第152話先輩に悪口を言い続けるその幼馴染みに反抗してみた1
風紀委員会議室の戸を開けると、東坂委員長が一人、書類整理をしていた。
「あ、お疲れ様です。菅谷君」
「お疲れ様です。えーと、相談者がいるんですよね?」
「ええ、生徒指導室で待ってもらってます。先に橋間さんと田野井さんが行っていますよ」
「了解です」
東坂委員長から連絡が入る前に、わかばに内容は聞いていた。
朝比賀ファンクラブのメンバーであり、二年の先輩だそう。
生徒指導室前。
奏介はノックをして中へと入った。
「失礼します」
「うげ!?」
何かの下敷きになった時にでも出すような声が聞こえ、奏介は眉を寄せた。
「あ、菅谷」
「随分と遅かったな」
複雑そうな顔をしたわかばと腕組みをしている田野井、そして顔を引きつらせているのは相談者であり、二年生の女子だろう。三人はパイプ椅子に座り、テーブルを囲んでいる。
「えーと、こちら
染髪しているだろう、黒に近い茶色のロングヘア。制服の着崩し方やスカートの短さ、メイクの感じからしてギャルっぽい。
「わ、わかば。これ? これが菅谷奏介君て子!?」
挨拶なしにこれ扱いである。
「だから、説明したじゃない。見た目マジで気弱なオタにしか見えないやつだって」
わかばが宥めようとそう言うが、ほたるは立ち上がって人差し指を指してきた。
「だからってこれはねぇわっ、ないっ。噂話とかわかばの話聞く限り、オタ系イケメンだと思ってたのにっ」
田野井が呆れ顔である。
「橋間は何度も特にイケメンではないと説明したのだがな……」
どうやら風紀委員相談窓口の噂とともに奏介の名前もちらほら出回っているらしい。
「帰る」
奏介は三人に背中を向けた。
「ちょっ! 菅谷っ! 相談者なんだって言ってるでしょっ」
奏介は取っ手にかけた手を止めて、振り返った。困惑の表情を浮かべる。
「その先輩、悩んでるように見えないけど」
「そりゃそうっしょ。だってイケメン菅谷君に会うための口実だったんだから」
開き直って胸を張る。
「……そうですか」
奏介はやや引き気味でわかばへ視線を向ける。
「な、何よ」
「いや、橋間、どうするんだよ。悩み相談するのか? しないのか? 解散なら解散でお前が収拾をつけろよ。田野井先輩も珍しく困ってるだろ」
「珍しいは余計だ。それはそれとして、オレも菅谷の意見に賛成だ」
田野井は腕を組んだまま何度か頷く。
わかばは肩を落とした。
「ちょっと、明石先輩。一応悩みあるでしょ? せっかくだから話してみてもいいんじゃない?」
「悩みっていうか、イケメンに慰めてもらおうと」
「それは良いから」
わかばはそう言いつつ、奏介を見た。どうやら、わかばがほたるを心配し、話を聞いてほしいようだ。
奏介は戸を閉めて、ほたるの前に座った。
「せっかく来たので、話くらいは聞きますよ。小さいことでも、悩んでるんですよね?」
大分怪しいが。
ほたる、ジト目。
「自慢じゃないが、我が風紀委員会の相談窓口として菅谷は優秀だ」
田野井が言う。
「はあ~……。こんな心配されるならわかばに話すんじゃなかった。はいはい、じゃあ、悩みっていうか、昔好きだった人を吹っ切りたいんだよね」
「昔、ですか?」
恐らく、中学生や小学生の頃の話だろうか。
「そ。近所のお兄ちゃんで、ことあるごとにあたしのことブスとか不細工とか言ってくんの。あたしが小一の頃からね。誰かに話すと、酷いって言われるんだけど、まあ、実際あたしがブスだから仕方ないんだけど」
さらりと言うが、少なくともメイクをした彼女は綺麗だし、美人だ。すっぴんも悪くないだろうことは今の状態でも分かる。
「仕方ないことはないでしょ。酷いこと言われてるわよ……」
どうやら今でも続いているらしいのだ。
「皆にそう言われて、最近になってちょっと腹立ってきちゃってさ。そいつ、婚約者がいるからもう結婚するだろうし、あたしの方も諦めないとなーって」
社会人なのだろう。五歳以上年上なくせに年下の女の子に悪口を言い続けているなんて。確かに酷い。そして当の本人はそれが普通だと思っている。
「洗脳、みたいだな」
田野井が小さく言って、奏介も頷いた。
「橋間の心配もちょっと分かりますね」
ブスと言われ続けて、自分はそうだと思い込んで、文句を言うこともなく、今まで来てしまったのだろう。それは好きだから、なのだろうか。
「そんなわけで格好いい朝比賀先輩や、イケメンだと噂の菅谷君に会ってときめきたいわけよ。残念だったけど」
非常に失礼である。
「どう、菅谷? やめさせる何か良い方法ない?」
「いや、別に困ってるわけじゃないし、もう良いよ、わかば」
ひらひらと手を振る。
「明石先輩、それが相談なら俺が手を貸しますよ。どうします?」
「え……」
目を瞬かせるほたる。
「どうします?」
奏介は、ほたるの目を見て、もう一度、質問をした。
奏介の真剣な様子に押されたのか、ほたるはすぐに頷いた。
未だに近所に住んでいるということで四人で向かうことにしたのだ。ほたるの家は学校の近くらしい。住宅街の一角だ。
「何かいい方法があるのか? 校内でのことではないから、難しそうだが」
並んで歩く、田野井が聞いてくる。
「今回は小細工いらないですよ」
「ん? そうなのか? なら、オレが着いて来ることもなかったか」
「いや、田野井先輩は追撃お願いします」
「なるほど、ギャラリーか」
と、ほたるが足を止めた。
「ここがあたしんち」
普通の一軒家である。『近所のお兄ちゃん』が帰ってくるまで待機だ。
ほたるは門を開けた。
「どうぞ」
わかば、田野井の順に入り、奏介も後に続こうとした時。
「あれ? ほたる?」
振り返ると、茶髪の青年が歩み寄って来た。ワイシャツにズボン姿だが、軽薄な印象、隣には清楚なワンピースを着た女性が付き添うっている。
「よっ、相変わらずブスだなぁ」
ナチュラルに、ほたるへ声をかける。
「…………って、うっさい! いきなり失礼だっての」
ほたるがお笑いの突っ込みのように返す。じゃれ合いという言葉が成立してしまっているようだ。
「ねえ、
女性が眉を寄せる。
彼女が耕太郎の婚約者らしい。
「あー大丈夫ですよ、ツミレさん」
ほたるが苦笑を浮かべて女性に声をかける。
「こいつとはいつものノリなんだって」
笑い飛ばしてから、奏介へ視線を向けた。
「え……まさかほたるの彼氏? うお、やば、ギャルとオタクのカップルってなんか漫画の設定になかったか? やべー、ウケる」
一人おかしそうに笑う耕太郎である。
奏介は冷めた目で彼を見て、
「不細工な男性ですね。明石先輩のお知り合いですか」
耕太郎の動きが止まった。
「……はあ?」
彼は奏介を睨んで来る。
「なんだと?」
「あれ? 自分が言われるのは嫌なんですね」
「何がだよ」
「明石先輩にはブスとか言っといて、自分が不細工って言われたら、不機嫌になるんですね」
奏介は静かに、そう言った。
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