき、不思議そうな顔をする。

「どうかしたかな?」

「……いや。他のお店のカードパックは一瞬でなくなってたので、在庫あるなんてすごいなと思って」

 奏介は表情を変えずに淡々と言う。

「うちは小さい店だから、あまり知られてないんだよ」

 奏介は彼のネームバッジを見る。名前は『宇津』、店長らしい。

(こいつ、カゴマツと一緒にいた)

 詩音は顔を見なかったようだが、カゴマツをおだてていたチャラ男だろう。

「あー、杏子ちゃんのお人形さん!」

 フィギュアコーナーへと近づいていくあいみ。

「あいみちゃん、触るのはなしだよー?」

 詩音が後をついて行ったので大丈夫だろう。

 奏介は宇津を見る。

「あいつも言ってましたけど、こんな大人気カード、在庫持ってるの凄いですよね。……仕入れ方にコツでもあるんですか?」

「ん? いや、チェーンのおもちゃ屋とかと同じだと思うよ。うちの店自体があんまり知られてないから」

「……なるほど」

 あいみに渡したカードパックは定価での販売だった。カゴマツの仲間なら転売ヤーであるのは間違いないが。

 ここは引き下がって、対策を考えるのもありだとは思う。

 奏介は少し考え、ふと彼の言葉を思い出した。


『そりゃちょっと幼女が可哀想じゃねぇっすか?』


 カゴマツに対してそう発言していたのだ。

「宇津さんは、転売ヤーってどう思います?」

 宇津はぽかんとする。

「もしかしておれ、転売ヤーの疑いかけられてる?」

「そうですね。かけてます」

「あー、そういうことか。さっきから尋問されてる気分だったよ」

 苦笑い。

「結論から言うと、おれは転売ヤーじゃないよ」

 宇津は腰に手を当てる。

「むしろ、転売ヤーさんには売らないようにしてるし」

「有名な転売ヤー、カゴマツさんと仲が良さそうでしたけど」

「え、カゴさ……え、仲良さそうに見えた? ていうか、見てた?」

 奏介はショッピングモールでのことを話す。

「あー……。君、入ってきた時から視線が怖かったもんね」

 意外な反応だった。カゴマツとの関係を問えば動揺するかと思ったのだが、

「別にね、知り合いってだけで転売ヤー仲間とかじゃないよ。知り合ったのは偶然だけど、どうせだからバイヤー対策に利用してるんだ」

 奏介は眉を寄せる。

「利用?」

「カゴさん、転売ヤー連中に顔が広いからね。飲みの席とかに誘われた時にそういう人達の顔を覚えておいてさ。連中が来たら、さっと隠す」

 宇津はカードパックのケースごと、カウンターの中へとしまう。

「て、感じで、抵抗してるんだけど、焼け石に水だろうね」

 宇津は困り顔で笑いながらカードのケースを元の位置へ置く。

「この辺の個人経営のおもちゃ屋の同業達と組んで抵抗してるって感じかな」

「それで……在庫が残ってるんですか」

「基本的に、小さい子に売ってあげたいから、お兄さんやおじさんにはあんまり売らないんだよね。在庫ないですって言えば納得するし」

 売る人を選ぶというのは、個人経営の強みかも知れない。大手チェーンのおもちゃ屋がそんなことをすれば、どういう方向であれ、炎上してしまいそうだ。

「なるほど。……さっきはすみませんでした。一方的に疑うようなことを言ってしまって」

「あぁ、カゴさん、一部の同業含め色んな場所から恨まれてるからね。君の気持ちも分かるよ」

 宇津はそう言って、壁にかかっていた予約票らしき紙のバインダーを手に取る。

「そういや『魔法使い柚』は一ヶ月後に、限定カード付きのゲームソフトが出るんだよね。予約がかーなり入ってきてるんだけど……なんか半分以上キャンセル入りそうな感じがするんだ。予約に関しては断れないから、どうしたもんかね」

「ゲーム、ですか? 限定ってことは数が少ないんじゃ?」

「あぁ、受注生産だから予約した人は必ず買えるんだよ。確か締切は明日か明後日で」

 奏介は少し考えて、

「宇津さん、ちょっとお願いしたいことが」

 と、その時である。店のドアが勢いよく開いた。

「よう、宇津」

 ニヤニヤと笑いながら入ってきたのは。

(カゴマツ……)

 冴えない中年男性が立っていた。

 宇津は純粋に驚いているようで、

「カゴさん? なんで」

 目を瞬かせる。

「んだよ、言えよ。フリーターどころかこんな立派な店構えてんならよぉ」

 ここまでは細い通りを通ったり、住宅街を突っ切ったりと迷いやすい道のりだった。

「おっと、発見」

 ズカズカと近づいてきて、レジ横の『魔法使い柚』カードパックを一つ残らずごっそり掴み取る。

「あ、カゴさん、そのカード一人一パックしか」

「オレとお前の仲だろ? おら、釣りはとっとけ」

 カードパック分の代金がカウンターへと置かれる。

 宇津は思わず黙る。この状況で売れないとは言えないだろう。

「おいおい、売れたのに湿気た面してんじゃねえよ。メーカーだって、売り上げが上がって感謝してるんだからよ。じゃあな」

 籠目は意地悪そうな笑みを浮かべ、去って行った。集中豪雨にでもあったようだった。

 宇津はあまりに一瞬のことで放心しているようだ。

 奏介はスマホを開く。

(……こいつ)

 昼頃から燃え始めていたカゴマツアカウントへの炎上が治まりつつあった。どんな方法を取ったのかわからないが、呟きメッセージアプリに丁寧な掲載文章が上げられている。

 騒がせたことへの謝罪と複アカの存在の否定、さらに誹謗中傷しているネット民達を訴える旨の記述。すでに弁護士へ相談しているらしい。それにビビった人が多いらしい。しかし、この呟きだけではないだろう。金持ちらしいカゴマツがなんらかの権力でもみ消しでもしたのだろうか。何故ここへたどり着けたのかわからない。奏介は工作を行った捨てアカウントを削除し、根黒にお礼のメールを送っておいた。

「いや、まいったな……。ついにバレたか」

 見るとあいみが不安そうにこちらを見ていた。詩音があいみの手を握っている。

「嘘でしょ。全部買って行っちゃった……」

 詩音も驚いているようだ。

「宇津さん、改めてお願いがあるんですけど」

「ん?」

「同業の方々と連絡取れるんですよね?」

「あ、ああ」

 奏介は頷いて、口を開いた。




 一ヶ月後。『魔法使い柚』の初ゲームソフト発売日。

 カゴマツの家には大量のダンボールが届いていた。

「さーて、写真を載せて、と」

 すでにちらほらと『魔法使い柚』の限定カード付きゲームソフトが売り出されている。試しに売り出したアカウントを見に行くと、

「ったく、五万で売れるわけねぇだろ」

 定価は七千円だというのに値段が高すぎだ。

「もう少し手を出しやすい値段にしろっての」

 独自の計算で算出した値段に設定し、売出し開始。見に来る人がちらほらいるらしく、マイページのいいねアイコンが増えていく。

「へへ。これなら予約出来なかったガキどもの親が買うだろ」

 予約が出来ないと嘆く呟きやブログ、ネットスレッドがかなり多かった。受注生産とは言っても、希望者が多く、公式がストップをかけたのだろう。

 呟きアプリを見ていると、公式の呟きが目に入った。


『サプライズ緊急アナウンス! いつもありがとうございます。本日発売の完全受注生産、『魔法使い柚』カード付きゲームソフトですが、現時刻から指定の店頭に並びます! 皆様のご要望が多くこのような対応とさせていただきます。もちろん、予約されていたお客様は割引させて頂きます!』


「……は?」

 籠目は思考停止した。


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