第144話オムライスなクレーマーafter

磯木いそぎ須磨すまは並んでラーメンをすすっていた。


 美味しいと評判の店であり、平日の四時半過ぎという微妙な時間も客入りはそこそこある。


「……どうすんの?」


 と言ったのは須磨。


「……金、少ねえし」


 答えたのは磯木である。


 付き合って半年ほど。お互い社会人だが、給料日前になると決まって金欠になり、こうした評判の美味しい店で騒ぎ立てる。




『まずい! 金を返せっ!』




 店側は慌てふためいて、無料になる確率も高くなる。店内から連れ出されて、割引や半額で交渉されることも。


「じゃあ、やってよ」


「なんで他人事だよ。お前も合わせろよ」


 お互い無言になる。


 とある給料日前のある日、オムライスが美味しいと評判の店で騒ぎ立てたところ、高校生らしきカップルにこれでもかとやり込められたのだ。結果的に無料になったので、磯木達の勝ちではあるのだが、店長や客に蔑んだ視線を向けられ、そのカップル達にはボロクソに非難されたのだ。


「あれからビビりやがって」


「あんたもでしょ」


 ラーメンは半分程食べた。頃合いだろう。磯木は深呼吸をして、拳でテーブルを叩いた。乱暴な音が周りに響く。


「なぁ、店員さんよぉ」


 店内がざわつく。低い声で言ってやると、中年の男性店員が顔を引きつらせた。その後ろにいる初老の女性店員も同じ反応だ。恐らく、家族経営なので二人は親子だろう。


「このラーメンがなぁ」


 そう言いかけたところで、凄まじい視線に気づいた。はっとして隣を見る。


 無表情の奏介が頬杖をついてこちらを見ていた。その威圧感は恐怖すら覚える。


「……」


「……」


 磯木の冷や汗が止まらない。須磨は震えながらラーメンどんぶりを見つめている。


 奏介はどこまでも無言だ。


「あ、あの、お客様?」


 男性店員が恐る恐ると言った様子で声をかけてくる。


「う、うるせぇ! 目茶苦茶うめえって言いたかったんだよっ、文句あっか!?」


「え、あ……それは、ありがとうございます」


 磯木と須磨は急いでラーメンを平らげると、きっちり代金を支払って店を飛び出した。


「何あれっ! 何あれぇ!」


「もう考えるなっ、やめだやめだっ、これからは節約だっ」


 喧嘩になったら百パーセント磯木が勝つだろう。それでも、あの高校生は只者ではないと思った。








 クレーマーカップルが店を出ていくと同時に、頑固だと評判の店主が戻ってきた。妻や息子と会話を交わしている。


「おお、こういうことか。僧院、よく見つけたな」


 奏介の隣でラーメンをすする真崎が感心したように言う。


「でしょ? やらかそうとしてる顔で中入ってくんだもん」


 そう言ったのは真崎の隣のヒナ。そして彼女の隣の詩音が、


「あのオムライス屋でそんなことがあったんだー。ていうか、ここのラーメン美味しい」


 そう言った。


 奏介、詩音、真崎で帰宅中にヒナから連絡が入ったのだ。


「あいつら、まったく反省してないな」


 奏介が不満そうに言う。


「ありゃ、流れ的にやろうとしてたよなー」


 真崎、苦笑い。


「うーん、奏ちゃんの一睨みで態度変わってたね。……どんな制裁したの?」


 詩音がヒナに問う。


「他のお客さんと店員さん味方につけて、食い逃げ野郎って煽りまくった」


「奏ちゃんの常套手段だね!」


「なんか犯罪の手口みたいだな」


「いや、しお。言い方良くないぞ」


「でも助かったよ。ありがとね、菅谷くん。ボクだと手加減できなさそうだからさ。二人もわざわざ帰るところだったのにありがと。もちろん、ここは奢るからさ!」


「僧院……手加減する気がないだけだろ」


「えへへ~」


 古風な誤魔化し方である。




 奏介は店の出口へ視線を向ける。


 今度こそ、反省してくれれば良いのだが。


 なんとなく、そう思った。



※あとがき

書き溜めていた分を消化したので、ここから更新が少し遅くなります! 気長に待って頂けると助かります!

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