第184話不快な動画をサイトにあげていたヤクザの息子に反抗してみた3
伊津がぽかんとした様子で奏介を見た。
「……は? 何言って」
奏介は舌打ちをした。
「惚けてんじゃねぇよ。あの動画。肉を床へ落としてフライパンで焼いたのお前だろ? それを客に出して喜んでさ、頭おかしいだろ。いくら掃除してても、汚いものは汚いんだよ。金払った客にそれを提供して本当に良いと思ってんのか?」
「はぁ?」
「はぁ? ってなんだよ。お前、床舐めろって言ったら出来んのか?」
伊津は顔を引きつらせて一歩交代。
「出来ねぇくせに、金取って客に提供してんじゃねぇよ、クズが」
「なんでそこまで言われなきゃならねぇんだよっ」
伊津は逆ギレでもしたように声を荒げる。
「この店では床に落とした肉を客に出してるって噂が回ってるんだよ。なあ、お前ならその話聞いて食べに来たいと思うのか? 普通に別の店に行くよな?」
伊津は言い返せない様子。
「あの動画がネットにアップされなければ来たかもしれない客が来なくなったんだ。その分の金が店に入ってきてないんだよ。責任取れんのか? お前の給料どこから出てると思ってんだ。客が払った代金からだろうが」
「そ……そんなの知らねぇっての!」
「知らない? 何も考えてないのか? お前、一体何歳なんだよ。自分の働いてるところの評判落として何もメリットないだろ。それすらも分からないでこういうバカみたいなことしてんのかよ。少しは考えろよ」
「っ! なんで初対面のやつにそこまで言われなきゃならねぇんだよ!」
奏介は床を指でさす。
「わざわざバケツ蹴って水浸したのお前だろうが。喧嘩売っといて初対面もクソもねぇだろ」
「それはっ、てかなんでオレばっかりそんなこと言われなきゃならな」
「ばっかりってなんだよ。お前以外に協力した奴がいるのか? 名前言ってみろよ」
奏介の鋭い視線に伊津はごくりと息を飲み込む。
「か、から」
すると、唐沢が全力で伊津を睨みつける。
伊津は呆然とする。唐沢からの擁護は絶望的だと悟ったようだ。
「店長が被害届けだして、損害賠償請求するってさ。店の評判落として営業妨害、あの動画のアカウントお前みたいだし、言い逃れ出来ないぞ。遊び半分でやっていいことじゃねぇんだよっ」
と、唐沢が奏介と伊津の横を通り過ぎた。
「小路、行くぞ」
「は、はい、唐沢さん」
「あ……」
さすがだ。伊津は切り捨てたようだ。
伊津がブルブルと震え始めた。
「ち、違う。オレじゃない。唐沢さんがやろうって言うから」
「ノリノリで一緒にやったんだろ。しかも店長をバカにしてたよな? お前、誰に雇われてるんだ? 雇い主バカにするってどれだけ頭軽いんだよ」
伊津は水浸しの床に膝をついた。
「……違う、んだ。そんなつもりじゃ」
「床に頭こすりつけて店長に謝罪しろよ」
がっくりと肩を落とす伊津。
「……はい」
奏介はふんと鼻を鳴らした。
バイト終了後。
裏口で待っていたわかばは、奏介と真崎が出てきたのでため息を一つ。
「ねぇ、伊津さんが厨房で店長に土下座かましてたんだけど、あんた何か……言ったのね?」
「文句は言ったよ。喧嘩売ってきたから」
「立ち会ってないからなんとも言えないが、一般人は瞬殺だったか」
真崎が苦笑を浮かべている。
「あれでビビるくらいならやらなきゃ良いのに。唐沢がいなきゃ何も出来ないんじゃない」
「その唐沢さん達は逃げるように帰ってったわよ」
シフトは夜まで入っていたらしいので、サボりらしい。
「でもなぁ、多分目をつけられたぞ?」
奏介は頷いた。店を出て歩きながら、なんとなく後ろに気配を感じる。
「二人共、先に帰って」
「いや、最後まで付き合うぞ」
「そうよ。乗りかかった船よ」
「……ありがとう」
雛原組組長邸、和座敷にて。
唐沢は父親や他の仲間と共に夕食を取っていた。
唐沢の隣の二席が空いているのが気になっている。
(あいつら、ちゃんと締めたのか?)
雛原組において、唐沢の父親は幹部ですらないが、格下の相手はいる。隣の席は唐沢父より地位が低い人間の息子達なのだ。つまり、言うことを聞かせられる。
と、障子が開いた。
「組長っ」
雛原組長はギロリと若い組員を睨む。
「食事中だ」
「中村と高木のせがれが、サツに捕まったと連絡がっ」
唐沢は固まった。バイト先のいけ好かない新人、菅谷奏介を脅してこいと命令していた。
その二人が、捕まった……?
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