第190話物を壊すことを軽く考えている中学生を懲らしめてみた
「偶然じゃん。塾帰り?」
にやりと笑って、そう問うてきたのは、同じ中学生でクラスメイトの
「いや、あの……」
良く絡んで来る三人組だ。一斗は彼らからいじめを受けている。徐々にされることがエスカレートして来ている気がする。故に、顔を合わせるのが怖い。
「オレ達もなんだよ。てか、これってさ」
彼が近づいて来て、
「あっ」
手に握っていたスマホを取り上げられた。共働きで忙しい両親が誕生日プレゼントに買ってくれたもので、一週間前に出た新作のスマートフォンだ。学校での使用は禁止だが、常に持っている。
「すっげ、新しい奴じゃん」
「へー、うらやま~」
後ろの二人がこれでもかと煽る。
「増井ってさあ、親が金持ちだよね? ゲームとかも新しいのすぐ買ってもらえてるじゃん」
「そ、そんなこと。僕だけじゃないですよ」
「ふーん。じゃあ、このスマホ」
浅利はスマホから手を離した。
「あっ」
画面が地面に叩きつけられる。そして、ストラップとして付けていた古い鈴の形をした御守りがちりんと鳴った。
「そ、それ、僕のっ」
恐らく、画面は割れてしまっただろう。浅利はにやにやと笑いながらスマホを踏みつけた。
「っ!」
何故か、母親の声が頭に響いた。
『いつもごめんね?』
『お父さんと私からのプレゼントよ』
『帰れないけど、お父さんがよろしくって』
『その鈴……まだ付けるの?』
『確かにご利益がある御守りよね』
『あぁ、あの子がくれたんだっけ?』
プレゼントしてくれたスマホ、そして、昔にもらった大事な御守りの鈴の記憶。
見ると、浅利がスマホと一緒に鈴も踏み潰していた。
「きったねえ、ストラップだな。最新のスマホについてると最高にキモイね」
「あーあ、バッキバキ」
「大丈夫じゃね? 増井の親金持ってるっぽいし」
「てか、友達いないんだし、いらないよね?」
浅利は靴でぐりぐりとスマホを踏みつけ、笑いながら暗闇に去って行った。
呆然とする。
ふらふらと近づいて、膝をつく。スマホの電源は落ちていた。鈴は歪み、もう音を鳴らすことは出来ないだろう。
「……」
脱力した。新しいスマホはともかく数年間、大事にしていたものを一瞬で壊されてしまった。
「大丈夫か?」
声をかけられ、はっと振り返る。
「え」
陰キャそうな高校生が一人、立っていた。心配そうな顔をしている。
「それ、君のスマホ?」
増井はしばらく放心した後、こくりと頷いた。
鈴を握りしめる。
彼は増井のそばに膝をついた。
「どれ」
高校生は増井からスマホを受け取ると、電源ボタンを押した。
「……ダメだな。やっぱり壊れてる」
「はい」
この際、スマホのことはどうでもよかった。御守りの鈴が潰れてしまったのが悲しくて、少しだけ、視界が揺らいだ。
「そのストラップ、大事なもの?」
高校生が問うて来たので、震えながら頷いた。
「そっか」
「形見なんです」
まったく知らない初対面の高校生に対し、そう呟いていた。
「小学校の頃の、仲が良かった友達の」
唇を噛み締める。
「立てるか? 一人で帰れるか?」
「はい、大丈夫、です」
そう言ったものの、大丈夫そうには見えなかったのだろう。結局家の近くまで送ってもらった。
彼の名前は菅谷奏介、一緒に歩きながら、ついつい色々なことを話してしまった。名も知らぬまま純粋に心配してくれた彼に気を許し過ぎたのかもしれない。
別れ際のことである。
「あいつら、気に入らないよな。個人的に腹立ったよ。……塀の向こうの知り合いに激似だし」
後半の呟きはよく聞こえなかったが。
「……そう、ですね」
腹が立つなんて感情はすでにない、次は何をされるのかという恐怖が全てだ。
「人の物を壊しといて、お咎めなしって思わせるのは教育上良くないよな。義務教育のうちに叩き込まないと。……増井君さ、明日時間ある?」
翌日、同じ時間。
一斗は昨日浅利達と遭遇した道の近くにある公園にいた。ベンチに座り、ぼんやりとアプリのリズムゲームをしている。というか、ゲームしていてくれと言われたのだ。
(遅いなぁ)
そんなことを思っていたのだが。
「よーっす」
スマホを取り上げられた。
「あ!?」
振り返ると、浅利達だった。
「なーんだ。もう新しいスマホ買ってもらったん?」
「マジうらやまだわ。お前んちのパパママ」
「あ、このゲーム、有料アプリゲームじゃん。さすが金持ち」
ぎゃははと笑い、
「うりゃっ」
浅利が横のベンチに思いっきりスマホを投げた。
「あ」
一斗は顔を青ざめた。
「な、何するんですか!? そのスマホ」
浅利達は気にせず、スマホをベンチの背もたれに打ち付けた。
「おー、良い音」
「楽器?」
「これでリズム取るんじゃん?」
やはり、ぎゃははと笑う。
一斗は顔を引きつらせるしかない。
と、奏介が公園に入って来た。
「そこの中学生」
低い声で浅利達に声をかける。
「んあ? 誰」
「なんだ、こいつ」
冷めた目で奏介を見る浅利達。
「そのスマホ俺のなんだけど、何してんの? お前ら」
「……は?」
浅利が眉を寄せる浅利。
「そのスマホ、俺のなの。ていうか、お前誰だよ。何、他人のスマホ破壊しようとしてんだ? ふざけんなよ」
淡々と言う奏介。ぽかんとする浅利達。
「増井、何があったの? 俺、増井にスマホ貸してたんだけど、なんで名前もしらねえ中学生が持ってんの」
「あ、あの、すみません、菅谷さん。ゲームやらせてもらってたんですけど、取り上げられて」
「へえ。その制服って公立の桃糠中?」
奏介はそう言って、デジカメで三人の姿をぱしゃりと撮る。
「学校に通報するわ。名前は?」
「な、なんだよ、こいつっ」
「意味わかんねっ」
「他人の物ぶっ壊しといて、なんだその態度。犯罪だぞ。弁償出来んのか? ああ?」
浅利達は顔を見合わせ、
「きもっ、行こうぜっ」
スマホをベンチに置いて、逃げるように去って行った。
一斗はぽんとしている。
「増井、あいつらのフルネーム知ってる?」
「え、あ、はい。同じクラスなので」
「そう。じゃあ、明日にでも学校に電話しとくね」
奏介は自分のスマホを手に取って、画面が割れてることを確認。
「電話……するんですか?」
脅しではないのだろうか。
「いいか、増井。ああいうクズに情けは無用だ。今回は警察沙汰にはしないけど、次やったら学校にいられなくしてやる」
やり方がスマート過ぎて終始ぽかんとしてしまった。一斗にスマホを触らせていたのは罠だったのだろう。
しかし、胸の中がスッとした。浅利達の青い顔、逃げ帰る様子、そしてこれから学校に怒られる可能すらある。
今の状況だと、一斗にヘイトは向かないだろう。逆に彼へのヘイトが集めてしまうかもしれない。
「あのっ、あいつら、暴力も振るうんです。もしかすると、菅谷さんが」
「へえ。暴力か。そしたら被害届出すから心配するな。一発で警察沙汰にしてやる」
奏介の笑顔は晴れやかだった。
別の意味で脱力してしまった。
「ありがとうございます」
「ああ、元気出せよ」
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