第173話昔の同級生を友人から引き剥がし孤立させてみた2
いつもの昼休み、風紀委員室にて。
「あっはは。橋間さん、凄いね」
「そうでもないわよ」
わかばがそう言って、
「いやいや、僕なんか底辺だからさ」
南城が苦笑を浮かべる。
「そういえば、南城君、英語得意なんだっけ」
詩音の問いに南城は頷いた。
「唯一の取り柄なんだ」
「へぇ、すごいなぁ。ボク、どっちかっていうと文系なのに英語ちょっと苦手なんだよね」
「それ、危なくないかしら……」
ヒナ、モモが反応する。
「英語ねぇ。海外にいると自然と身につくものかい?」
「周りがペラペラなら、覚えざるを得ないんじゃないか?」
水果、真崎が言う。
この上なく弾む雑談。この一体感が気持ちいい。
そして。
南城はちらりと奏介を見る。話に入れず、もくもくと弁当を食べていた。最近は奏介に話しかける者はいなくなっていた。空気、いるだけだ。
(そのうちここへ来なくなるだろうし、そしたら次はどうしてやろうかな?)
南城は上機嫌だ。
「そうだ。今日の放課後七人でカラオケでも行かない?」
皆から賛同の声が上がる。ちなみに奏介を誘うつもりはない。あえて七人と強調した。
「あ、あのさ」
突然奏介が声を発した。全員がそちらを向く。
「えーと、どうしたの? 奏ちゃん」
気まずそうな詩音。皆、微妙な表情を浮かべている。
「あはは。なんていうか、菅谷君は昔から空気読めないっていうか。ああ、悪い意味じゃなくてね?」
奏介は怯えたような表情。
「ごめんごめん、責めてるんじゃなくてさ。それで、どうしたの?」
南城は笑顔で聞いてやる。
奏介の口元が少しだけ緩んだ。
「the Lovepoem……っていう英語のブログ知ってる?」
南城はその瞬間、固まる。
「ブログ?」
真崎が首を傾げる。
「うん、オリジナルの詩を書いてアップしててさ。和訳して最近読んでるんだけど、凄く心に響くっていうか。SNSで調べたんだけど、この学校にブログの管理者がいるらしいんだよ」
南城は若干脈が早くなり始めたのを感じる。
「どんな詩なの?」
ヒナが興味津々といった様子で聞く。
「読み上げるね」
奏介はスマホを持ってすっと息を吸った。
「彼は今まで出会った地球上の、宇宙上の誰よりも魅力的。好き好き好き。でも届かない想いが切なく苦しいの。どうして彼は彼なの? 本当に彼は彼? 鏡さん、教えて? きっとこの世界は私達を許さない。悲しい。こんなにもに好き好きなのに」
奏介は少し恥ずかしそうに笑む。
「こんな感じ。良くない?」
南城以外のメンバーが顔を見合わせる。
「菅谷、あんた大丈夫? そのポエム、ぶっちゃけキモすぎるわ」
「なんか、ゾクゾクするね……!」
わかばが真剣に、ヒナが口元をひくひくさせながら感想を述べる。
「そう、かな?」
奏介は残念そうに言う。
「俺は好きなんだけどな、この詩」
南城は固まったまま動けない。
「SNSのプロフに書いてあったんだけど、このブログのチカさんて人、最近海外からこの辺に引っ越して来たんだって。そういえば南城君もそうだったよね。何か知らない?」
奏介の期待するようなキラキラした目にたじろぐ。
「し、知らないね」
声が上ずってしまった。何を隠そう、『the Lovepoem』の管理者は南城なのだ。叶わない恋を表した詩の数々。海外にいた影響もあり、英語で運営をしていたが和訳をしてまで読む人間がいるとは。
「うーん、やっぱりこのチカさんて人に会って話聞きたいなぁ」
「なら、色んな人に聞いてみたらどうだ?」
真崎の提案に奏介は頷く。
「あ、そうだね」
奏介は何度か頷いて。
「後は、この詩を書いた紙を何枚か印刷して正門で配ったり、校内放送で流したり、ネット掲示板に貼り付けて情報収集してみようかな」
「いや、ちょっ」
と、校内にチャイムが鳴り響いた。予鈴のようだ
「あ、みんな食べ終わった? そろそろ戻ろうよ」
南城が提案すると、皆片付けを始める。
奏介を見ると、薄い笑みを浮かべていた。ドキリとする。
風紀委員室を出てから、奏介に声をかけることにした。
「あのさ、菅谷君」
「ん?」
立ち止まる。皆は気づかずに行ってしまった。
「そういうの、止めた方が良いと思う」
奏介は不思議そうな顔をする。
「何の話?」
「だから、SNSで活動してる人の素性を暴こうとするのは良くないって話」
「別に暴こうとはしてないけど。ただ、単純にこのチカさんて人に会ってみたいんだよ」
奏介が笑って言うので、言葉に詰まる。
「む、無駄な時間だと思うよ?」
「うーん、でも俺、他に楽しみないからさ。友達も……少ないし」
少し寂しそうに言う奏介。そして、拳を握りしめる。
「だから、全力でチカさんを見つけて話を聞くんだ! そうすれば、自分が変われる気がするんだ。あの詩を読んでから世界が変わったって言うか本当に、素敵なポエムだよね」
どっぷりと心酔しているよう。
「今日の放課後、暇だから色んな人に聞いてみるよ」
「いや、だからさ」
「カラオケ行くんでしょ? 七人で。行ってらっしゃい」
奏介は笑顔で言って、南城に背を向けた。
南城はだらだらと汗をかき始める。
(いや、待て。なんで、この辺に引っ越したとかこの学校だとかわかるんだ? 別名義のSNSにしか書いてないのに)
いわゆる、写真投稿を主としたSNSのアカウントでは海外の風景をアップしたり、近況について呟いたりしているわけだが。
奏介の心酔振りは少しヤバそうだ。
(でも……いや、大丈夫だ。わかるはずない)
南城は自分にそう言い聞かせ、不安を頭から振り払った。
奏介は曲がり角の陰から立ち尽くす南城を見ていた。
どうやらこの攻撃は効いているらしい。
南城は、ブログの名前とアカウント名を別のSNSでも使っているのだ。写真投稿メインのSNSアカウントのプロフ欄には近況や出身学校、現在桃華学園に通っていることなどがバッチリと書かれていた。
「典型的なDQNだな。チカさん?」
個人情報を垂れ流しておいて、暴くのは良くないと言っていた。
SNSはインターネットだが、それをインターネットだと認識していない輩は多い。世界中の誰もが見るかもしれないのだ。個人情報を載せるのは自殺行為だ。悪用される可能性もある。
「すーがや君っ」
と、小声で声をかけてきたのはヒナだった。
彼女は唇に人差し指を当てる。
「しー」
奏介は頷いて小声にする。
「ビンゴみたいだね! あのSNSのアカウント」
「ああ、助かったよ。僧院」
写真投稿が主のSNSアカウント、南城のそれを調べてくれたのは彼女なのだ。
「個人情報を垂れ流すなんてボク、絶対出来ないけどなぁ」
「俺も無理だよ。さて」
「どうするの?」
「皆がカラオケに行ってる間に、このポエムを広めて上げようかな?」
転載などの違法行為はしない。
奏介は手始めに、東坂委員長とハルノにメッセージを送ることにした。メールで『the Lovepoem』のブログをおすすめる。
「まぁ、後はボクは口を出さないよ。これは君の問題だしね」
ヒナは片目を閉じて見せる。
「健闘を祈る!」
「あぁ、ありがとな」
ヒナは手を振って、教室の方へ駆けて行った。
「いつまでも小学生の頃のように調子に乗るなよ?」
奏介は無表情で、スマホを握る手に力を込めた。
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