第175話奏介と味方のままだった風紀委員室昼食メンバー
数年前。
小学生の奏介は学校に向かいながら、決心を固めていた。昨日味方してくれていた女子達にお礼を言わなければならない。
(ちゃんと言おう)
タイミング良く、女子三人が靴箱で話していた。
「あ、あの、土原(つちはら)さん達」
一斉にこちらを向く女子達、
「昨日は、ありがとうございました」
頭を下げて顔を上げると、彼女達は背を向けて歩き出していた。
「え、南城君が!?」
「そうなの、今度遊ぼうって」
何が起こったのか分からなかった。お礼を言っただけなのに、あからさまな無視。ズキリと胸が痛んだ。
「皆おはよう」
固まっている奏介の横を悠々と通り越したのは南城だった。
女子達の表情が明るくなる。
「南城君おはよー」
「ねぇ、今度遊びに行くのってさ」
ちらりと振り返る南城、口元に笑みが浮かんでいた。
○
桃華学園、昼休み、風紀委員会議室前にて。
南城は表情を引きつらせた。
「え……なん、で」
あのブログの内容と真意、そしてペンネームまで。確かに奏介は口にした。
「なんでって、散々煽ってたのに気づかなかったのか? 頭の中、お花畑だな」
この上なく馬鹿にしたように言い捨てる。
「!?」
思わずカッとなった。見下していた相手からのこの態度。耐え難いものがある。
「君さぁ。学校から追い出されたいわけ?」
その気になれば、悪い噂を流すことも出来るのだ。ゆっくりと周囲からの信頼を失わせ、彼をさらなる孤独へと追い込む。本気になれば出来る。
こう言ってやれば、小学生の頃のように、怯えると思っていたのだが。
すると奏介は不敵な笑みを浮かべた。
「やってみろよ」
「は?」
「出来るものならやってみろ。俺をこの学校から追い出してみろよ。それは宣戦布告と受け取るぞ。喧嘩を売ってるってことでいいか?」
低い声で唸るように言う奏介。まるで肉食動物に睨まれた気さえした。
あまりの迫力に一歩後退。
「ところでお前、石田が好きなんだろ?」
「っ!」
誰にも話したことがなかった想いを、よりにもよって彼に知られるとは。
「……あぁ、そうか。それで強気なんだ? 普通の人から見たら、そりゃ気持ち悪いだろうしね。弱みを握ったつもり?」
「てめぇが男好きだろうが女好きだろうが、心底どうでも良いんだよ。問題は俺を、勝手な恋愛感情に巻き込みやがったことだ。どうせ石田を牢屋にぶち込んだ復讐でもしてるつもりなんだろうが、それは石田が好きだからやってんだろ? 小学生の頃もそうだよな? 石田のために俺をいじめてたんだろ? 他人を巻き込まなきゃ恋愛も出来ねぇのか? このヘタレホモ野郎」
吐き捨てるように言われ、ぐっと言葉に詰まる。ただ、石田の笑顔を見たかった。それだけで奏介をいじめていたのは事実だ。すべて見透かされている。
しかし、
「ヘタレ野郎、か。普通のやつには分からないだろうね。同性を好きになってしまう人間の気持ちなんかさ。告白なんかしようものなら気持ち悪がられるんだ」
「なんの話をしてんだよ。お前と石田の問題に、なんで俺が巻き込まれなきゃならねぇんだって話をしてるんだ。同性好きな人なんて世の中にはたくさんいる。それともなんだ? 同性好きな人は全員、いじめが趣味だから仕方ないとでも言いたいのか? ふざけんなよ。んなわけねぇだろ。このクズ」
まくし立てられ、南城は表情を引きつらせた。
「さっきから、好き放題言ってっ」
奏介は鼻を鳴らした。
「言いたいことがあるなら言ってみろよ」
「……」
奏介を反論、罵倒する言葉が見つからないのは、彼に対するいじめがすべて石田のためだからだ。
「小学生時代の復讐なんて下らないし、する気もないけど、お前、俺の友達に取り入ろうとしたよな?」
奏介の表情が怒りに満ちていた。
「そのクソみたいなやり方は脳みそが腐ってないと考えつかないだろうな。今、あいつらとの時間は俺の居場所なんだよ。それをわざわざ取り上げようとしたこと、絶対に許さないからな」
「っ……」
ガチギレという言葉がしっくり来る。感情的ではないが、明確な敵意が感じられた。
奏介は人差し指で天井を差した。
「あのブログ、世界共通語で、世界に向けて発信してたよな? つまり、色んな人に見てほしいと」
と、校内放送なのか、音楽が流れ始める。
『桃華学園の皆様こんにちは、放送委員会会長の
「え……?」
放送は続く。
『今回、まずは二年生の櫛野零君から! 学童保育ボランティアを募集しているそうで……』
ハルノや東坂委員長の名前も飛び出し、そして、
『次は一年生の南城泰親君から! 自作のポエムだそうでたくさんの人に呼んでほしい欲しいそうです! たくさんお便りいただいので、厳選しますね。少々お待ち下さーい』
南城が青ざめる。
「ちょっ……待っ……止めてくれっ」
奏介に手を伸ばす南城。
「小学生の頃、俺も何度もそう言ったけど、聞いてくれたことないよな」
「! 違う。あれは石田君が」
「大好きな石田君に罪をなすりつけて被害者面か。最後の最後に保身て、呆れるよ。お前、結局何がしたいんだ」
と、ノイズが走った。
『毒リンゴを食べたい。私の体が、心が欲している。眠りについて、目覚めた時、彼の笑顔が見たい。私は白雪姫。白雪のように儚い存在。ねぇ、毒リンゴを食べさせて』
南城が青ざめて膝を着いた。
『ひゃー、ぞわぞわするくらい素敵なポエムでしたね! ありがとうございました! 放送ネタ提供、部活、委員会の宣伝勧誘など、どんどんお便り下さい。放送委員会議室の前にお便り箱を設置しますので』
放送は続いているが、奏介は座り込んだ南城を見下ろした。
「これで人気者だな?」
「っ! プライバシーの侵害だぞっ」
「そういえば、この前、カラオケに誘ってもらえなくて寂しくて暇だったから、リスナーからのお便りコーナーがあるラジオ番組に日本語訳したお前のポエム書きなぐって送っておいたわ。ハガキとメール合わせて100通くらい。読まれると良いよな?」
南城は頭を殴られたような衝撃を覚えた。きっとハッタリではない。目の前の彼なら本気でやるだろう。
「う……うああああっ」
奏介は背中を向けて歩き出した。
「いつでも受けて立つから、やり返して来いよ。でも、その時は容赦しないからな」
南城の羞恥による絶叫はしばらく続いた。
○
三日後。
昼休み、風紀委員室。
「見事に不登校になったわね。てか、転校するって噂になってるわよ。桃華のポエマー南城君は」
わかばが哀れみの表情で言う。桃華のポエマー南城というのはあっという間に呼び名として定着した。
「あの放送からポエム有名になっちゃって、校内に広まったからね……」
詩音が苦笑を浮かべる。
「いやぁ、この晒され方はエグいよねぇ」
「自分だったら立ち直れないと思うわ」
ヒナ、モモがそれぞれ一言。
「そういえば、放送委員会の先輩、喜んでいたよ。昼休みの放送好評みたいで」
「話題になってたよな」
水果と真崎も頷く。
全員の視線が奏介へ向くが、本人はぼんやりと弁当をつついていた。
「菅谷?」
「奏ちゃん大丈夫?」
反応なし。
「おーい、菅谷くーん?」
ヒナ手を伸ばして、頭をポンポンする。
「!」
奏介ははっとした様子で顔を上げた。
「ごめん、何?」
「菅谷、もうあいついないから喋っても良いんだぞ」
真崎が真剣な表情で言う。
「あぁ、うん。慣れてた」
奏介が少し寂しそうに言うので六人は顔を見合わせた。
「なんとなく感じてはいたけど、菅谷のその態度、演技じゃなかったんだね」
水果が言うと、詩音も頷く。
「なんか、奏ちゃんが凄く寂しそうで見てられなかったんだよ」
「そう、あいつを力づくで追い出して優しさで包んであげたかったよね」
ヒナが顔の前で拳を握りしめる。
「菅谷君の頼みだから、好きなようにさせてただけよ。菅谷君の頼みだったから」
モモが強調する。
「まぁ、俺も数回殴りそうになったけど、我慢してたしな」
「針ヶ谷の殺意は結構伝わってきてたわよ。空気読めてなかったわよね……」
奏介はゆっくりと頷いた。
「ありがとう。昔の自分を思い出してた。このまま、皆と南城が一緒に行っちゃうんじゃないかと思い始めてたんだ」
孤独は気持ちを不安にさせるのかもしれない。わかっていても、皆を信じていても、やはり思い切れない部分はあったのだ。
「ま、おれは菅谷が思ってるより、お前のこと数倍信頼してるぞ。改めて言うことじゃないけどな」
「あ、ずるい、針ヶ谷君。ボクもボクも!」
「さすがに水臭いよ、奏ちゃん」
何も言うまいと頷く水果とモモ。
「あんまり、そういう顔してるの似合わないから元気出しなさいよ」
奏介はふっと笑う。
「あぁ」
小学生の頃。南城に操作された同級生達が戻ってくることはなかった。他人とはそういうものだと諦めていたが。
(南城の言葉を信じたままだった連中のことがどうでも良くなるな)
何やら次に遊びに行く場所について議論が始まったので、加わることにした。
「なんでバンジージャンプに行く行かないって話になってるんだ……」
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