第150話丸美の仕返しに反抗してみた5

 丸美は言葉に詰まって一歩後退した。


「命令って、あれは藤君が手伝ってくれるって言うから」


「それはあなたが頼んだから。頼まなかったら、そんなことしてないでしょう」


 確かにそうだった。丸美が岡目を奏介に引き合わせたのだ。それが原因での逮捕と言われれば間違いない。


「もう少し考えて行動してはどうですか? ねぇ? 愛人さん」


 丸美は思わず彼女の服の襟元を掴んだ。


「どこまでもバカにして……!」


 と、その時。


 一緒にいた教員が丸美の腕を掴んだ。


 見ると物凄い形相である。


「丸美さん、あなたは何を考えているの? 今日、停学が明けたばかりでしょう。我が校への転入を考えて下さっているお嬢さんに掴みかかるなんて、はしたない。どこまで聖ナリアの名を汚せば気が済むの?」


「だ、だってこいつが」


「黙りなさい。一般家庭からの特待生はたくさん受け入れて来ましたけど、あなたのような常識はずれな生徒は初めてです」


 と、彼女がため息を吐いた。


「斎藤先生、申し訳ありませんが、もう学校見学は結構です。そちらの生徒さんに失礼なことを言ってしまったようですし」


「え、あ……」


 教員は慌てたように頭を下げた。


「うちの生徒がすみませんでした」


「いえ、先生は何も悪くありませんので。今日は失礼致します」


 背中を向けて歩き出す。


「あー……えーと、先生、私、送ってきますんで」


 野久保つかさはそう言って彼女に続く。


 二人の会話が聞こえてきた。


「もう帰るん?」


「あぁ、目的は果たしたし」


 丸美は呆然とその背中を見送りつつ、


「丸美さん、生徒指導室へいらっしゃい」


 これから始まる地獄を覚悟した。





 数時間後、丸美カナエの無期停学が決定した。









「いい? 真っ直ぐ家へ帰りなさい。寄り道はしないこと」


 学校近くの通りにて。車の運転席から強い口調で言い放たれた母親の言葉にこくりと頷く丸美。親呼び出し、校長や副校長との話し合い、結果、終わりの来ない停学を言い渡された。つまり、自主退学をしろという学校の意思だ。


「まったく。無期停学ってあなたね、何をしたらそんなことになるの。……後で、復学できるように交渉してみるから、もう余計なことをしないでね?」


「わ、分かってるって」


 仕事を抜けてきたらしい母親はそのまま車で走り去ってしまった。


「っ……! あの女……」


 悔しくてどうにかなりそうだ。煽ってきたのは向こうが先なのに、何故自分ばかりがこんなに責められるのかと。


「へぇ、無期停学か」


 そんな声にはっとした。顔を上げると、道の先に奏介が立っていた。


「あ、あんたなんで!?」


「待ってたんだよ。この学校に知り合いがいてね、色々とやらかして停学食らったって聞いたからさ」


「なんの用よ!?」


 奏介は鋭い視線で睨みつけた。


「金返せよ」


「……は?」


「お前とお前の彼氏とお尻蹴りゲームをした時に財布から抜いただろ。返せつってんだよ。泥棒女」


「なっ……! あれはゲームで」


「蹴るっていうのは暴力行為なんだよ。ネットで調べると、足の先で強く物を突きやる、とかはね飛ばす。って意味だ。それを人間に対してやるっていうのはただの暴力なんだよ。格闘技戦じゃあるまいし、それにゲームなんていう遊びを表現する言葉を繋げるなんて非常識極まりないな」


「は、はぁ? ただの遊びに何意味とか調べてイキってんの?」


「最初に言ったよな? 痛かったんだよ、お尻蹴りゲームがさ。尾てい骨を骨折したり、内臓破裂の危険もあっただろ? そうなってたらてめぇは責任取れたのか? 診察料、入院費、薬代、場合によっては手術費。それ全部払えたのか?」


 丸美は震えながら一歩後退した。奏介の表情は真剣そのもの。冗談で言っていないことは分かる。


「いや、そんなことになってないからゲームだって言ってんの」


「俺、病院行ったよ。小学生の頃」


「……え?」


「実際、尾てい骨にひび入ってたよ。うちの母さんがさ、土岐に文句言ったらまた俺に嫌がらせをするだろうからって言わなかったけど」


 もちろん、知らなかった。


「う、嘘でしょ。そんなの」


「診断書ここにあるけど、見たい?」


 奏介はカバンから古びた紙をひらひらと振って見せる。


「っ……!」


「なぁ、人をバカにするのもいい加減にしろよ? 怪我させられたこっちが軽く突き飛ばしたくらいで騒ぎやがって、石田の真似したら上手くいった〜ってか? ふざけてんじゃねぇよ。もう守ってくれる土岐はいないぞ? 牢屋にぶち込まれてるからな」


 土岐が逮捕されたという話は聞いている。しかも特定の生徒をターゲットにしていじめを誘発させていたと報道された。


「まぁ、ここまで来たらもう自主退学だな。よかったな? 窮屈なお嬢様学校から離れられて」


「ま、まだ退学とは」


「絶対に俺がしてやる。退学に追い込んでやるよ。お前を」


 全身が総毛だった。目の前にいるこいつはヤバいと直感的に感じた。辺りが暗くなってきて、街灯の明かりが彼の表情を照らす。びっくりするくらい、冷たい目をしていた。


「や、やめてよ。そんな、退学になりたくない」


 母親が交渉して頼み込めば大丈夫だろうとは思う。しかし、目の前の彼は恐らくそれを妨害してくる。そうしたら、絶対に退学になってしまうと直感的に思った。 


「そっか。なら、地面に正座して頭下げろ。あと、謝罪の言葉。あの時の金はまぁ、今回は良いや」


 躊躇っていると、


「さっさとやれ。人に見られたくないだろ?」


 今の所人通りはない。


「うう」


 丸美は地面に足を揃えて正座をし、頭を下げた。土下座の一歩手前な体勢である。


「ごめん、なさい」


「他に言うことは?」


「も、もう二度とお尻蹴りゲームなんかしません」


 奏介はふっと息を吐いた。


「そうか、じゃあ、次やったら土岐に会わせてやるよ。覚悟しておけよ」


 奏介はそう吐き捨て、丸美に背中を向けた。


 丸美は呆然と、彼の背中を見つめていた。

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