第174話昔の同級生を友人から引き剥がし孤立させてみた3
放課後である。すでに真崎達は南城と共にカラオケへ行った。南城に呼ばれて教室を出ていく真崎にやや寂しさを覚えながら見送り、三年生の教室へとやって来ていた。
「ポエムブログ?」
櫛野零は首を傾げた。
学童保育の件で風紀委員に相談を持ちかけていた三年生だ。あれから、すれ違ったり顔を合わせると挨拶をする。
「この学校に書いてる人がいるらしくて」
「どれどれ」
奏介のスマホを受け取って、画面に目を通す。
「中々幸せそうだね……」
悪くは言わないが、あらさまにドン引きだった。
「心当たりないですか?」
奏介は笑顔で問う。
「いや……」
「はい、この人のSNSに書いてあったんです」
「へえ。いやそれにしても凄いセンスだね」
英語のブログと一緒に、和訳した文を同時に見せたのだが、櫛野はある程度読めるようだ。
「なんかこう、恋する乙女って感じで」
奏介は微かに口元に笑みを浮かべた。
「ですよね。俺、一目でファンになって」
櫛野は真顔で見て来る。
「マジで言ってる?」
「もちろん冗談です。でも、書いた人を見つけたいんですよね。先輩、ご協力、よろしくお願いします」
「あー、うん。菅谷にはお世話になったから出来るだけ手伝うよ」
快く引き受けてくれた。友人にも聞いてくれることになった。
それからハルノや東坂委員長のクラスに向かっていると、タイミング良く、二人そろって歩いてきた。
「お疲れ様です」
「丁度良かった。クラスに行こうと思ってたの」
ハルノが言う。
「メールの件ですよね? どうですか、心当たりあったりします?」
東坂委員長とハルノは顔を見合わせる。
「心当たりはないんだけと、良い感じのポエムだよね。ある意味才能を感じるっていうか」
「私は、純粋なのは凄く良いことだと思いますよ」
東坂委員長はいつもの母性溢れる笑顔を浮かべ、
「それで、書いた人が最近うちの学校に転入してきんですよね?」
「はい。SNSの近況報告に書いてあって。その人を探してるんですよ」
東坂委員長は少し考えて、
「確か、ここ二カ月の間で転入して来た生徒は十五人だと聞いてますが」
さすがというべきか、調べてくれたらしい。
「その中に海外から来た人っていたんですかね? 一人は同じ学年の男子なんですけど」
「留学生も多いですからね。でも、わかりました。先生にも聞いてみますよ」
「わたしも、協力するから」
ハルノもやる気満々のようだ。こうして何人かに協力を得ることに成功。
ゆっくりとこのブログの知名度は広がって行った。
とあるカラオケボックス内。
南城は、詩音と水果のアイドルソングを聞きながら、胸の奥に湧いたモヤモヤを振り払えずにいた。
(あいつ……)
あのブログのポエムに心酔しているらしい奏介は、書いた人間を探すと言っていた。
(いや、でも、あいつに聞いて回れる知り合いがいるわけないし!)
気弱で口下手で、友人がいなかった菅谷奏介の小学校時代を思い出し、自分で自分を納得させた。
と、詩音達の歌が終わる。
南城は大袈裟に手を叩いた。
「二人とも上手いっ! さすが!」
「ほんと、上手いじゃない」
「みーちゃんも相当上手いよね。しおちゃんに合わせて綺麗にハモってたよ」
「ちょっと羨ましいわ……」
わかば、ヒナ、モモである。
女の子達は話しているだけで華やかだ。
「あのさ、針ヶ谷君」
「ん? なんだ?」
一緒に拍手していた真崎がこちらを向く。
「いや、菅谷君のことだけど」
「菅谷?」
「ああ、うん。なんで皆菅谷君を仲間に入れてあげてたのかなって思って。いじめられてて可哀想だったから……とかかな?」
一瞬、真崎の表情が曇ったような気がした。
「さぁ、覚えてないけど。いつの間にかって感じだったな」
「へぇ」
やはり、彼は恐れるほどの人間ではなさそうだ。
他のメンバーに聞いてみても、いつの間にかという言葉が多く飛び出した。
カラオケの終わりが近づくに連れ、もやもやが晴れてゆくような気がした。
(もう少し疎外感を与えないと、ね)
自信が戻った。石田の仇を絶対に許さない。
しかし、翌日の朝のことである。
「ふああ」
欠伸をしながらバスに揺られていると、隣に立つ女子達が何かを見ていた。
「やっば」
「私はきっと人魚姫。海から人間を見つめる人魚姫……ぶっ、これ、ほんとに素敵ポエムよね」
南城はドキリとする。どう聞いても自分のブログのポエムの内容だ。あふれ出る気持ちのままに綴ったそれを読み上げられ、心臓が跳ね上がった。ブログを消してしまいたいが、今消したら怪しいような気がする。
(くっそ、あいつ……)
着実に広められている。あの、菅谷奏介に。
その日の昼休み。
南城は昨日のカラオケでの話題を展開し、のこのこと現れた奏介をあからさまに無視していた。皆も合わせてくれているので、完全に排除できるまでもう少しだろう。
「あー、僕らが幼稚園とかの時のアニメソングだよね?」
「そうそう。思い出せないんだよね」
ヒナがむぅっと唸る。
「わたし、あのアニメ好きだったよ!」
詩音が明るく言う。
「伊崎さんもあのアニメ見るんだ? なんか意外だね」
と、そこで割って入ったのは、
「あのさ、例のブログのことなんだけど」
なんとも空気の読めない奏介の一言に、南城は固まってしまい、会話をブロックできなかった。
「またその話ー? てか、結局見つかったの?」
わかばが少し迷惑そうに言う。
「いや、色んな人に聞いてみたんだけど、まだ分からなくて」
奏介は困ったように言って、
「それで、校内放送を利用しようと思うんだけど、放送委員の知り合いがいなくてさ。誰かいない?」
モモと水果が顔を見合わせる。
「うちの部にいるね。昼の校内放送でのネタがなくて困ってたから、提供すれば喜ばれるかもしれないよ?」
「生徒の主張ってコーナーを作るって言ってたわ。一般生徒から放送ネタを募集する企画なんですって」
この風紀委員室は放送を切っているので、聞いたことはなかった。
「そうなんだ。丁度いいね」
奏介は嬉しそうに頷く。
「実はネット掲示板にも引用して情報を呼び掛けたんだけど、有力情報がなくて」
南城は慌てて、スマホを開いた。桃華学園ネット掲示板を見ると。
(なっ)
ブログの内容、日本語訳で半分以上が張りつけられていた。ブログのURLや管理者を一緒に書き込んでおり、狂気を感じる。
それから、昼休み終了十五分前にそれぞれの教室へ戻ることになったのだが。
いつかのように皆が去った後で奏介に声をかけた。
「菅谷君」
「何?」
奏介は笑顔だった。
南城は睨みつける。
「忠告したよね? 人のプライベートを暴くのは止めなってさ。正直、犯罪だよ。ストーカーじゃん。いい加減、止めなよ。ネットで楽しく活動してる人を馬鹿にしてる行為だ。最低だよ」
奏介はふっと口元を歪めた。
「ようするに、やめてほしいんだろ?」
かなり低い声だった。気弱な表情が消え、影のある無表情。威圧感。目の前の人間がいじめられっ子の菅谷奏介だと認識するのが難しい。
「人に物を頼む態度じゃねえよな?」
「え」
奏介は人差し指を床に向けた。
「頭下げろよ。これ以上、自分のブログを晒すのを止めて下さいってさ。なあ? 石田ラブなチカさん?」
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