第189話小学生を襲いそうになった熊を殺生した猟友会に喰いかかってきたおばさん達に反抗してみた3

 昨日、わけのわからない高校生にボロクソに文句を言われ、逃げ帰るはめになった。

 桃糠野性動物を保護する会代表の雨川あめかわは副代表の水守みもりと共に車に乗り込んだ。運転手が車を発進させる。

「今日こそ、宣戦布告をしに行きますよ」

「この前の高校生、子供の癖に物凄い文句を言って来ましたね」

 雨川はため息を吐いた。

「所詮子供、命の尊さなんか分かりませんよ」

 そう、成人すらしていない人間にわかってたまるか、と雨川は思う。冷静なフリをしているが、内心腸が煮えくり返っている。

「猟友会の連中、あの高校生に乗って強気になっていましたよね」

「はぁ、情けない」

 雨川は吐き捨てるように言った。しばらくして、田舎道へ入り、公民館へ。入り口周辺に猟友会連中が集まって何やら話をしていた。公民館裏の林の方を指さして、話し合いをしているようだ。

 車を停めてもらい、外へと出る。

「皆さんお揃いのようですね」

 冷ややかな目を向けると、彼らの表情が曇る。

「また来たんですね」

 猟友会代表だという中年男性が言う。

「もちろん、命を奪った熊の件です」

 彼らは顔を見合わせる。

「すみませんけど、今、小学生の」

「裁判をするということでよろしいですね?」

 遮る。と、その時だった。

「話をつけに」

 公民館の裏の林が揺れ、茶色の動くものがのそのそと出てきた。

「え……」

 背筋がぞくっとした。それは巨大な体を揺らしながらゆっくりと木々の間から出てくる。

「え、え……」

 どう見ても、熊だった。四つん這いでこちらを見てくる。

「あ、え、あ?」

 鋭い視線、狙いを定めるように、身構えているように気がする。雨川、猟友会の面々と熊の間にフェンスや檻などない。同じ空間にいる。人体を切り裂くであろう爪と牙、それを持つ凶暴な熊。

「い、いやあぁあっ」 

 走ってこられたら絶対に逃げられない。

「ねぇ、あれっ! は、早くなんとかして」

 猟友会の面々が林の方へ視線を向ける。

「は、早くっ」

 猟師達が呆れた様子で、

「麻酔銃はないですよ。というか、あれは」

「く、来るっ、早くっ、なんでもいいからっ、麻酔銃じゃなくても良いからっ」

 猟友会の面々はドン引きしたように、

「雨川さん、本気で言ってます?」

 近づい来た熊は立ち上がった。

「きゃ……きゃあああっ」

 尻もちをつく雨川。

 しかし熊は両手ですぽっと頭の部分を取った。

「なんか勘違いしてるっぽいですけど、着ぐるみっすよ」

 顔を出したのは栃木だった。リアルな熊の着ぐるみを脱いだ彼はため息をついて、

「小学生に、熊の怖さを伝える特別授業を頼まれたのでその相談してたんすよ。ていうか、麻酔銃じゃなくても良いって、普通のライフルってことですか?」

「あ……」

 自分の口走ったことを思い出し、青ざめる。

「おばさん、自分のためなら熊が死んでも良いのね。手のひら返し凄いわ」

 公民館から出てきたのは姫と、

「自分の発言に責任を持った方が良いですよ。裁判でお金取ることしか考えてないからこういうことになるんです」

 奏介だった。雨川はプルプルと震えだす。

「言ったでしょ。状況に寄るって。自分が襲われそうだからってライフル使えですか。あなたは自分も熊も命を落としてほしくない最善の方法を取るって言いましたよね? 実行出来てないでしょ」

 雨川は悔しそうに唇を噛み締め、がっくりと肩を落とした。

「猟友会の皆さんに言うことがあるのでは?」

 雨川はゆっくりと立ち上がった。

「……申し訳、ありませんでした」

 そう呟くとそそくさと車へ戻り、公民館を去っていった。

「うっしゃ! 追い返した!」

 栃木が、言うと猟友会メンバーがそれぞれ感想を述べる。

「いい気味だったな」

「あれは傑作だ」

「口だけかよ、あいつ」

 などなど。実際小学校で特別授業をするのは本当だが、次に彼女が来たら実行した方が良いと奏介がアドバイスをしていたのだ。

「タイミング良かったわね。まさか練習中に来るなんて」

「あぁ、おかげですぐ行動できたし。……菅谷さん、ありがとな。あんま話したことないオレなんかの頼みを聞いてくれてさ。弟くんにも滅茶苦茶世話になったし」

 恥ずかしそうに言う栃木。

「良いのよ。ちなみに奏介はこういうの慣れてるから」

「……否定は出来ない」

 実際慣れているわけで。

「おおーい。君ら、鍋食べてくかい?」

 昨日に引続きに食事の誘いにだ。断る理由もない。

 ちなみにメニューはすき焼きだった。

 その後、雨川を始めとする桃糠野性動物を保護する会の人間が現れることはなかったという。





 とある日の放課後にて。

 いつものメンバーが学校近くのファミレスに集まっていた。

「へぇ、皆でお昼食べてるんだ」 

 仕事帰りの姫を加えて、八人でテーブルを囲んでいた。

 奏介の隣に座った姫は楽しそうに全員の顔を見回す。

「うん。こっちが橋間わかばちゃん。奏ちゃんとバチバチにやりあったんだよ」

「ちょっと、詩音……」

 わかばが複雑そうに言う。

「やりあったって、橋間ちゃんて怖いもの知らず?」

 姫が首を傾げる。

「あ、お姉さんもそういう認識なんですね」

 わかばはそう言って、体をぶるっと震わせた。

「それで、こっちが僧院ヒナちゃん」

 ヒナは挙手をした。

「菅谷くんにはお世話になってます! 人生の師匠レベルで尊敬してます!」

「あはは、うちの弟を?」

「最後に須貝モモちゃん」

 モモはぺこりと頭を下げて、

「菅谷君には色々気にかけてもらっていて。わたしも助けてもらうことが多いです」

「ふーん、そうなんだ。奏介は困ってる人を放っておけないところあるみたいなのよね」

 姫はにこにこと笑っている。

「なんだかんだ、断ったことないよね」

 水果が言って、

「文句言いながら助けてるよな」

 真崎も頷いた。

 と、わかばが耳打ちしてきた。

「ねぇ、ほんとにあんたのお姉さんなの? なんか、可愛らしいっていうか、あんたに似てないわよね?」

「それ、普通に失礼だからな? まぁ、似てないのは昔から言われてるけど」

 と、姫がにやりと笑ってわかばを見る。

「わたしね、メイクが滅茶苦茶上手いのよ。良い感じに見えるでしょ? 可愛いは作れるってやつ」

 どこかで聞いたようなセリフである。

「そんな。お姉さん……素敵、ですよ」

 何故かわかばが顔を赤らめて言う。

「わかば、なんていうか、カリスマに弱いよね」

 と、ヒナ。

 そういえば、と奏介は思い出す。モデルのハルノに対しては熱狂的なファンのようだった。女子に大人気だった元風紀委員長にご執心だったこともあるし、アイドルの追っかけ精神があるのかも知れない。

「カリスマか。確かに姫さんは人を惹きつけるよな」

「真崎? それを言うならあなたもだと思うけど」

「いや、叶わないっすよ」

 モモとヒナが水果に小声で、

「ね、みーちゃんどういうこと?」

「菅谷君のお姉さんて、何者なの?」

 二人からの問いに水果は苦笑を浮かべる。

「まあ、過去のことだからね。うん、……」

 そんなやり取りをしつつ、わいわいやっていたのだが、

「あ、そうだ。あなた達、SNSで『カゴマツ』って名前で活動してる人知らない?」

 奏介は眉を寄せた。

「姉さん? もしかして新しい相談?」

「んー、相談されたわけじゃないのよ。でも友達が色々あったみたいで」

 皆は顔を見合わせ、全員首を横に振った。

「そう、なら良いわ」

 姫独自で調べたいことがあるのかもしれない。



※この物語はフィクションです。

実在の人物団体とは関係ありません。

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