第185話不快な動画をサイトにあげていたヤクザの息子に反抗してみた4
数時間前。
車がギリギリ通れるかどうかの細い裏通りに入った途端、黒っぽい大きめな乗用車が奏介のそばで止まった。
「ん?」
対向車が来ているわけでもないのに妙だ。そう思った瞬間、スライド式のドアが開き、後ろから背中を蹴られた。
「っく!?」
息が詰まるかと思った。車に押し込まれ、すぐさま車が発進する。
「っ……!」
座席に乱暴に押し付けられたかと思うと、容赦なく胸ぐらを掴まれる。目の前に、強面の男がこちらを睨んでいた。
「菅谷奏介っつーのはてめぇか、ああ?」
若い男だ。二十歳前後だろうか。運転しているのも同じくらいだろう。
「そう、ですけど、どちら様ですか」
「唐沢の兄貴をこけにしたらしいじゃねぇか。雛原組なめんなよ」
奏介は内心で呆れていた。一般人をさらっておいて、所属する組の名前を出してしまうとは。これはもう雛原組組長がこの誘拐を命じたとも取れる。
「……」
「びびって何も言えねえってか?」
と、急ブレーキがかけられた。
「っ!」
シートベルトをしていなかったので、目の前の男と一緒に思いっきり慣性の影響を受けてしまった。
「くそっ、一体何だっ」
「兄、貴……」
運転手の震える声。見ると、目の前に、パトカーが横向きに停められ、道を塞いでいたのだ。
「……!」
男が息をのむ気配。と、すぐに制服の警官二名が降りて来る。
「おいっ、さっさとバックして逃げろっ」
「む、無理っすよ! 細い道だし、かなり下がらないと」
そうこうしているうちに、奏介は男二人と一緒に車から出された。制服警官二人に囲まれる彼ら。そして、
「おーい、大丈夫かい?」
「はい。色々とありがとうございました」
奏介は駆け寄ってきた見王刑事に頭を下げる。
「菅谷ーっ、無事ー?」
「なんかされなかったか? 思いっきり引き込まれてたよな」
わかばと真崎である。
「ああ、うん。絡まれるとは思ってたけど、まさか誘拐されかけるとは思わなかったよ」
本当は絡まれた時に注意してもらおうと思っていたのだが、これは逮捕案件だろう。
「……菅谷君は本当に巻き込まれ体質なんだね」
見王が複雑そうな顔で言う。
『暴力団の下っ端に目を付けられ、ストーカーされている。注意してもらえないか』と刑事である見王に直接相談したのだ。上司である谷口の耳にも入り、見張ってもらったというわけだ。
「すぐ動いて下さるんですね。本当に助かりました」
「ああいう組織の連中の話を出されるとどうしてもね。菅谷君には悪いけど、家宅捜索の理由付けが出来そうだ」
「家宅捜索?」
奏介が首を傾げる。
「相手は暴力団だからね。それじゃ、気をつけて」
去っていく見王の背中を見ながら、奏介は息をついた。
「予想以上に頭が軽くて助かったよ」
「自業自得のところあるわよね」
「お前、組を潰せるんじゃないか?」
真崎の言葉に奏介は少し考えて、
「できそうだよね」
「待て待て。冗談だと言ってくれ」
珍しく真崎が慌てたように言う。本気でやりかねないと思われているのだろう。
「で、これからどうするのよ?」
「そうだな、あいつに教え込んでやらないと。組の名前使って人をバカにするなって」
向こうの世界を全て知っているわけではないが、組織の名前を背負うことがどれだけ大変かと自覚させる。そのためには動かなくてはならないが。
(針ヶ谷達は巻き込めない。でも、無茶をすると怒られるからな)
奏介はとりあえず、次の作戦について二人へ説明したのだった。
○
翌日。
雛原組組長の邸宅にて。唐沢は父親と共に組長から呼び出されていた。家の廊下を歩いている。
「……睦美、てめえ、中村や高木のせがれと何かしでかすつもりだったんか? ああん?」
組内では息子である唐沢に疑いが向けられている状態だ。父もピリピリしている。
ちなみにバイトへ行ったら、小路は店を辞めていた。今日はいたが、伊津も辞めるらしい。
取り巻きが一気にいなくなった。心細さは異常だ。
と、組長の部屋前。父が声をかけて障子戸を開け、一礼。そして、唐沢がそれにならって顔を上げると、
「!?」
雛原組組長が座布団の上に座っているのは良いとして、組長の横に座っているのは……菅谷奏介だった。
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