第145話丸美の仕返しと奏介の憂鬱

 放課後。その日、奏介は風紀委員の活動もなく、授業が終わってすぐに学校を出た。


 駅を過ぎて細い通りに入ったところで声をかけられる。


 振り返ると同時に、


「!」


 勢いよく胸ぐらを掴まれ、人気のない路地へと連れ込まれた。


「うあっ」


 尻餅をついて、見上げるとそこには丸美カナエと見知らぬ男子高校生が立っていた。


「やっほぅ、すーがや君?」


 邪悪な笑みを浮かべ、手を振るのは丸美である。


「……何か用?」


 袋小路、出口を塞がれたので、逃げるよりそう聞くしかない。


「うん、この前色々言ってくれたじゃん? 彼氏がめっちゃ心配してくれて怒ってくれてさ」


 この前の仕返しというわけだ。


 奏介は制服のポケットに手を入れた。スマホを握る。


「お前お尻蹴りゲームとかいうのをやってたんだろ?」


「それは」


 一応説明しようと口を開くも、「おら、油断したら蹴られるルールなん、だろっ」


 走ってきた彼が回り込むようにして、腰辺りを蹴ってきた。


「!」


 奏介はその衝撃で地面に倒れ、スマホが手から離れてしまった。そして、とっさに目を閉じた奏介の耳に聞こえてきたのは、カシャリという硝子を割るような音。


「あ……」


 男がスマホを踏みつけて、笑っていた。


「立てよ。ゲームの続きだ」






 数分後。


 奏介は壁に背を持たれて座り込んでいた。


 顔には殴られた跡、腰から臀部にかけて数回蹴られた。骨が折れる気配はなかったので、痛みだけが残っている。


「う……」


 前に立つ二人はニヤニヤと笑っていた。


「はい、ゲーム終了。あたし達の勝ちだね」


「賞金もらってくわ」


「ホテル代浮いたじゃん」


 男が奏介の鞄から財布を取り出し、数千円抜いて行った。


「んじゃ、まったね。またやろうよ、お尻蹴りゲーム」


 二人は腕を組んで、去って行った。


「っ……」


 ふと小学校の頃の光景が浮かび、気づけば頬を涙が伝っていた。











 翌日。


 マンションの入り口で待っていると詩音がパンを食べながら慌てて駆けてきた。


「お待たせー……ん?」


 奏介は暗い表情をした顔を上げた。


「どしたの、奏ちゃん。その頬の絆創膏」


「……ちょっと」


 奏介は歩き出した。


「んん? 元気なくない?」


「ちょっと不意打ち喰らって、殴られた」


「不意打ち…………えぇぇ!? 殴らせたわけじゃなくて、ほんとに殴られたの?」


 奏介はこくりと首肯く。


「え、え、誰に?」


「言いたくない」


「お、おう。子供みたいな答え方。なんか落ち込んでる?」


「……そうかもしれない」


「だ、大丈夫?」


 奏介は答えずに息を吐いた。






 昼休み。


 風紀委員室に集まったいつものメンバーは奏介を囲んでいた。


「いや……いやいやいやっ、菅谷らしくないわよ、病気なんじゃない!?」


 気落ちした様子の奏介に対し、わかばが声を上げる。


「珍しいな、お前がここまで落ち込むなんて」


 真崎も心配そうだ。


「菅谷くん……」


 ヒナはかける言葉が見つからないようで、モモもおろおろしている。


「普段なら殴られたくらいでへこたれないだろ? あんた」


 水果が言う。


「いや、久しぶりに失敗したからさ。……俺は結局小学生の頃と変わってないのかもしれないと思って」


「奏ちゃん……土岐先生を逮捕させるためにあれだけのことやったのに、そんな」


「そうよ。殴られるの、上等なんでしょ!?」


「菅谷くん」


 ヒナが肩を叩く。


「わかばが言った通り、君らしくないよ。ここはぶちキレて倍返しするとこでしょ? ボクも手伝うからさ」


 モモも首肯く。


「あなたがそんな風なの、似合わないわ」


「……ああ、皆ありがとね。ごめん、心配かけて」


 奏介の様子に皆、それぞれ顔を見合わせた。






 こういう時に詩音の企画力が発揮される。有名なパンケーキの店である。気分ではないので断ったのだが、結局連れて行かれることになってしまった。


 奏介は一足先に駅に着き、皆の到着を待つことにした。力なく、駅舎の壁に背を持たれる。思った以上に精神的ダメージが。やはり、小学生の頃を思い出すような仕打ちを受けたせいだろうか。


 そんなことを考えていると、


「あれ、また会ったねっ」


 明るい声、奏介はびくりと体を震わせ、見上げた。


「ふふ」


 丸美と、その彼氏が気味の悪い笑みで立っていた。小学生の頃の彼女の姿と重なって、恐怖が込み上げる。


「んじゃ移動しよっか? お尻蹴りゲームで遊ぼう」


「ああ、あのゲーム人前じゃ迷惑だしな。ってわけで付いてこいよ」


 半ば脅しのよう。と、その時。奏介と彼女達の間に滑り込んできた人物が一人。


「お前ら、菅谷のなんだ? 友達か?」


 威圧するような低い声。鋭い視線。


 真崎は奏介の前に立って目を細めた。


「え」


 丸美は固まる。


「お、お前こそなんだよ」


 彼氏が少し動揺したように言う。


「ダチに決まってんだろ。で? お前らはなんなんだ? オレのダチに気安く絡んでんじゃねぇよ」


 彼女らは思わず黙る。


 目の前に現れた菅谷奏介の友人はすでに怒りモードであり、一触即発の空気を漂わせている。


 と、横からぴょこっと顔を出したのはヒナである。


「やっほー。なんかゲームやるんだって? ボクも混ぜてよ。お尻蹴りゲームだっけ? ネーミングセンス皆無だねぇ。で、どういうルールなの?」


「その名の通りなんじゃない? 人の尻蹴って楽しむんでしょ」


「痛そう。それ、ゲームなの?」


「うーん、ただの暴力じゃないかなぁ」


 それぞれわかば、モモ、詩音である。


「は? え、あんた達なんなの、ぞろぞろと」


 水果が呆れ顔で、


「わたしらは菅谷と待ち合わせしてたんだよ。変なのに絡まれてるのを見たら声をかけるだろう?」


 丸美は大人数に日和ったのか、彼氏の顔を見る。


「ね、もう行こう」


「お、おう」


 彼女らは足早に去って行った。


「大丈夫か?」


「ああ、ありがとう。針ケ谷。皆も」


「もう一発で分かったわ。原因あれでしょ?」


 わかばの問いに奏介は頷いた。


「小学校のクラスメートなんだ」


「もしかして、聖ナリアの子ってあれのこと? 着崩してたけど、確かにつかさと同じ制服かも」


「あー、丸美さんだね」


 詩音も覚えていたようだ。


 丸美について口々に文句を言ういつメンを見回して、奏介はふっと笑った。


「まさか、助けに入ってくれるとは思わなかったよ」


 小学校の頃では絶対になかったことだ。


「あの頃を思い出して落ち込んでるんだろうけど、今とは全然違うんだよ?」


 詩音が嬉しそうに言う。


「そう、だね」


 奏介は頷いて、


「ありがとう」


 噛み締めるように、呟いた。


(……とりあえず、丸美ぶちのめすか)








 翌日。


 丸美は欠伸を噛み殺しながら、聖ナリア女学院の昇降口にて靴を履き替えた。


「はぁ~。あいつどんだけ友達いんのよ。前はボッチ陰キャだったじゃん」


 廊下を歩く。


「生意気なやつ。てか、お友達がいないとなんにも出来ないくせに」


 自分の教室へと入る。クラスメートはお嬢様だらけ、表情を柔らかくする。


「おはようございます」


 にこやかな笑顔で教室へ入ると、何故か室内がしんとなった。ヒソヒソと聞こえてくる。




「不潔ですわ」


「婚前に殿方と」


「信じられません」


「そもそもあのような場所に」



(な、何?)


 令嬢達から向けられる軽蔑の眼差し。


 そして、朝のホームルームが始まる前に生徒指導室へと呼び出された。


 そこで見せられたのはネットの掲示板にはられていたという写真。『お嬢様学校の真実』という煽り文と共に。


「なっ!?」


 正面に座る女性教員は眉を寄せる。


「丸美さん、あなた何を考えているの? こんな場所に出入りしている上に我が校の制服を着用していくだなんて。朝早くから苦情の電話が止まらない状態です」


 制服姿の丸美と私服の彼氏がそろって『HOTEL』と書かれた看板が掲げられた建物へ入っていくところだった。いわゆるラブなことをする場所である。


「制服!? 着てくわけないじゃないですかっ、ちゃんと私服で」


「行ったのは否定しないのですね」


「あ……」


 親呼び出しの上、この日の説教は半日以上続いた。

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