第123話人の趣味をバカにする根黒の友人の姉に反抗してみた2

どうやら誰かに言い返されたのは初めてのようだ。動揺っぷりが凄い。


「な、なんなの? 慧っ、こいつ、何!?」


「長見君の友達ですよ。というかなんなの? はこちらのセリフです。俺達はあなたに対して不快な思いをさせた覚えはないんですけどね。あなたの前でアニメオタトークをしたり、この部屋の中で騒いだりしていません。そもそも、今アニメの話をしていた事実はありません。一体何に怒ってるんですか?」


「あ、あんた達アニオタが、うちで集まって話してるだけでキモいんだよっ。アニメの女がどうの言ってるのを見てると吐き気がするっ」


 長見は悲しそうに目線を落とす。


「ろくに見たこともないくせにアニメ批判ですか。今時オタクじゃなくてもおもしろく見れるものもありますよ?」


「キモっ、さっそくアニメ語り?」


 話は通じなさそうだ。攻め方を変える。


「そもそも、長見がアニメにハマったきっかけはあなたが彼をいじめて引きこもりにしたからでしょ? あなたにいじめられるのが辛くて、部屋に引きこもってる時にアニメに出会って気持ちが救われたんだそうです。それ以来心の支えになってるみたいですよ」


「それが何」


「それが何って、話の流れがわかりません? あなたが長見をアニメ好きにしたんでしょ。それなのにガチギレって。バカにして笑いたいのかと思ったんですけどね、違うみたいなのであなたの意図がまったく分かりませんよ。長見に対して、アニメを好きにならないでほしかったんなら、いじめて引きこもりなんかにさせないでしょ」


「はぁ? そんなの知るわけないだろ。あたしはいじめてるなんて思ってないし、そいつが弱いのが悪いんだよ」


「あなたが、『いじめてるなんて思ってない』とか、本当にどうでも良いです。あなたの意見なんてくそ程の価値もありません。重要なのは長見がどう感じたかなんですよ。いじめっ子がいじめじゃないとか言っても自殺した子の遺書にいじめられたって書いてあったら、それはいじめでしょ」


 いじめっ子に多い思考なのだ。人の立場になって考えられない。どこかの教師が同じような言い訳をしていたのを思い出した。


「っ……」


 長見姉が怯んだのがわかった。


「そういえば、長見の大切なアニメDVDを捨てたそうですね」


 長見姉がふんと鼻を鳴らす。


「あんな気持ち悪いもの、捨てられて当然だろ」


 奏介は長見を見る。


「長見はお姉さんに何かしたの? 持ち物にいたずらしたとか嫌がらせしたとか悪口言ったとか」


 長見は首を横に振る。


「そんなこと、しませんよ」


「DVDって全部でいくら?」


「九万五千円です……」


 姉弟喧嘩でやり返したなどの理由なら口を挟むべきではない。しかし、聞いていた通り、何もしていない長見のものを勝手に捨てたらしい。


 奏介は呆れ顔で長見を見た。


「弟とは言え、他人の九万五千円を、どぶに捨てるとか正気を疑うんですが? 頭大丈夫ですか?」


「あたしが捨てたのは気持ち悪い声の女が出てくるアニメのDVDだっ」


「そのアニメDVDは長見が九万五千円を支払って手に入れた物なんです。だからそれには九万五千円の価値があるんです。それを捨てたんだから、長見の九万五千円を損失させたってことでしょ。これはもう弁償ですね。九万五千円支払うか、同じDVD買ってきて下さいね」


「なんであたしがそんなことしなきゃならないんだよ」


 吐き捨てるように言う。


 奏介は眉を寄せる。


「……根黒、俺の話分かりにくかったかな? お前は分かった?」


「え、あ、うん。長見君が九万五千円で『きらめく魔法と柚の恋』のDVDを買ったのにお姉さんがそれを捨てたから弁償した方が良いって話だよね?」


 奏介は根黒に対して頷いた。視線を戻す。


「と、いうわけです。ようは器物損壊罪ですよ。他人のもの壊してるんだから」


「き、器物損壊? 何、それ。大袈裟な。キモいアニメのDVDを捨てたからって何だ? 子供の漫画とかゲームを捨てる母親もいるだろうが」


「確かに。勉強をしないとか言うことを聞かないって理由で捨てられたって話は聞きますね。でも、だから、それがなんですか? あなたは長見の保護者じゃないでしょ? 長見のしつけのためにやったんですか? 未成年の癖に? 世の母親と同じ立場に立ってると思ってるんですか? おこがましいんですよ」


「く、口が減らないやつ。ちょっと、慧っ、こっち来い」


 すると長見はびくりと肩を揺らした。


「え」


「お客はここでゆっくりしてなよ。あたしは弟と話がある」


 弱い立場の弟を締めるという手に出るようだ。


 奏介は目を細める。


「俺に勝てないからって、逃亡か。乗り込んできた癖に腰抜けなんだ」


 小声で、一応聞こえるように。


「! なんだと!? このオタクキモ男っ」


 と、その時。


「……ちょっと、あゆ?」


 長見姉が後ろを振り返る。


「お、お母さん」


 長見母が茶菓子を乗せたお盆を持ちながら、顔を引きつらせていた。


「お客さんに……慧のお友だちに何言ってるの?」


「や、これは」


「あなたと慧が仲悪いのは仕方ないけど、慧のお友達にそういうことを言うのは違うでしょ?」


「違うっ、こいつが先に仕掛けてきたんだよっ。こいつらがあたしに絡んできてさ。暴言吐かれたし、お母さんからも言った方がいいよ! こういう友達と関わるなって」


 酷い言い訳に奏介が反論しようとした時、


「違うよ。母さん」


 長見が姉を睨んでいた。拳を握りしめている。


「根黒君と菅谷君は僕を心配して来てくれたんだ。姉さんが僕が大事にしてる物を盗んで捨てたからっ」


 ヤケクソ気味に、そう叫んだ。

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