第171話子育て専業主婦状態の奥さんを罵る旦那に反抗してみた3

「ぐぐ……」


 武之はぎこちない動作で、泣いている子供達や部屋の中を見回す。


 ミユキに出て行かれでもしたら、この惨状は自分でなんとかしなくてはならない。


「やらないなら、ミユキさんを引き止めないで下さいよ」


「っ……」


 今後どうするかはともかく、今出て行かれては困る。ここは恥をしのんで、武之は歯を食い縛り、膝を着いた。


「オレが、悪かった」 


 床に手をついて、頭を下げる。とんでもなく情けない姿にミユキは表情を変えずに無言。


「謝ってくれてありがとうございます。それじゃ」


 武之は心底驚いたようで。


「はぁ!? 謝ってやってんのに、なんだその態度は」


 ミユキは無言でうつむき、そのまま玄関を出て行ってしまった。


 武之、呆然。


「一言多いよ」


「なんだその態度はって、ブーメランだね」 


 女子二人、腕を組み、冷めた目で武之を見下ろす。


「お、お前らが来たせいだっ! 余計なことを言ったせいで、ミユキが」


 奏介は武之の前にしゃがんだ。 「いや、遅かれ早かれ、ミユキさんはこの生活から逃げてたと思いますよ。分かってます? 無能とかクソ女とか、その言葉って悪口なんですよ。わ、る、ぐ、ち。他人を傷つける言葉なんです。どうせミユキさんが言い返さないから、段々エスカレートしてたんでしょうけど、そういう悪口言われたら相手がどう思うか分からないんですか? どんだけおバカさんなんですかね?」


「バカだと!?」


「頭悪いからミユキさんに逃げられたんでしょ。好きじゃないなんて言ったら、そりゃこうなるでしょ」


 奏介は冷たく言って、


「ていうか、今まで罵倒しておいて、よく土下座出来ましたよね。情けなさ過ぎ。プライド皆無ですか?」


「ほんと、滑稽だよね。土下座して謝っちゃうとかさ。今までの態度を貫くならお前が出て行っても一人でやれるって宣言するんじゃない?」


「あぁ、プライド捨てて土下座するってことは、出て行かれると本当に困るってことだからね」


「ぐぐぐっ」


「それじゃ、お子さんの面倒見ながらお掃除、ごはん作り頑張って下さいね。言っときますけど、お子さん達に手を上げたりしたら、迷わず通報するんでよろしくおねがいします」 


「この子達に手ぇ、出したらボク許さないから覚悟してよね」 


「よく考えなよ? 自分の子供なんだからさ」


 奏介は立ち上がって、玄関のドアを開けた。


 ミユキがいなくなったことで、三人の子供達が一斉に泣き始めてしまった。


「うあーん。ままー」


「ううううっ、うっく、ひっく」


「ま、待って、くれ」


「は? 待つわけないでしょ。気持ち悪いんですが。そういや、あんたに暴力受けたんですよね。証拠に録画しといたので、児童虐待したら警察に提出しますね。それじゃ」


 奏介が吐き捨てるように言って、青い顔で手を伸ばす武之の目の前で、玄関のドアがパタリと閉まった。






 三日後。


 都合よく、昼休みの風紀委員室でヒナ、水果の二人と一緒になった他メンバーはまだのようである。


「あ、そうだ。あの旦那さん、ミユちゃんの実家に子供三人連れて行って、泣きながら懇願したらしいよ? 戻ってきて下さいってさ」


 ヒナが呆れ顔で肩をすくめる。


「はぁ。本当にプライドないんだねぇ」 


 水果、引き気味だ。


「で、ミユキさんは?」


「うん、普通に断って離婚するって。子供達はミユちゃんの実家で育てることにしたみたい」


 結局親権はミユキへ、そして育児の手伝いは彼女の実母父、さらには武之の母父も手伝うことにしたらしい。武之は一人っ子なので、彼の両親からも三人の子供達は可愛がられることだろう。


「まぁ、当然の結果だね」


「ムカつくから、ボク、あの旦那の会社潰そうかな」


「……いや、出来るのか?」


「……ヒナならやりそうだね。本気かい?」


「冗談、冗談」


 ヒナはそう言って、にやりと笑った。それは背筋に悪寒が走るような邪悪な笑みに見えた。


「ところで、菅谷くん」


「ん?」


「今回もありがと。君のためなら、なんでも協力するから言ってね? 経済界に裏から手を回してほしいとかさ」


「ちょっと怖いよ、僧院」


「あはは〜」


 水果がふっと笑った。


「菅谷のおかげで救われた人、どれだけいるんだろうね? あんたのそういうところ、ほんと凄いと思うよ」


 奏介は息をつく。


「クズってどこにでも湧くよね」


 きっと、人口の十分の一はクズ属性なのだ。自分の遭遇率の高さに、やや危機感を覚えた。


(まぁ、全員返り討ちにするけど)


 奏介は内心で、そう呟いた。

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