第172話昔の同級生を友人から引き剥がし孤立させてみた1

 体育の終わりに校舎へ向かおうとすると、いきなり水をかけられた。

「ひっ!?」

 とっさに顔を腕でかばった奏介だったが、バケツ一杯の水をもろに浴びてしまい、冬の風にさらされてしまう。

「ひぅ……」

 涙目になりながら見ると、石田達が笑っていた。

「ぎゃはは、内股! きもっ」

「何泣きそうになってんだよ?」

 奏介は体を震わせて、歯をカタカタと鳴らしている。

「菅谷さ、無視はないんじゃないの?」

「返事くらいしろよー」

「うぁっ」

 足を蹴られて、尻もちをつく。

「うう……」

 と、その時。

「あのさぁ、真冬にそんなことしたら、凍えちゃうじゃない」

 奏介ははっとして声のした方へ視線を向ける。石田達がつまらなそうに舌打ちをした。

「んだよ」

「さすがに今のは菅谷君が可哀想」

「ほんとだよ。寒すぎると死んじゃったりするんだからね?」

 見兼ねた女子4人組が奏介の前に出る。

「面倒くさ。行こうぜー」

 石田一行は不機嫌そうに去って行った。奏介は立ち上がる。

「あの、ありがとう」

「菅谷君も菅谷君だよ。ちゃんと言い返さないと駄目でしょ? なんで黙ってんの。イライラすんだけど」

「ご、ごめん。でも……ありがとう」

 奏介は頭を下げて、そそくさと校舎へ入って行った。

「ねぇねぇ、君らさ。菅谷君庇うのほんと止めた方が良いよ」

 笑顔で女子達に近づいてきたのは南城泰親なんじょうやすちかである。

「え、南城君?」

 女子達が慌てる。クラスでもイケメンでモテる彼は狙っている女子も多い。石田とつるんでいる一人だ。

「彼、周りから同情誘おうとしてるけど、石田君に仕返しとかしてくるからね。上履きにイタズラしたりとか陰湿なの」

「えっと、そうなの?」

「そうそう。時々庇ってる君らの悪口もバンバン言ってるし。隣のクラスの伊崎さんと喋ってるの聞いちゃったんだよねー」

 顔を見合わせる四人。

「伊崎さん、めっちゃ困っててさぁ、だから彼女に聞いても口割らないとは思うけど、とにかく止めた方が良いって話。まぁ、信じるかは君達に任せるよ」

 その後、上履き事件が起こるのだが、自分の上履きにイタズラされたように見せて石田を陥れようとしたと南城が言いふらし、土岐の後押しもあり、奏介の孤立が深まった。もちろん、とどめになったのはカッター事件である。





 海外からの転入生、南城泰親は無事転校初日を終えた。表向きは謙遜するが、イケメンだと自負するだけあり、女子に羨望の眼差しを向けられた。硬派を演じるために、むしろ男子へ友好的に声をかけつつ、後はゆっくりと馴染んでゆくだけだ。

 そんな南城には一つの目的があった。

(石田をムショ送りにしたのは菅谷だって話だけど)


 

 放課後。

 南城は正門前でスマホをいじりながら、小学生時代のクラスメート、奏介を待ち伏せしていた。

「ん?」

 びっくりするくらい変わっていなかった。根暗で気弱そうな雰囲気、少し猫背気味に歩いている。

「え」

 その傍らには詩音、水果、わかば、ヒナ、モモそして真崎がいる。全員仲が良さそうで、どうやら友人らしい。

(伊崎さんはともかく、全員友達? あの菅谷が?)

 よく見れば同じクラスのわかばの姿もある。

「へぇ」

 彼らの後ろ姿を眺めながら、南城はぺろりと舌で口をなぞった。

 石田の仇は討つのが目的だが、

(菅谷に友達なんて似合わないよ?)

 ぼっちでいじめられっ子。本来の彼に戻してやろう。石田を警察沙汰にした罪は重い。

(調子に乗ってるとどうなるか)

 南城はそう思いつつ彼らに背を向けた。



 数日後。

 南城は靴箱の前でちらちらと階段の方を見ていた。

(来た)

 欠伸をしながら降りてくるのは詩音である。

「伊崎さん」

 笑顔で彼女に手を上げる。最初、ぽかんとしたものの、

「あ、小学生の時の。えっと」

「隣のクラスだった南城だよ」

「ああ、南城君。久しぶりだね」

 そうは言うものの、少し引き気味だ。幼馴染である奏介をいじめていた石田の取り巻きだと認識されているのは知っている。

「突然ごめんね。最近転入してきたんだけどさ、たまたま伊崎さんを見つけて。可愛くなったなーって思ってさ」

「へ!?」

 詩音の顔が赤くなる。

「ちょっと、お茶でもどうかな? 僕、海外にいたんだ。ここのところ同窓会とか仲良かった奴とかに会って飯行ったりしててさ。その一環ていうか、変な下心とかないよ? 懐かしい話したいってだけ」

「あう……ナンパかと思った」

 詩音、恥ずかしそうに。

「ないない。彼氏持ちの子を口説くなんてないから」

「えっと、わたし、彼氏いないよ?」

「そうなの? 伊崎さん、普通にいそうだからさ」

 終始照れていた彼女を半ば強引に連れ出し、近くの喫茶店へ。

 奏介の話題など一切出さず、小学生の頃の話を一時間ほど。

 そして、

「ごちそうさま。ほんとに良いの?」

「うん。懐かしい話聞けてよかったよ。それじゃ」

 何かを言いたそうにしている詩音に手を振り、南城はあるき出した。

(次はっと)



 翌日。昼休み。

 廊下で奏介とすれ違った。南城には気づかず、歩いてゆく。飲み物でも買いに行ったのだろう。

 彼が出て行ったクラスの入り口から近くにいた生徒を呼ぶ。

「針ヶ谷君て、このクラス?」

 すぐに、がたいの良い男子生徒を呼んでくれた。

「えーと、おれが針ヶ谷だけど」

 戸惑いを隠せないようだ。

「オレ、一組に転入した南城って言うんだけど、ちょーっと話があってさ。今大丈夫かな?」

「あー……まぁ、別に。ちょっと待ってくれ」

 スマホを取り出し、誰かにメッセージを送っているようだ。

「悪いな。それで? 面倒い話?」

 真崎の鋭い視線に南城は慌てる。

「違う違う。ここじゃなんだからさ」

 連れて行ったのは屋上に続く階段の踊り場だ。ギリギリ立入禁止ではないが、人気のない場所だ。

「実はさ、針ヶ谷君と手合わせしたいんだよね」

 予想通り、真崎はぽかんとした。

「……どういう……もしかして、他所のグループのもんか? お前」

「いや、僕、空手を習ってるんだけど、強い人と手合わせしてみたいんだよね。負けるの前提でさ。針ヶ谷君は喧嘩強いんでしょ?」

「いや、そういうのは全国大会で優勝した奴とかに頼めよ。おれはそういうちゃんとしたスポーツで強いわけじゃないしな。南城だっけ? 空手に情熱あるなら、おれなんかの喧嘩見ないほうが良いぞ」

「そう、なんだ」

 気落ちした振り。

「なんか、悪いな。おれは手本になるような人間じゃねぇよ」

「それなら、少し話を聞かせてもらえないかな?」

「話?」

「針ヶ谷君が喧嘩が強くなるために努力したこととかさ」

「あー……まぁ、それくらいなら」

「よかった。ありがとう」

 

 

 放課後。

 教室を覗くと、すぐに真崎を発見した。奏介と談笑している。

 南城はにやりと笑って、教室内へ。

「針ヶ谷君」

「ん? あぁ、南城。もうこんな時間か」

 昼休みに約束した時間を少し過ぎている。

 奏介は目を瞬かせた。

「行こうよ。近くのファミレスで良いよね」

「あぁ、構わないぞ」

 奏介が眉を寄せる。 

「針ヶ谷?」

「悪いな、菅谷。ちょっとこいつと用事。またな」

「そう、なんだ」

 不安そうな奏介を残し、南城と真崎は教室を出た。

 正直、真崎の話はどうでも良かった。奏介の友人を連れ出せただけで作戦成功だ。



 次に南城は同じクラスのわかばに目をつけた。

 とある休み時間。

「橋間さん」

 ヒナ、モモと談笑していたわかばに声をかける。

 三人は不思議そうに南城を見上げる。

「あのさ、橋間さんが風紀委員て聞いたんだけど」

「ええ、そうだけど」

「僕、どこかの委員会に入らないと行けないんだけど、風紀委員てどうなんだろ?」

 わかばは首を傾げる。

「うちの委員会、生徒の相談とか受けてるからちょっと面倒臭いわよ? 放課後の見回りとかあるし」

 南城は困ったように、

「そうなんだけど、図書委員会は最終下校時刻まで図書室にいなきゃならないし、美化委員は校舎全体の清掃チェックがあるんだって。風紀委員の方が良いかなーって。もちろん、楽じゃないとは思ってるけどさ」

「あはは、確かに図書委員は面倒臭いかもねー。週一で放課後潰れちゃうし、期限過ぎて返却してない本を回収しなきゃ行けないし」

 ヒナが困ったように言う。

「美化委員は週一で草むしりもするって聞いたわ」

 モモも言う。

「良ければ風紀委員会の話、聞かせてくれない?」

 南城は薄い笑みを浮かべた。



 翌日の昼休み、風紀委員室。

 真崎と共に中へ入ると、いつもの奏介の席に南城が座っていた。集まっていた他のメンバーと仲良さそうに談笑をしている。

「……」

「あれ、南城? なんでここに?」

 真崎が不思議そうに問う。

「お、針ヶ谷君。橋間さんに風紀委員室見学を頼んだんだ。そのままの流れでお昼一緒食べることになって」

 わかばがはっとした。

「あ、菅谷の席そこだったわよね。今、新しい椅子だすわ」

「あぁ、ありがとう」

 南城は構わず、詩音と話し始める。どうやら、奏介の席を空けるつもりはないようだ。

「へぇ、七人でよく遊ぶんだ」

「う、うん。えーと、奏ちゃん、あの」

 そこでようやく、南城が奏介と目を合わせた、

「久しぶり、菅谷君」

「……南城君、だっけ」

「最近転入してきたんだ。過去に色々あったけど……よろしくね」

 南城は爽やかスマイル。

 奏介はしばし無言で立ち尽くし、ぎこちなく笑顔。

「うん、よろしく」

 八人での昼食となった。

 

 それからは風紀委員室に集まる時は南城も参加するようになっていた。席は今まで奏介が座っていた場所だ。

 口が回るというか、場の空気を操るのが上手い。さり気なく、話題が奏介へ向くのをブロックしつつ、自分は話題の中心になる。

 やがて、奏介は風紀委員室での昼食タイムに喋れなくなっていった。メンバーが話を振ろうとすると、阻止されるため、口を開けないのだ。じわじわと、孤立していくのがわかった。


 数日後。

「ははは、伊崎さんてそういう感じなんだー」

 南城が言う。

「詩音はいつもよね?」

「むー、悪いのー?」

 他愛のない雑談、奏介は息をついた。透明人間にでもなったようだ。

 と、放送が入る。

『一年五組菅谷奏介君。職員室に来てください。繰り返しますー』

 全員で天井を見る。

「菅谷くん、お呼びみたいだね?」

 ヒナが不思議そうに言う。

「急いで行った方が良くないか?」

 真崎に言われ、弁当に蓋をして立ち上がった。

「うん、行ってくる」

 呼び出されたものの、他愛のないことだった。

 職員室を出て、風紀委員室へ戻る途中、何故か南城率いるいつものメンバーに遭遇した。廊下である。

「え……」

「あー、ごめんね、菅谷君。皆で演劇部の昼練習見に行くことになってさ。弁当食べ終わってなかったみたいだから、誘うのは悪いと思って」

 南城が困ったように言う。

「奏ちゃん、あの」

「ま、ゆっくり一人で食べてよ」

 皆は気まずそうに南城へついていく。

「食べ終わったら、菅谷も来なよ?」

「体育館だから、来てね!」

 水果とヒナがフォローを入れ、七人は去って行った。

 風紀委員室へと戻ると、他のメンバーの椅子は片付けられていて、自分の食べかけの弁当だけが残されていた。

 奏介は息をついて、弁当の前に座る。風紀委員室が随分と広く感じた。

 少しだけ惨めな気持ちになりながら、もくもくと食事をする。と

メッセージアプリ通知がなった。

「ん……」


 以下、メッセージアプリのやり取り。


ヒナ『菅谷くん、一体いつまでこいつと楽しくご飯食べなきゃならないのかな? マジでそろそろぶっ○すよー?』


詩音『ひーちゃん、落ち着いて。でもさぁ、そろそろしんどくなってきたよね』


わかば『てか、菅谷を除け者にしようとしてるの、丸わかりでヤバいわね』


モモ『ちょっとわざとらしいし、ついてくの厳しいわ』


水果『上手くやってるつもりなんだろうね……』


真崎『で、何か考えてるんだろ?』


 周りの人間から手を回していくやり方は小学生の頃と変わっていない。メンバーにはやり口を教えてあるので、不自然さがわかってしまうのだろう。気づかなければ、ゆっくりと孤立させられて行くのだ。

 奏介はふっと笑って、


奏介『準備中。後でお礼するから、そのまま泳がせておいて』


 それだけ打って、アプリを閉じた。

 奏介はスマホを操作しつつ、英語で書かれたブログを開くと、翻訳アプリにかけ始めた。


ブログ名『The Lovepoem』

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