第170話子育て専業主婦状態の奥さんを罵る旦那に反抗してみた2
武之が眉を寄せる。
「そりゃそうだろ。他に何があるってんだ」
「人件費」
奏介が一言。
「ミユキさんにご飯作ってもらってるんでしょ? 世の中金が全てなら人件費払うべきでしょ。ボランティアさせといてよくミユキさんのことをバカに出来ますよね」
「何が人件費だ。そいつは俺の嫁なんだよ」
「だから? お嫁さんだから給料払わなくて良いんですか? 家政婦とミユキさんの違いってなんですか?」
「身内なのに家政婦と一緒にすんなや」
「ああ、じゃあ身内ならお給料は払わなくても良いと?」
「当然だろ」
奏介はヒナ達へ視線を向ける。
「この人、かなり貧乏人みたいだけど、本当に僧院の家みたいにお金持ちなの?」
「んー、一応そうなんだけど、節約のために奥さんをタダ働きさせて罵倒してんの見てると、お金ないんだなーって思う」
「むしろ、借金してそうだね」
「あー、確かに! 奥さんに払う分の給料を使い込んでるんじゃない?」
奏介は困ったように武之を見る。
「すみません、お金持ちだと思ってたんですけど、お金がなかったんですね」
武之は顔を真っ赤にしていた。
「ふざけんなよっ!?」
奏介は真剣な顔に戻る。
「じゃあ、家政婦とかベビーシッターを雇わない理由は? 金がねぇから奥さんをこき使ってんだろ」
蔑みの目。
武之が一歩後退る。
「か、家庭のことは女が」
「金がないから家庭のことは女にお任せしてると。はいはい、それは分かりましたよ。ところで、お子さん三人は年子ですよね? お金ないのに三人共大学まで通わせることが出来るんですか?」
「っ……! 当然だろ。金がない? おれは社長なんだよ。うちの会社はかなりの利益を出している」
「じゃあ、お話を戻します。ミユキさんに給料払わない理由は?」
武之が舌打ちをした。
「言ったろ、家庭のことは女がやるんだよ。子育ても、家事も全部な。それが出来ないから無能だっつってんだ」
「なるほど、家事育児は女の仕事。じゃあ、あなたの世話代は?」
「……は?」
「あんた、子供じゃないでしょ? 子育てには入らないし、家事っていうのはご飯つくったり、洗濯したり、掃除したりすることですけど、あんたの世話は家事じゃないでしょう。別料金です」
「あぁ? 作った飯は誰のためにあんだよ? 洗濯は誰のためにしてんだ? 掃除だって」
「作ったご飯はミユキさんが食べるものでしょ。洗濯するのはミユキさんの服だし、掃除は住んでる場所をミユキさんが綺麗にしたいから。あんたはついでにお世話してもらってるんでしょ? ミユキさんが作ったご飯を恵んでもらってるくせに偉そうですよね」
「おれが出してる金だぞっ」
「じゃあ、材料費の野菜、生でかじってて下さいよ。レストランで調理してる人がボランティアだと思ってんですか? 給料もらってやってるんですよ」
「こ、このやろ……」
奏介の冷たい視線に再び一歩後退。
「ごちゃごちゃと言いやがって、そいつはな、おれのことが好きだっつったんだよ。従順そうだから結婚してやったんだ。そ、れ、だ、けなんだよっ。それくらいやるだろ」
ミユキは目を見開いた。
「え……わたしのこと好きって」
「てめぇみたいな女、好きなわけねぇだろ」
「……」
ミユキは脱力したように肩を落とした。
「分かりました。出ていきます。好きでもない女にこれ以上いてほしくないですもんね」
放心したように言うミユキ。
武之が鼻をならす。
「てめぇ一人で食っていけるのかよ?」
「実家に一度戻ってから、お仕事を探して、一人暮らしでもすることにします」
ミユキは頭を下げた。
「お世話になりました、武之さん。お元気で。後で離婚届をお持ちしますね」
武之がたじろぐ。具体的なことを言われ、動揺したようだ。
「そういうことなら、オレも歓迎だ。ただし、子供は置いてけよ? 大事な跡継ぎなんだからな!」
「分かりました。確かにお金に困らず育てられるのは武之さんですしね。ちゃんとご飯を食べさせて、良い学校に通わせて立派な大人にしてあげて下さい。親権はお渡しします」
即答だった。
武之は開いた口が塞がらないよう。子供を置いてまで出ていくとは思わなかったのだろう。
「み、ミユちゃん良いの? こんな奴に子供を渡して」
ヒナが慌てたように言う。
「子供を経済的に困らせたくないでしょう? 武之さんならお金でなんとでもなるでしょうし、私が引き取るよりきっと幸せです」
その笑顔には育児疲れも浮かんでいた。穏やかな口調だが、子供のことを考えられないくらい、疲弊しているのだろう。
「お、おい、何考えてんだ。自分の子供を捨てるってのか?」
奏介、ため息を一つ。
「いや、跡取りなんだから置いてけって言ったのはあなたでしょ。捨てられるのはミユキさん、子供達は自分が育てるんでしょ?」
武之の顔がすっと青くなったような気がする。
「いや、だから……つーか、子供を捨てる母親なんて最低だろっ。このクズ女が」
「ええ、最低です。クズで良いです」
ミユキは呟くように言う。
「ミユちゃん……」
こうやって児童虐待に発展するのだろう。ミユキはその前に子供達から離れるつもりなのだ。
「さて、じゃあ次は新しい家政婦さん探さないとですね? でも、三人の子持ち男と一緒になってくれる女性がいるんですかね? 自分が産んだわけでもない子供に愛情を注いでくれる都合の良いお嫁さんなんて」
武之はぶるぶると震え始めた。
ミユキはと言うと、武之に背を向けた。
「あ、ミユちゃん」
すると、1歳と2歳の娘息子が追いかけてきた。
「ママ、どこゆーの?」
「まま?」
ミユキはふっと笑った。
「ごめんね、わたし、ママ失格だよね」
二人の頭を撫で、そのまま玄関へ。
「ままー」
追いかけて行く子供達を見、奏介は武之を見た。
「ほら、子供をママから引き剥がしに行って下さいよ。あのままだとついて行っちゃいますよ。特に息子さんは跡取りなんでしょ? あなたが今後育てるんでしょ?」
武之はだだだっとミユキを追いかけてゆき、腕を掴んだ。
「待てよ。てめぇ、無責任だろ」
ミユキ、足を止めるが無言。
「聞いてんのか、クソ女っ」
「それ、引き留めてるつもりですか? 子供置いて出ていけと言ったのはあんたでしょ」
「出て行けなんて、一言も言ってねぇよっ」
必死である。
奏介は武之とミユキに歩み寄った。
「ミユキさんのこと、好きじゃないんでしょ? なんで引き留めるんですか」
「自分で産んだ子供を置いて行くなんざ、最低だろっ」
「あなたにとっては無能なクソ女なんでしょ? いなくなってくれて良いんじゃないですか。そんな焦んなくても、ベビーシッター雇えば子供は育てられるし。そうやって罵倒し続けるような夫と暮らす意味なんて皆無でしょ」
「横からごちゃごちゃとうるせぇんだよ、ガキがっ」
「ミユキさん、ミユキさんはどうしたいんですか?」
ミユキは、はっとしたようで、
「……逃げたい。子供達からも、家事からも、武之さんからも」
呟くように言った。
やはり、彼女はすべてに疲れてしまっている。
「おい、何甘ったれたこと言ってやがるっ」
武之の必死さが痛い。抱きしめて、ごめんというだけで解決する可能性もあるのに、それすらも出来ないとは。
と、ついにミユキが武之の手を振り払った。
「っ! ミユキっ、てめぇ」
ミユキは虚ろな瞳で武之を見る。
「わたし、武之さんのこと好きだったの。でも、あなたはわたしのことを好きじゃないんでしょう? 子供が産まれた時、あの病院の一室で、一緒に笑ってくれるのが嬉しくて、産むたびに、やっぱり一緒にいたいって思えたのに」
武之、返す言葉が見つからないらしい。
「あーあ、本人の前で好きじゃないとか言っちゃうから」
「普通、思ってても口にしないけどね」
ヒナと水果は呆れ顔だ。
「ミ、ミユキ、俺は……」
「今更焦って言い訳ですか」
「う、うるせぇんだよっ」
怒鳴り声に、ミユキに張り付いていた子供達が泣き始める。
「さようなら、武之さん。あなたが好きだと思える女性に会えることを祈っています」
「ま、待ってくれ」
子供達すら無視をして、玄関のドアへ手をかけるミユキの背に武之はダラダラと汗をかき始めた。
「ミユキっ」
振り返る。
「まだ何か用?」
「だから、その……こ、子供が寂しがるだろうが」
「そう。ならパパが慰めてあげて」
「待てよ、何考えてんだよっ。出ていくとか」
「土下座」
奏介が静かに言った。それから、親指を下に向ける。
「ここに土下座してミユキさんに謝罪しろよ」
奏介へ視線を向けてきた武之は顔面蒼白だった。ミユキがいなくなれば、すべての家事や子供の世話も自分がやることになる。今その状況を思い浮かべ、焦ったのだろう。彼女がいなくなれば、生活が上手く行かなくなるのだ。
「聞いてんのか? 土下座しろっつってんだよ。モラハラクソ男」
奏介は蔑みの視線を彼に向けた。
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