第169話子育て専業主婦状態の奥さんを罵る旦那に反抗してみた1

「ボクのお願いを聞いてほしい」

 昼休みにて。風紀委員室へ入るとヒナが深刻な顔をして立っていた。

「お願い?」

 奏介は首を傾げ、真崎はいつものことかと言わんばかりに、風紀委員室内へ入ってる定位置へ。

 すでに他のメンバーは集まっていた。

「話聞いてただけで胸くそ悪くなるわよ?」

 わかばはすでにヒナのお願いの内容を知っているらしく、ため息をついた。

「とりあえず話は聞くけど」

 ヒナは頷いて、それぞれいつもの席へ。

「菅谷くんにはこう言った方が分かりやすいかな。あのクズと同じような奴にボクの従姉妹が苦しんでるんだ」

「どのクズ?」

 心当たりがあり過ぎて逆に分からない。

「ほら、ボクの元許嫁」

「ああ、あの先輩か」

 殿山の顔が浮かぶ。同じような奴ということは、モラハラだろうか。

「なんか、育休中の奥さんへの暴言が酷いんだって」

 詩音が珍しく真剣な表情で言う。

「家事育児を一切手伝わない夫なんだってさ。そいつに一方的に言われてるんだろう?」

 と、水果。

「うん。人格否定までしてくるんだって」

 ヒナが肩をすくめる。

 その様子にモモは少し考えて、

「自分を否定されるのは、凄く辛いと思うわ」

 切なげに言う。何しろ、異母姉妹に、モモも同じような目に遭わされていたのだ。人一倍悲しんでいるように見える。

「家事、育児をしない、か。いわゆる亭主関白って奴だな」

 真崎が言って、

「そういう夫なら結構いそうだけど、その上で奥さんをいじめてるってわけか」

「そう! そこなんだよ。奥さん一人に色々やらせといて、バカだのアホだの無能だの言ってね」

「なるほど」

「まぁ、家庭の事情に首を突っ込むのは良くないって分かってるんだよ? でもさ、最近泣きながら電話してくるんだ」

 精神状態が良くなさそうだ。

「別に良くないことはないと思うけどね」

 そう言ったのは水果だ。

「家庭の事情に思いっ切り首突っ込まないと、DVとか虐待はなくならないだろう? 被害者には解決出来ないからそうなってるんだ。第三者が突撃して強引に状況を変えるのは悪いことじゃないさ」

 何気なくいった水果に視線が集まる。

「……今回のお供は水果でいいんじゃない?」

「おお、そうだね。わかばちゃんに賛成〜」

 詩音が挙手した。

「わたしかい?」

 水果は苦笑を浮かべる。

「うんうん。じゃあボクとみーちゃんだね!」

「わたしはまったく面識がない上に関係ないんだけどね? まぁ、菅谷にはお世話になってるし、構わないけどさ」

「大丈夫、前にわたしも無関係な詩音を連れて行ったし」

 モモが言う。確かにあの時の詩音は無関係者だった。ただの付き添い、お供である。

「決まりだな」

「針ヶ谷はどうすんのよ? 相手、モラハラ男らしいけど」

「菅谷一人で十分だろ」

 肩をすくめる。

「聞いてると、口だけで暴力振るう勇気なさそうだしな」

 そんな話を聞きながら、奏介は目を瞬かせた。

「……なんでそんな、当番制みたいに」

「シフト組んだりしてないから大丈夫だよ!」

 詩音の謎の申告に奏介はため息をついた。

「別に無理についてくることもないと思うけど」

「分かってないなぁ、菅谷くん。皆、君が無茶しないか心配なんだよ」

 心配でついてきてくれているらしい。その発想はなかった。

「……そうか」

 改めて、本当の友達なんだと思った。



 放課後、奏介は水果、ヒナと一緒にヒナの従姉妹の七本しちほんミユキの家へ向かうことにした。

 0歳1歳2歳の子供(娘二人、息子一人)がいて現在、育休中らしい。つまり専業主婦状態なのだが、年子の二人わの育児が相当大変らしく、主婦業がままならなくなり、何も手伝わない夫が暴言を吐くようになったとのこと。

「そういえば、ヒナ。わたしはともかく、菅谷のことはなんて説明してるんだい?」

 電車に乗り込み、三人並んで座ったところで水果が問う。

「凄腕カウンセラーって言ってある」

 グッと親指を立てるヒナ。

「ボクのモラハラ婚約者をボコボコにした話をしたら、会ってみたいって」

 高校生に頼りたいほど、精神的に参っているのだろう。

「え、ボコボコって菅谷が? 物理かい?」

「いや、俺は罵っただけで、むしろ僧院が」

「あの時、潰しとけばよかったよね。これからあのクズのお嫁さんにさせられるかもしれない女の人に被害が出ないようにさ」

「潰す……」

 奏介はぶるりと体を震わせた。殿山はクズで間違いないが、男からとしては恐ろしいことを言う。

「話には聞いてたけど、ほんと色々あったみたいだね」

 水果が笑う。

「うん。ボク、あの件で目覚めたもん。菅谷くんにならまた土下座しても良いと思ってるもん」

「いや、俺としてはそれは勘弁してほしい」

 そんな会話をしながら、到着したのは一軒家だった。



 三人で見上げるのは、三階建ての七本家。

「……忘れてたよ、ヒナの従姉妹だもんね」

 七本ミユキは今年二十四歳で同い年の夫と結婚したと聞いている。若い二人がこんな豪邸チックな一軒家に住めるのはつまり、そういうことなのだろう。

「旦那さん、小さい会社のやり手な社長さんらしいんだよ」

 ヒナについて、玄関へ。

 インターホンを鳴らすとすぐにドアが開いた。

「あ……ヒナ、いらっしゃい」

 げっそりとした女性が出てくる。腕には娘を抱いていた。長い髪を太いみつあみにしているが、ところどころボサボサである。美人が台無しだ。

「え、大丈夫?」

 顔色も相当悪いが。

「あー、うん。寝られてないだけだから。それで、そっちが言ってた人?」

「初めまして、菅谷奏介です」

 水果も続いて自己紹介。

「汚いとこだけどどうぞ入って。お茶淹れるからさ」

 中へ通されると、確かに綺麗にしているとは言えない状態だった。物が散らかっているし、部屋で待っていたらしい息子はティッシュを箱から出して遊んでしまっている。もう一人の娘は理由がわからないが、ギャン泣きしていた。

「こらっ」

 ミユキがティッシュを取り上げると、息子大泣き。つられて抱いていた娘もぐずり始め。そして寝不足の彼女はへたり込んでしまった。

 三人の鳴き声だけが響き渡る。見ているだけで痛々しい。

「み、ミユちゃん、ボクがこの子達見てるから、ちょっと休んだ方が良いよ」

「それならわたしも子守しますよ」

 と、水果。

「俺も何か手伝います」 

 奏介も言う。

「う、ううん。良いんだよ。あたしが全部出来ないのが悪いんだし。旦那にも言われるしね」

「え……でも、三人もいて色々家事やるの大変だよ。ほんとに旦那さん何もしないんだ……」

 高校生にも分かる。一人で対応できる状態ではない。

 昼間は仕方ないにしても寝られていないということは旦那が帰ってきても手伝いすらしないのだろう。家のお金も旦那に握られていて、一時預かり保育やベビーシッターも利用させてもらえないらしい。

 ヒナが子守をかって出て、奏介達も手伝うことになった。

 その間、ミユキはお茶を淹れるとキッチンへ入って行った。

「よしよーし。ほら、高い高ーい」

 ヒナの様子に水果が目を見開いた。

「ヒナ、ちょっとあんた、腕力凄いね」

 両腕の力だけで赤ちゃんを持ち上げるとは。

「最近鍛えてるからね!」

「まぁ、でも僧院、危ないから止めといた方が良いよ」

「あはは、だよね」

 ヒナは頷いてしっかりと抱き直した。しかし、0歳はご機嫌になったようで笑っている。

 水果というと、背中をぽんぽんと優しく叩いていた。眠りに落ちそうな1歳である。

 奏介はというと、

「だからね、にや……やしてゆから、ママがねーにして」

 半分宇宙語に聞こえる2歳の相手をしていた。

「……そっかー」

「いりゆちゃ、なの?」

「うーん、どうかな」

 お喋りは好きなのだろうが、理解不能だ。五歳のあいみや最近関わった四歳の晶哉の扱いやすさが身に染みる。もう少しすれば、ミユキも楽になるのだろうが。

 と、玄関から『ただいまー』と聞こえてきた。

 そのまま足音が近づいてくる。奏介は二人と顔を見合わせた。

「おい、ミユキ。なんであんなに靴が……」

 顔を引きつらせる若い男性。

「な、なんだお前ら」

 ヒナが立ち上がる。

「こんにちは、ミユキさんの従姉妹の僧院です。お邪魔してます」

 奏介と水果もヒナに続いて頭を下げる。

「あぁ? ミユキはどこだよ」 

 挨拶もなしだった。

「キッチンにいますよ」

 ヒナが言ったところでお盆に湯呑を乗せたミユキが出てきた。

「三人共ありがとー。お待たせ」

 先程より少しだけ顔色が良くなったミユキが戻ってきたのだが。

「なんのつもりだ、お前っ」

 ミユキは、はっとした。

「た、武之たけゆきさん」

「変な奴ら、家に上げてんじゃねぇよ。片付けもしないで、子供の面倒も見れねぇのか? この無能女」

「ご、ごめ」 

 武之と呼ばれた男は奏介へ視線を向けた。

「てめぇ、うちの息子に触るんじゃねぇっ」  

「!」

 あまり強い力ではなかったが、間違いなく足で蹴られた。

「うあっ」

 横へ倒れ込む奏介。

「菅谷くんっ」

「菅谷っ」

 慌てた様子のヒナと水果。奏介はゆっくりと体を起こした。武之の視線はすでにミユキに向いていた。

「飯も用意出来てねぇみてぇだな? 言ったよな? 早く帰るって。一日中働きもしないで、だらだらしやがって、俺が養ってやらなきゃその辺で野垂れ死にだろうが」

「ご、ごめんなさい。すぐ、帰ってもらって、やるから、大声出さないで」

 ミユキの声が震えていた。

 奏介、ため息を一つ。

「金稼ぐしか能がなさそうな奴が随分偉そうだな」

 ぽつりと呟いた奏介、武之は鬼のような表情で奏介を見る。

「んだと!? もう一回言ってみろ、このガキっ」

 奏介はゆっくりと立ち上がった。ちらっとヒナを見る。小さく頷いたのでが察してくれたようだ。

「稼ぐ以外に家事とかなんも出来ないでしょう? よく偉そうな態度が取れるなって思ってつい口に出てしまいました」

「ふざけたこと抜かすなよ、クソガキっ、世の中金が全てなんだよ。その女は俺に寄生しなきゃ生きて行けない能無しなんだ」

「はぁ。必要以上に怒鳴ってうるさいし、興奮したワンちゃんみたいですよね」

「な!?」

「あ、今カッとなりました? もしかして俺、ここで殴られたり刺されたりするのかな?」

「あー、やりそうだよね。そしたら警察に顔写真提出して指名手配だね」

「菅谷、今のうちに110番しとくかい?」

「じゃあ、ボクは119番しとこうかな」

「な……なっ」

 奏介はすっと目を細めた。

「ところで、飯作ってないって言ってましたけど、あなたが出してる金って材料費だけですよね?」

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